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【第六部:終わりと始まり】第六章
真夜中の襲撃①
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興行二日目の夜も、ナイシェは布団の中で眠れずにいた。今日の公演でも、ティーダのシルクハットの中は光っていた。黒いハンカチは、少しでもその光をごまかすためなのだろうと思った。ディオネのいうとおり、やはり創造の力にしか見えない。だが、奇術の世界には、ああいう種も存在するのだろうか。
問題はたくさんあった。
まず第一に、ティーダが創造の民パテキアだったら?
ナイシェはつい最近まで、エルシャたちとともに神の民を探す旅をしていた。それは、復活をもくろむ悪魔を阻止するためだ。一万年前の戦いで傷を負い長い眠りについた神を呼び起こすため、悪魔の復活より先に、神のかけらをすべて集めなければならない。それは危険な旅だし、神の民であると知られるだけで命が脅かされる。
まだ八歳のティーダに、それを伝えなければならない。
そして? 仮に彼が理解したとして、そのあと自分は、どうするのだろう?
エルシャと合流し、旅に加わるよう諭すのか。自分は尻尾を巻いて逃げ出したのに?
では、このまま見て見ぬふりをするのか。エルシャたちが探していることも、ひょっとしたら人間の存亡に関わるかもしれないこともわかっているのに?
ティーダを守るため、かけらだけもらい受けてエルシャたちに届けるか。そもそもかけらが取り出せる場所にあるとも限らないし、そんな現実感のない説明でティーダがかけらを手放すとも思えない。あの力は、手品の生命線、つまりティーダがリューイ一座に留まるための生命線なのだ。
ひとりで考えても、一向に答えが見えない。不思議だった。エルシャと一緒にいたときは、見つけた神の民を説得するのに、するべきことは見えていた。簡単には行かないことも、説得できなかったこともあったが、悩みながらでも何をすべきかはわかっていた気がする。
……すべて、エルシャが引っ張ってくれていたからなのね。
今更のように気づいた。今、ひとりになると、途端に周りが真っ暗になる。手探りで進もうとしても、どこを探ればいいのかすらわからない。誰も導いてくれないと、どこにも行けない。
急に頭をもたげてきた恐怖にも似た不安を、ナイシェは無理やり押さえ込もうとした。
ディオネもいっていた。あんな手品を連日のように公衆の面前で披露していては、悪魔の手先に目をつけられるのも時間の問題だ。神の民であろうがなかろうが、今ティーダは、間違いなく危険な状況に置かれている。そして、それを知っているのは、自分とディオネだけだ。
何をすべきか考えるのはやめた。代わりに、今の自分にできることを考える。そうすると、込み上げていた不安が徐々に消えていった。
ナイシェはそっと布団を抜け出し、大テントへ向かった。
今夜も、裏口の紐が解かれている。あれだけいっても、やはりティーダは夜の自主練習をやめるつもりはないようだ。
いつものように控室に行ってみたが、そこは真っ暗だった。思い違いかと帰ろうとしたナイシェは、ふと舞台のほうから物音がするのに気づいた。ランプの灯りを頼りに通路を進むと、本番用の舞台がほんのりと明るくなっていた。袖からこっそり覗くと、舞台の中央にティーダがいた。
舞台袖では見つかってしまうかもしれない。
ナイシェは少し考えてから、舞台真上の足場に続く梯子を静かに上った。音もなく天井の狭い通路に到達する。
ここなら、ティーダも舞台全体も見渡せる。
ナイシェは気づかれないように息を潜めて見守った。ティーダが神の民だという確証が欲しかった。そうすれば、自分やディオネのこともすべて話して、せめて人前でその力を使うことだけはやめさせられるかもしれない。
ティーダは黒いステッキをくるくると回した。そこから両腕の素早い動作で、ステッキを黄色いハンカチへと変身させる。流れるような動きで、昨夜よりも一段と上達していた。続いてそのハンカチを振った瞬間、ハンカチも消え、代わりに足元に一輪の造花がぽとりと落ちた。ティーダのため息が聞こえる。よく見えると、右手の袖から黄色い布の端が見えていた。
ナイシェは飛び出したくなる気持ちを懸命に抑えた。
すごいじゃない、ティーダ! 日に日にうまくなってるわ。新しい手品も、きっとすぐできるようになる。
抱きしめて、そう声をかけてあげたかった。
そのとき、舞台の客席側で物音がし、ティーダが目を向けた。天井の足場にいるナイシェからは、客席はほとんど見えない。
「誰?」
ティーダが物音に向かって話しかけるのが聞こえた。何者かが、ティーダに近づいてくる。ナイシェは舞台に下りようか迷ったが、ティーダに怯えたり逃げたりする様子がなかったので、しばらく見守ることにした。
ティーダが下を見下ろして何か話している。舞台のすぐ前に人がいるらしい。座員の誰かだろうか?
