サラマ・アンギュース~王位継承者

若山ゆう

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【第一部:王位継承者】第九章

決死の逃走

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 夜中になっても、ゼムズは帰ってこなかった。ジュベールは体力回復のため早く眠りにつき、四人もそれぞれに横になっていた。窓の外は数個の星の消え入りそうな光がちらちらと揺れるだけ。月も今は雲に隠れてその光は届かない。フェランはそんな空を見つめながら不安を抱いていた。

 とうとう、ジュベール様に出会ってしまった……まさかとは思ったけれど。ということは、あれは正夢になってしまうのだろうか。それだけは防がねば。早く……彼らに見つかる前に、ここを出てしまわねば……!





『ナイシェ……ナイシェ! 起きて!』
「あ、あなたは……」

 白い霧の中で、少年が必死に訴える。

『大変だ、町の人たちがここを突き止めた。逃げよう。東は無理だけど、北ならまだ見つからずにトスタリカへ行ける』
「でも、ゼムズがまだ……!」
『大丈夫。ゼムズなら、またどこかで会えるよ』
「……本当?」
『うん』
「本当に?」
『うん』

 ナイシェはなお不安そうなまなざしで少年を見つめた。

『さあ! 今から僕が君を起こしてあげるから、そしたらすぐ四人を起こすんだ。この暗さなら、屋根を伝っていけば町の外まで出られるだろうから』
「……わかったわ」

 少年は大丈夫、と少女の頬に口づけ、消えていった。





 ナイシェは飛び起きた。耳を澄ましても、物音ひとつ聞こえない。しかし、窓からそっと下を覗いてみると、黒い影がいくつも揺らめいているのが見えた。あわてて隣の姉を起こす。

「大変だわ、早くここを出よう」

 二人は眠っていた三人を起こすと、裏の路地に面している小さな窓へと向かった。

「ここから屋根に出て、北へ行けっていってたわ」
「……わかった。彼を信じて、逃げよう」

 エルシャが静かに窓を開ける。

「みんな……すまない。私のせいでこんなことに……」

 声を絞り出すジュベールの背中を、ディオネが無言で軽く叩く。

「さ、上るぞ……見つからないように」

 エルシャが窓枠をつかみ、反動を利用して屋根へよじ上った。下で待ち構えている町の人間は、見つからないように松明を消している。それは、こちらにも好都合だ。
 エルシャは下をうかがいながら合図した。次にジュベールが上る。そしてナイシェがその身の軽さを利用して飛び乗り、ディオネ、フェランと続いた。息を潜めて屋根の縁へ移動する。隣の家は間近で、少年のいったとおりこの調子なら町を出るまで屋根伝いに行けそうだった。五人は隣の家へと飛び移った。彼らに気づいた気配はない。
 五人は闇のとばりの中を、音も立てずに進んでいった。





 五人は最後の家屋へとたどり着いた。見ると、その先は小さな森になっている。きっとその向こうにはトスタリカの町があるのだろう。しかし、下を見ると炎の揺らめく松明を持った町の住人がざっと二十人以上は待ち構えていた。一行に気づいた様子はない。みな、危険も少なく一番近い南側から逃げるだろうと思っているらしい。確かにトスタリカは、ここヘルマークと同じくらい野蛮な町だ。ジュベールの手配書がそこら中に張られているとも限らない。しかし。

「一か八か……賭けだな」

 エルシャがぼそりと呟いた。

 二十人を相手に、突破できるか……ゼムズがいればまだ確率も上がるだろうが。何せこちらには、自分を除けばまるで戦闘経験もない女性二人と、多少たしなみがあるとはいえ華奢な青年、そしてまだ体力の回復しきっていないジュベールだけだ。

 彼はジュベールのほうを振り向いた。

「俺たちだけじゃおまえを守りきれない……と思う。剣の腕は、なまっていないか」

 ジュベールがわずかに笑う。

「訓練は、怠ってないよ」
「決まりだな。とりあえず用心して飛び降りよう。あとは、ひたすら走る。森に入れば少しは楽になるだろう。そろそろ宿屋の連中も気づいているころだろうし、急がないと、命はない」

 五人は意を決した。ここから飛び降りれば、たとえナイシェのように物音を立てなくとも、彼らがその気配で気づくのは必至だろう。しかも松明でその姿を照らされては、隠れることも難しい。勝算は、ないに等しい。しかし、五人にほかの道は残されていなかった。

 息を合わせ、一斉に飛び降りた。そのまま森へ向かって走り出す。すぐさま二十人ほどの男たちが声をあげて追ってきた。五人は必死で走った。追いついた男たちを、最後尾のエルシャが次々と斬りつける。敵の数は三分の二ほどに減り、かすかな希望の光が見えたときだった。風を切る音がした。そしてディオネの小さな悲鳴。その肩には、一本の矢が刺さっていた。

「弓矢まで……!?」

 その一本を皮切りに、矢は次から次へと飛んできた。暗闇を走る五人に向けて放たれる矢は、誰を狙うわけでもなく弱々しいものもあったが、それでも背を向けて走る彼らにはそれを避ける術もなく、矢は徐々に皮膚を切り裂いていく。

 もう、これまでだわ。

 ナイシェは心の中で呟いた。弓矢で背後を狙われ、致命傷を負わないはずはない。この町で、自分は命を落とすのだ――

「ディオネ! もうだめだ、隠してる余裕はない!」

 突然エルシャが叫んだ。
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