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【第三部:とらわれの舞姫】第二章
ジュノレとリキュス
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アルマニア宮殿の本宮である水晶宮の東に位置する紅玉宮で、王族と一部の上級貴族による会議が開かれていた。数か月前に国王本人から提出された身分制度に関する改正案をめぐって、意見は真っ二つに分かれていた。
「理想よりも何よりもまず、現在ひとつの建物の中にまとまって住んでいる下級貴族たちにそれぞれ家を与えるというのは、どう考えても無理でしょう」
ウィレムの意見にリキュスが答える。
「物理的には可能です。敷地は余るほどありますからね。経済的にも無理ではありません。現在贅沢すぎるほどの暮らしをしている王族、上級貴族はたくさんいます。そういう人間の生活を抑えれば、全体として身分差が緩和され、国の経済的支出も軽くなります」
「そんなことをしたら上級貴族が何というか!」
するとジュノレがウィレムにいった。
「階級と身分を混同してはいけません。たとえ生活水準の差が減っても、上級貴族たちの階級すなわち地位はそのままです。職務上は、上級貴族が他の者を指導しますし、責任ある仕事も上級貴族たちに任されるでしょう。ただ、それが私生活にまで持ち込まれないというだけです」
「つまり、今回の政策は、現在ひとつになっている階級と身分を分離し、不必要な身分制のほうを廃止するということですね」
宮廷長ワーグナが補足した。
「素晴らしい改革だとは思うのですがね、経済面は問題ないとしても、人材はどうするおつもりです?」
老年にさしかかったナーヴル公爵が問う。
「いつものように土木や修繕専門の男たちを雇うつもりです。五年ほどかけて進めますから、特に問題はないでしょう」
リキュスの返答にナーヴルは眉間にしわを寄せたまま考えこんだ。しばらくの沈黙が続く。
結局この日も採決はとれなかった。国王リキュスが提出した法案は、四回の会議を経てもまだ先の見えない討論から抜け出すことができなかった。
「次の会議の日取りは日を追って知らせます。それから、本来ならば当上級者会議での可決案をさらに宮廷全体の採択会議にかけたうえで正式な可決となりますが、今回の法案は下級貴族や使用人たちに直接関わるものですし、当会議でも意見が分かれておりますので、第五回会議までに法案を正式に公表し、中下級貴族の採択も合わせてとりたいと思いますが、よろしいでしょうか」
これには全員一致で賛成した。リキュスは確認するようにうなずくと、張りのある声で告げた。
「これにて、第四回身分制度に関する改正案採択会議を閉会する」
紅玉宮の会議室には、リキュスとジュノレが残っていた。
「申し訳ありませんジュノレ殿、書類の整理までしていただいて」
リキュスの言葉にジュノレが苦笑する。
「国王たる者がそんなことを。いつまでたってもその謙虚さは変わらないな」
「そういうジュノレ殿も、昔と変わらず私に接してくださる。とても、心が安らぎます」
ジュノレは微笑むリキュスの瞳を見つめた。
「私の書き残した手紙は、おまえを否応なしに国王にしてしまったらしい……すまなかったな、重荷だろう?」
「いえ……自分でも驚いていますが、重荷とは思っていません。やりがいを感じますし、絶対にこなせるという自信もあります」
そしてジュノレに問い返した。
「ジュノレ殿はなぜ……私を、国王に?」
「おまえは、人を思いやる心と国を引っ張っていくだけの聡明さをほどよく持ち合わせている。そう思ったからだよ」
「それならば、兄でもよかったのではないですか」
「エルシャは聡明だが、やさしすぎるところがある。ときとしてやさしさは国を動かす妨げになるからね」
「同感です」
リキュスは笑いながらそういった。そんな彼を見ながら、ジュノレがぽつりと呟く。
「おまえは……私に、似ている」
「え……?」
ジュノレはリキュスを見つめたまま続けた。
「本当の自分を隠して、傷つかないように堅い鎧でその身を守っている……」
リキュスはしばしその視線を受け止めると、やがて口元に笑みを浮かべた。
「……そうかもしれません。実際、あなたは本当の自分を今まで隠していた」
ジュノレが決まりの悪そうな笑みを浮かべる。そんな彼女に、リキュスは問いかけた。
「今まで男性として生きてきて、後悔したことはありますか?」
ジュノレはリキュスの顔をまじまじと見ながら小さく笑った。
「兄弟で、似たようなことを訊くんだな」
そして答えた。
「男として生きてきたことに、後悔はないよ。ただ……今までずっと、母のいいなりだったことだけが……悔やまれる」