「――違うよ」
ティーダの声がする。相手の声は聞き取れないが、男性のようだ。ナイシェは見つからないようぎりぎりまで首を伸ばしたが、ティーダが見えるだけで、肝心の相手はちょうど天井の梁に隠れて見えない。
「――何の話? 違うってば」
ティーダの声が強くなった。何かおかしい。足場に下りようとしたナイシェの目の前で突然、舞台の下から人間の腕が伸びてきた。一瞬のうちに、ティーダの足首を掴む。しりもちをついたティーダは、両足をばたつかせてその手を振り切ると、後ずさりしながら立ち上がった。ティーダが下手へ走り出すのと、二人の男が舞台によじ登るのはほぼ同時だった。
考えるより先に、体が動いた。男たちは今や、ナイシェの真下にいる。ナイシェはためらいなく天井に設置された足場を蹴った。体が宙に浮く。ティーダは振り返りながら舞台袖に逃げようとし、男二人がそれを追おうと一歩踏み出す。
男たちの頭上に落ちようとするナイシェの目の前で、閃光が弾けた。一瞬視界が奪われる。次の瞬間、ナイシェの下に、大量の小石が出現した。
問題はたくさんあった。
まず第一に、ティーダが創造の民パテキアだったら?
ナイシェはつい最近まで、エルシャたちとともに神の民を探す旅をしていた。それは、復活をもくろむ悪魔を阻止するためだ。一万年前の戦いで傷を負い長い眠りについた神を呼び起こすため、悪魔の復活より先に、神のかけらをすべて集めなければならない。それは危険な旅だし、神の民であると知られるだけで命が脅かされる。
まだ八歳のティーダに、それを伝えなければならない。
そして? 仮に彼が理解したとして、そのあと自分は、どうするのだろう?
エルシャと合流し、旅に加わるよう諭すのか。自分は尻尾を巻いて逃げ出したのに?
では、このまま見て見ぬふりをするのか。エルシャたちが探していることも、ひょっとしたら人間の存亡に関わるかもしれないこともわかっているのに?
