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【第四部:神の記憶】第五章
病人
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「そんなもの盗っちゃいねえよ」
男の声が上ずった。
「俺をはめる気だな? あんたが入れたんだろ!」
テュリスはそれを無視して控えていた部下に声をかけた。部下の二人が素早く男の腕を両側から掴む。
「つれていけ。話はゆっくり宮殿で聞こう」
「放せよ! 俺じゃねえ!」
男は腕を振り回そうとしたが、無駄な抵抗だと悟ると、苛立ちの募ったため息を吐き捨てるようについてから、おとなしくなった。部屋から連れ出されるとき、男はテュリスのほうへ鋭く一瞥をくれた。
「どういう事情だが知らねえが、こんなことしたって無駄だぜ」
テュリスはそれを聞き流して部下に指示を出した。
「伝令を出せ。アルマニア六世の紋章の盗難犯を捕らえ、紋章も無事確保した、とな。我々はこれから犯人をアルマニアへ護送する」
そしてエルシャたちのほうへ振り返る。
「ご苦労だった。君たちの協力に感謝する」
そのまま宿を出ていこうとする彼を、エルシャはたまらず呼び止めた。
「少し話せないか」
テュリスはエルシャの硬い表情を見るとため息をつき、部下に再度声をかけた。
「先に行っていてくれ。すぐに馬で追いつく」
それから顔を寄せて耳打ちする。
「何があっても奴を殺させるな。この事件に関連した者たちが次々と死んでいるからな。護送車の周りにはいつもの倍の人間を配置しろ。殺し屋が来たら捕らえるんだ」
「承知いたしました」
部下は敬礼をすると部屋を出ていった。それを見届け、テュリスがエルシャのほうへ向き直る。
「さて。お話とは何かな」
エルシャは厳しい口調でいった。
「おまえもわかっているだろう。彼は犯人ではない。犯人なら今ごろ紋章は売り飛ばされていたはずだ。それに、盗品のうち紋章だけコートに入っていたのもおかしい。彼ははめられたんだ」
「だが、実際にあいつが紋章を持っていた。彼に渡せと指示された男もいるんだ」
「それだけの理由で彼を犯人扱いするのか?」
「実際にあいつが紋章を持っていた。それが真実なんだ!」
先に声を荒げたのはテュリスだった。
「今、宮殿でもっとも必要なのは、紋章を盗んだ犯人だ。それがすべてなんだよ! たとえそれが本当の犯人でなくてもね。できるだけ早く犯人を捕まえ、紋章を取り戻す。これが一番の目的なんだ。悠長に捜査なぞしていると、その間にリキュスへの、そして宮殿への信頼が失われていくんだぞ。今は政治的に極めて不安定な状態だ。今何が一番大切なのか、考えてみろ」
「では、今の男はどうする気だ? 無実の男を極刑に処すのか?」
テュリスは鼻で笑った。
「無実だと? 紋章の窃盗罪がなくたって、奴の今までの罪は極刑に値するだろうよ」
「そんな詭弁は通用しない。それに、これで幕引きをしようとしても、リキュスを陥れようとしている奴は捕まらないぞ」
「もちろん継続捜査はするさ。それに、まだあいつの無実が証明されたわけではない。そろそろ失礼するよ、当分は宮殿での仕事が増えるだろうからね」
そういうと、エルシャが止めるのも聞かずテュリスは宿を出ていった。一部始終を見ていたゼムズが、彼の姿が消えるなり大声を出す。
「くっそぉあの野郎、どこまで根性の悪い奴なんだ! あの紋章だって、偽物でも作って奴のコートに忍ばせたに違いねえ!」
しかしエルシャは、ゼムズの言葉を聞きながら別のことを考えていた。
あの男は、態度を見る限り確かに無実だ。しかし、真犯人が別にいるとすれば、紋章を確実に捌かなかった理由は何なのか。もしゼムズのいうようにテュリスが犯人を仕立て上げたのだとしたら? テュリスはそこまでするだろうか。この事件にかかわった者たちが次々と殺されるのはどういうことか。
いくら考えても、まるで埒があかなかった。当初考えたように、リキュスの政治方針に反対する者の仕業だとすると、どうしてもつじつまが合わないのだ。
「どうも、何かを見落としている気がするな……」
しかし、その日は宮殿での事件のことばかり考えているわけにはいかなかった。気持ちを切り替えて、エルシャは隣の部屋の扉を叩いた。
「どうぞ」
中から小さな声が返り、エルシャは中へ入ると後ろ手に扉をそっと閉めた。
「どうだ、メリナの調子は?」
寝台の横に座っているディオネが首を横に振る。
「だめ。起きても、疲れるからすぐ眠ってしまうの。しばらくすると、夢でうなされて、また起きて。その繰り返しよ」
エルシャは横たわっているメリナの顔を覗き込んだ。かすかに眉をひそめてはいるが、寝息は規則正しく聞こえてくる。
