サラマ・アンギュース~王位継承者

若山ゆう

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【第一部:王位継承者】第八章

国王にふさわしい者

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 本宮とは離れたところにある紅玉宮は、その名のとおり赤い半球状の屋根を持つ小さな離宮である。東にある紅玉宮は主に王族会議に、西側にある青玉宮は晩餐会や舞踏会などの公式行事や儀式に使用される。
 その紅玉宮にある第一会議室の扉が開き、数人の貴族が出てきた――その身なりから、王族であることは一目でわかる。そんな中から、彼は早足に本宮へと向かい始めた。短く切られた濃い茶の髪は体格のいい彼をいっそうたくましく見せている。

「退屈そうだったな、リキュス」

 不意に後ろで青年の声がした。リキュスは黙って振り返った。一人の細身の男性が立っている。彼はにやりと笑った。

「王位なんて欲しくないって顔に書いてある」

 リキュスは再び歩き出すと低い声でいった。

「まったくそのとおりですね。なぜ親族と争ってまで王位を手に入れたいのか、私にはさっぱり理解できません」

 青年は苦笑した。

「それは嫌味のつもりか」
「お好きなように」

 そういうと、リキュスはこれ以上関わりたくないとでもいうように踵を返し再び歩き出した。青年はそんな彼を見てくっくっとさも楽しそうにのどを鳴らす。

「なるほど……さしずめ強敵はジュベールのみ、と――いや、正確にはサルジア叔母君、かな」
 そしてリキュスの肩に手をかけた。
「おまえだって、うすうす気づいているんだろう――ジュベールのことは」

 リキュスは強い口調で答えた。

「ジュベール殿は病気で伏せておられます――それだけのことでしょう」
「……ふっ、まあ表向きはどうでもいいことだがな。このままジュベールが戻らなかった場合、叔母君がどう出るかが見ものだな」

 彼はそういいながらふと視線を別の人間へ向けた。そこには、長い黒髪を結い上げた女性が立っている。青年は彼女に話しかけた。

「こんにちは、叔母上。ジュベール殿の調子はいかがです」

 彼女は一瞥をくれると冷ややかにいった。

「他人のことより自分の心配をしたらどうです、テュリス。知らぬは本人ばかりなり、ということもあるのではなくて?」

 テュリスと呼ばれたその青年は、またも楽しそうにくっくっと笑った。

「さすが、お口だけは達者でいらっしゃる」

 そのとき、テュリスの父、ウイレムが姿を現した。

「テュリス、予定は詰まっているんだ。戻るぞ」

 そしてサルジアのほうへ向き直ると、優雅にこうべを垂れた。

「失礼するよ、サルジア」

 サルジアは無言で踵を返すと、本宮へと去っていった。

 ――どうやらジュベールは本当に戻らないらしいな。……もっとも、戻ろうとしても無理だろうが。
 テュリスはほくそ笑んだ。
 あの連中なら、やってくれるだろう。





 王族の者が出て行き、静寂に満ちた第一会議室。そこに、二人の年老いた男性が残っていた。そのうちの一人――絹やベルベットを幾重にもかさねた重厚な衣服を身にまとい、静かに座る白髪の老人は、俯きがちに一点を見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。

「次の国王には誰がよいと思うか、ワーグナ」

 宮廷長ワーグナは悲しそうに眉をひそめた。

「国王陛下、そのようなお言葉は……」

 しかしそれをさえぎるように王は小さく微笑んだ。

「私のことは気にせんでよい。正直にいうてみよ」

 ワーグナはうやうやしくこうべを垂れた。

「恐れながら申し上げます……わたくしめは、アルマニア王国の繁栄のためにはテュリス・キッカス様が適任かと存じます」
「ふむ……」

 国王は長いあごひげをゆっくりとさすりながらうなずいた。

「やはりおまえも、そう思うか……」
「陛下――」

 王は深くため息をつくと、話し始めた。

「国の繁栄――おまえも、それを願うのか……。確かにそうだ。計算高く頭脳も明晰なテュリスならば、すぐにでも国の増収と領地開拓を図ってくれるであろう。しかし……今の国民が求めているのは、富だろうか。心の……そして国の、平安ではなかろうか。根底からの、安らぎではないだろうか。今日では、首都アルマニアでも犯罪は多発するという。トモロスやルインでは日常茶飯事、トスタリカやヘルマークにいたっては罪人の町という異名まであるそうだ。そんなアルマニアを治めるには、ジュベールが適任だと思うのだが」

「ジュベール様で……?」

 やや意外そうなワーグナの問いに、王はうなずいた。

「ジュベールは一見冷たく近寄りがたいが、根はとても優しい人間だ。彼なら、この国から混沌を遠ざけ、平和をもたらしてくれるだろう」

 ワーグナが深く頭を下げる。

「……御意のままに」

 王は憂いを含むまなざしでいった。

「本来ならば長男のウイレムに継がせるものを、あえて一世代下のテュリスたちに託すのは、ひとつは国全体に若い活気あふれる空気を送りこむため。そしてもうひとつは、一人の王が長い間国を治めることによってその地盤を固め、安泰を図ることにある。しかし、一人の国王が長期間王位に就くということは、多大な危険を伴う。次期王の指名を誤れば、それは直接国の滅亡を意味するのだ。それゆえ私も、自らの独断ではなくみなの意見を聞きたい。……ワーグナ、おまえを知っておろう。私はそう長くはない」
「陛下……」
「私の孫たちを、よろしく頼むぞ。そして将来のアルマニア七世の養育も、任せた」

 ワーグナはそんな国王に声を荒げた。

「陛下、わたくしめは王のご健康を見守り、忠誠を誓ってその生涯を共にする役目を喜びをもって務めさせていただいております。どうかそのようなお言葉は……」

 その先の言葉は続かなかった。アルマニア国王はただ静かに微笑んでいるだけだった。その笑みには深い威厳と憂いの色が入り混じっているようだった。果たしてどちらの色がより勝っているのかワーグナにはわからなかったが、椅子に腰掛けているアルマニア六世の見慣れたその背中は、年を経るごとに徐々に痩せて丸くなっていくようだった。
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