しばらくの沈黙のあと、ジュノレは立ち上がってリキュスの肩を叩いた。
「自分を隠すのもいいけどな。おまえは、悔いのないように」
そして会議室をあとにした。
「理想よりも何よりもまず、現在ひとつの建物の中にまとまって住んでいる下級貴族たちにそれぞれ家を与えるというのは、どう考えても無理でしょう」
ウィレムの意見にリキュスが答える。
「物理的には可能です。敷地は余るほどありますからね。経済的にも無理ではありません。現在贅沢すぎるほどの暮らしをしている王族、上級貴族はたくさんいます。そういう人間の生活を抑えれば、全体として身分差が緩和され、国の経済的支出も軽くなります」
「そんなことをしたら上級貴族が何というか!」
するとジュノレがウィレムにいった。
「階級と身分を混同してはいけません。たとえ生活水準の差が減っても、上級貴族たちの階級すなわち地位はそのままです。職務上は、上級貴族が他の者を指導しますし、責任ある仕事も上級貴族たちに任されるでしょう。ただ、それが私生活にまで持ち込まれないというだけです」
「つまり、今回の政策は、現在ひとつになっている階級と身分を分離し、不必要な身分制のほうを廃止するということですね」
宮廷長ワーグナが補足した。
「素晴らしい改革だとは思うのですがね、経済面は問題ないとしても、人材はどうするおつもりです?」
老年にさしかかったナーヴル公爵が問う。
「いつものように土木や修繕専門の男たちを雇うつもりです。五年ほどかけて進めますから、特に問題はないでしょう」
リキュスの返答にナーヴルは眉間にしわを寄せたまま考えこんだ。しばらくの沈黙が続く。
結局この日も採決はとれなかった。国王リキュスが提出した法案は、四回の会議を経てもまだ先の見えない討論から抜け出すことができなかった。
「次の会議の日取りは日を追って知らせます。それから、本来ならば当上級者会議での可決案をさらに宮廷全体の採択会議にかけたうえで正式な可決となりますが、今回の法案は下級貴族や使用人たちに直接関わるものですし、当会議でも意見が分かれておりますので、第五回会議までに法案を正式に公表し、中下級貴族の採択も合わせてとりたいと思いますが、よろしいでしょうか」
これには全員一致で賛成した。リキュスは確認するようにうなずくと、張りのある声で告げた。
「これにて、第四回身分制度に関する改正案採択会議を閉会する」
紅玉宮の会議室には、リキュスとジュノレが残っていた。
「申し訳ありませんジュノレ殿、書類の整理までしていただいて」
リキュスの言葉にジュノレが苦笑する。
「国王たる者がそんなことを。いつまでたってもその謙虚さは変わらないな」
「そういうジュノレ殿も、昔と変わらず私に接してくださる。とても、心が安らぎます」
ジュノレは微笑むリキュスの瞳を見つめた。
「私の書き残した手紙は、おまえを否応なしに国王にしてしまったらしい……すまなかったな、重荷だろう?」
「いえ……自分でも驚いていますが、重荷とは思っていません。やりがいを感じますし、絶対にこなせるという自信もあります」
そしてジュノレに問い返した。
「ジュノレ殿はなぜ……私を、国王に?」
「おまえは、人を思いやる心と国を引っ張っていくだけの聡明さをほどよく持ち合わせている。そう思ったからだよ」
「それならば、兄でもよかったのではないですか」
「エルシャは聡明だが、やさしすぎるところがある。ときとしてやさしさは国を動かす妨げになるからね」
「同感です」
リキュスは笑いながらそういった。そんな彼を見ながら、ジュノレがぽつりと呟く。
「おまえは……私に、似ている」
「え……?」
ジュノレはリキュスを見つめたまま続けた。
「本当の自分を隠して、傷つかないように堅い鎧でその身を守っている……」
リキュスはしばしその視線を受け止めると、やがて口元に笑みを浮かべた。
「……そうかもしれません。実際、あなたは本当の自分を今まで隠していた」
ジュノレが決まりの悪そうな笑みを浮かべる。そんな彼女に、リキュスは問いかけた。
「今まで男性として生きてきて、後悔したことはありますか?」
ジュノレはリキュスの顔をまじまじと見ながら小さく笑った。
「兄弟で、似たようなことを訊くんだな」
そして答えた。
「男として生きてきたことに、後悔はないよ。ただ……今までずっと、母のいいなりだったことだけが……悔やまれる」
しばらくの沈黙のあと、ジュノレは立ち上がってリキュスの肩を叩いた。
「自分を隠すのもいいけどな。おまえは、悔いのないように」
そして会議室をあとにした。
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