「もう少ししたら、きっとまたうなされ始めるわ……」
男の声が上ずった。
「俺をはめる気だな? あんたが入れたんだろ!」
テュリスはそれを無視して控えていた部下に声をかけた。部下の二人が素早く男の腕を両側から掴む。
「つれていけ。話はゆっくり宮殿で聞こう」
「放せよ! 俺じゃねえ!」
男は腕を振り回そうとしたが、無駄な抵抗だと悟ると、苛立ちの募ったため息を吐き捨てるようについてから、おとなしくなった。部屋から連れ出されるとき、男はテュリスのほうへ鋭く一瞥をくれた。
「どういう事情だが知らねえが、こんなことしたって無駄だぜ」
テュリスはそれを聞き流して部下に指示を出した。
「伝令を出せ。アルマニア六世の紋章の盗難犯を捕らえ、紋章も無事確保した、とな。我々はこれから犯人をアルマニアへ護送する」
そしてエルシャたちのほうへ振り返る。
「ご苦労だった。君たちの協力に感謝する」
そのまま宿を出ていこうとする彼を、エルシャはたまらず呼び止めた。
「少し話せないか」
テュリスはエルシャの硬い表情を見るとため息をつき、部下に再度声をかけた。
「先に行っていてくれ。すぐに馬で追いつく」
それから顔を寄せて耳打ちする。
「何があっても奴を殺させるな。この事件に関連した者たちが次々と死んでいるからな。護送車の周りにはいつもの倍の人間を配置しろ。殺し屋が来たら捕らえるんだ」
「承知いたしました」
部下は敬礼をすると部屋を出ていった。それを見届け、テュリスがエルシャのほうへ向き直る。
「さて。お話とは何かな」
エルシャは厳しい口調でいった。
「おまえもわかっているだろう。彼は犯人ではない。犯人なら今ごろ紋章は売り飛ばされていたはずだ。それに、盗品のうち紋章だけコートに入っていたのもおかしい。彼ははめられたんだ」
「だが、実際にあいつが紋章を持っていた。彼に渡せと指示された男もいるんだ」
「それだけの理由で彼を犯人扱いするのか?」
「実際にあいつが紋章を持っていた。それが真実なんだ!」
先に声を荒げたのはテュリスだった。
「今、宮殿でもっとも必要なのは、紋章を盗んだ犯人だ。それがすべてなんだよ! たとえそれが本当の犯人でなくてもね。できるだけ早く犯人を捕まえ、紋章を取り戻す。これが一番の目的なんだ。悠長に捜査なぞしていると、その間にリキュスへの、そして宮殿への信頼が失われていくんだぞ。今は政治的に極めて不安定な状態だ。今何が一番大切なのか、考えてみろ」
「では、今の男はどうする気だ? 無実の男を極刑に処すのか?」
テュリスは鼻で笑った。
「無実だと? 紋章の窃盗罪がなくたって、奴の今までの罪は極刑に値するだろうよ」
「そんな詭弁は通用しない。それに、これで幕引きをしようとしても、リキュスを陥れようとしている奴は捕まらないぞ」
「もちろん継続捜査はするさ。それに、まだあいつの無実が証明されたわけではない。そろそろ失礼するよ、当分は宮殿での仕事が増えるだろうからね」
そういうと、エルシャが止めるのも聞かずテュリスは宿を出ていった。一部始終を見ていたゼムズが、彼の姿が消えるなり大声を出す。
「くっそぉあの野郎、どこまで根性の悪い奴なんだ! あの紋章だって、偽物でも作って奴のコートに忍ばせたに違いねえ!」
しかしエルシャは、ゼムズの言葉を聞きながら別のことを考えていた。
あの男は、態度を見る限り確かに無実だ。しかし、真犯人が別にいるとすれば、紋章を確実に捌かなかった理由は何なのか。もしゼムズのいうようにテュリスが犯人を仕立て上げたのだとしたら? テュリスはそこまでするだろうか。この事件にかかわった者たちが次々と殺されるのはどういうことか。
いくら考えても、まるで埒があかなかった。当初考えたように、リキュスの政治方針に反対する者の仕業だとすると、どうしてもつじつまが合わないのだ。
「どうも、何かを見落としている気がするな……」
しかし、その日は宮殿での事件のことばかり考えているわけにはいかなかった。気持ちを切り替えて、エルシャは隣の部屋の扉を叩いた。
「どうぞ」
中から小さな声が返り、エルシャは中へ入ると後ろ手に扉をそっと閉めた。
「どうだ、メリナの調子は?」
寝台の横に座っているディオネが首を横に振る。
「だめ。起きても、疲れるからすぐ眠ってしまうの。しばらくすると、夢でうなされて、また起きて。その繰り返しよ」
エルシャは横たわっているメリナの顔を覗き込んだ。かすかに眉をひそめてはいるが、寝息は規則正しく聞こえてくる。
「もう少ししたら、きっとまたうなされ始めるわ……」
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