ティーダを守るため、かけらだけもらい受けてエルシャたちに届けるか。そもそもかけらが取り出せる場所にあるとも限らないし、そんな現実感のない説明でティーダがかけらを手放すとも思えない。あの力は、手品の生命線、つまりティーダがリューイ一座に留まるための生命線なのだ。
ひとりで考えても、一向に答えが見えない。不思議だった。エルシャと一緒にいたときは、見つけた神の民を説得するのに、するべきことは見えていた。簡単には行かないことも、説得できなかったこともあったが、悩みながらでも何をすべきかはわかっていた気がする。
……すべて、エルシャが引っ張ってくれていたからなのね。
今更のように気づいた。今、ひとりになると、途端に周りが真っ暗になる。手探りで進もうとしても、どこを探ればいいのかすらわからない。誰も導いてくれないと、どこにも行けない。
急に頭をもたげてきた恐怖にも似た不安を、ナイシェは無理やり押さえ込もうとした。
ディオネもいっていた。あんな手品を連日のように公衆の面前で披露していては、悪魔の手先に目をつけられるのも時間の問題だ。神の民であろうがなかろうが、今ティーダは、間違いなく危険な状況に置かれている。そして、それを知っているのは、自分とディオネだけだ。
何をすべきか考えるのはやめた。代わりに、今の自分にできることを考える。そうすると、込み上げていた不安が徐々に消えていった。
ナイシェはそっと布団を抜け出し、大テントへ向かった。
今夜も、裏口の紐が解かれている。あれだけいっても、やはりティーダは夜の自主練習をやめるつもりはないようだ。
いつものように控室に行ってみたが、そこは真っ暗だった。思い違いかと帰ろうとしたナイシェは、ふと舞台のほうから物音がするのに気づいた。ランプの灯りを頼りに通路を進むと、本番用の舞台がほんのりと明るくなっていた。袖からこっそり覗くと、舞台の中央にティーダがいた。
舞台袖では見つかってしまうかもしれない。
ナイシェは少し考えてから、舞台真上の足場に続く梯子を静かに上った。音もなく天井の狭い通路に到達する。
ここなら、ティーダも舞台全体も見渡せる。
ナイシェは気づかれないように息を潜めて見守った。ティーダが神の民だという確証が欲しかった。そうすれば、自分やディオネのこともすべて話して、せめて人前でその力を使うことだけはやめさせられるかもしれない。
ティーダは黒いステッキをくるくると回した。そこから両腕の素早い動作で、ステッキを黄色いハンカチへと変身させる。流れるような動きで、昨夜よりも一段と上達していた。続いてそのハンカチを振った瞬間、ハンカチも消え、代わりに足元に一輪の造花がぽとりと落ちた。ティーダのため息が聞こえる。よく見えると、右手の袖から黄色い布の端が見えていた。
ナイシェは飛び出したくなる気持ちを懸命に抑えた。
すごいじゃない、ティーダ! 日に日にうまくなってるわ。新しい手品も、きっとすぐできるようになる。
抱きしめて、そう声をかけてあげたかった。
そのとき、舞台の客席側で物音がし、ティーダが目を向けた。天井の足場にいるナイシェからは、客席はほとんど見えない。
「誰?」
ティーダが物音に向かって話しかけるのが聞こえた。何者かが、ティーダに近づいてくる。ナイシェは舞台に下りようか迷ったが、ティーダに怯えたり逃げたりする様子がなかったので、しばらく見守ることにした。
ティーダが下を見下ろして何か話している。舞台のすぐ前に人がいるらしい。座員の誰かだろうか?
「――違うよ」
ティーダの声がする。相手の声は聞き取れないが、男性のようだ。ナイシェは見つからないようぎりぎりまで首を伸ばしたが、ティーダが見えるだけで、肝心の相手はちょうど天井の梁に隠れて見えない。
「――何の話? 違うってば」
ティーダの声が強くなった。何かおかしい。足場に下りようとしたナイシェの目の前で突然、舞台の下から人間の腕が伸びてきた。一瞬のうちに、ティーダの足首を掴む。しりもちをついたティーダは、両足をばたつかせてその手を振り切ると、後ずさりしながら立ち上がった。ティーダが下手へ走り出すのと、二人の男が舞台によじ登るのはほぼ同時だった。
考えるより先に、体が動いた。男たちは今や、ナイシェの真下にいる。ナイシェはためらいなく天井に設置された足場を蹴った。体が宙に浮く。ティーダは振り返りながら舞台袖に逃げようとし、男二人がそれを追おうと一歩踏み出す。
男たちの頭上に落ちようとするナイシェの目の前で、閃光が弾けた。一瞬視界が奪われる。次の瞬間、ナイシェの下に、大量の小石が出現した。
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