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【第四部:神の記憶】第五章
護送車の襲撃
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「くそっ、あのとき、俺が戻るまで待たせておけばよかった。なぜこんなことになったんだ!」
突然タストスの宿屋に再び姿を現したテュリスは、前置きも何もなく食卓をこぶしで殴りつけてそう叫んだ。驚きのあまり言葉の出ないエルシャにずいと顔を近づけると、テュリスは感情を押し殺した低い声でいった。
「今度ばかりはおまえの知恵が必要だ」
ちょうど遅い朝食をとっていたエルシャは、何とか口の中の物を飲み込むとやっとのことで口を開いた。
「おまえ、アルマニアに戻るんじゃなかったのか? 何があった」
テュリスは荒々しく息を吐き出すと、手近な椅子に勢いよく腰を下ろした。
「奴が殺されたんだ。あれだけ警戒していたはずなのにな!」
「殺された? あの傷の男が?」
「そうさ! 俺が護送車に追いついたときには、奴はそこからいくらと離れていない茂みの中で、無残に殺されていた。しかも悪いことに、それは奴が自力で逃げ出したあとと来ている」
「逃げられたのか? あれだけの厳戒態勢の中で」
テュリスがうなずく。
「そこが問題なんだ。俺は、護送担当の奴らがよっぽど気を抜かない限り脱走はあり得ないと思っていた。殺し屋にしたってそうだ。外からなら、充分対処できると確信していた。それが、奴はまんまと抜け出し、そして殺された」
「警備の者たちはどうなった? あの男に殺されたのか、それともあとは追わなかったのか?」
「生きていたさ。馬車の中で、四人が四人とも仲良く気絶していた。扉は開いたままで、外にいた者は御者を含めて九人とも、俺が着いたときには阿呆のように突っ立っていた。俺は目を疑ったね。奴が逃げたことは一目瞭然だった。捜索を始めて数分と経たないうちに、道の脇の茂みに倒れている彼を見つけたんだ。どうやら後ろから不意打ちされたらしく、鋭い刃物で喉を切り裂かれていた。あれが致命傷だったんだろうな。ほかに、左の頬も深くえぐられていた」
「ちょっと待て。喉を切っておいて、なぜ顔まで傷つける必要がある」
エルシャが口を挟んだ。
「それが謎のひとつだ。殺し屋は、一発で奴を仕留めた。それは確かだ。あとは、何か男の頬に鍵があるとしか思えないんだが……。あの頬の傷に、何らかの意味があるとかな」
「ああいう仕事をしているんだ、傷のひとつや二つ、大したものではないだろう」
「謎はそれだけじゃないんだ。実をいうと、こっちのほうがよっぽど不思議なんだが。馬車の中にいた四人によると、護送中に脱走しないよう、念を入れて奴を縛ったらしい。それが、四人とも気づかぬうちに外されていた。気づいたときには、奴はすっかり自由の身だった。慌てて奴を取り押さえようとした四人は、今度は揃いも揃って金縛りにあったという! 無抵抗の四人を手軽く気絶させて、次に奴は御者に声をかけた。そしたらどうしたことか、御者は奴のために馬車を停めたんだ! そして奴は、これまたどうしても動けない外の連中の目の前で、白昼堂々逃走したというわけさ」
いい終わると、テュリスは大声で笑いだした。
「なあ、いったいアルマニア宮殿の兵士たちに何があったんだと思う? みんな仲良く悪いものでも食ったか!」
「冗談はよせ。おまえなりの考えがあるんだろう?」
テュリスは笑いを噛み殺してひとつ咳ばらいをした。
「もちろんさ。俺はまず赤魔術を考えた。だが、赤魔術の中に人を金縛りにするものはない。ましてや御者に馬を停めさせるものもな。彼らのいい分を信じるとすれば、それはまったく未知の力だったんだ」
エルシャはしばらく考えたあとにいった。
「男の左の頬は、えぐられていたといったな」
「ああ、ナイフのようなものでね」
エルシャの頭の中には、ある途方もない考えが浮かんだ。簡単に解かれた縄、金縛りにあった者たち、そしてえぐられた左の頬。すべてを説明するものが、ただひとつだけあった。しかし、紋章の盗難と結びつけて考えるには、あまりにも無関係すぎる。
「何か思い当たる節があるのか?」
テュリスの問いに、エルシャは短い間のあとかぶりを振った。
「いや……なんでもない。あまりに飛躍し過ぎた考えだからな」
「今は藁にもすがりつきたい気分だ。何でもいってくれ」
テュリスに促されて、エルシャはためらいがちに話し始めた。
「サラマ・アンギュースの中に、タリアナという民がいるんだ。操作の民といわれている。彼らが具体的にどんな力を持っているのかは知らないが、もしも言葉どおり何かを操ることができるのなら……縄をほどくことも、警備の者を動けなくすることも、できるのではないかと思ったんだ。覚えているか? あの男は捕まったとき、自分を捕らえても無駄だといっていた。ひょっとしたら、あの言葉にはそういう意味があったのかもしれない」
突然タストスの宿屋に再び姿を現したテュリスは、前置きも何もなく食卓をこぶしで殴りつけてそう叫んだ。驚きのあまり言葉の出ないエルシャにずいと顔を近づけると、テュリスは感情を押し殺した低い声でいった。
「今度ばかりはおまえの知恵が必要だ」
ちょうど遅い朝食をとっていたエルシャは、何とか口の中の物を飲み込むとやっとのことで口を開いた。
「おまえ、アルマニアに戻るんじゃなかったのか? 何があった」
テュリスは荒々しく息を吐き出すと、手近な椅子に勢いよく腰を下ろした。
「奴が殺されたんだ。あれだけ警戒していたはずなのにな!」
「殺された? あの傷の男が?」
「そうさ! 俺が護送車に追いついたときには、奴はそこからいくらと離れていない茂みの中で、無残に殺されていた。しかも悪いことに、それは奴が自力で逃げ出したあとと来ている」
「逃げられたのか? あれだけの厳戒態勢の中で」
テュリスがうなずく。
「そこが問題なんだ。俺は、護送担当の奴らがよっぽど気を抜かない限り脱走はあり得ないと思っていた。殺し屋にしたってそうだ。外からなら、充分対処できると確信していた。それが、奴はまんまと抜け出し、そして殺された」
「警備の者たちはどうなった? あの男に殺されたのか、それともあとは追わなかったのか?」
「生きていたさ。馬車の中で、四人が四人とも仲良く気絶していた。扉は開いたままで、外にいた者は御者を含めて九人とも、俺が着いたときには阿呆のように突っ立っていた。俺は目を疑ったね。奴が逃げたことは一目瞭然だった。捜索を始めて数分と経たないうちに、道の脇の茂みに倒れている彼を見つけたんだ。どうやら後ろから不意打ちされたらしく、鋭い刃物で喉を切り裂かれていた。あれが致命傷だったんだろうな。ほかに、左の頬も深くえぐられていた」
「ちょっと待て。喉を切っておいて、なぜ顔まで傷つける必要がある」
エルシャが口を挟んだ。
「それが謎のひとつだ。殺し屋は、一発で奴を仕留めた。それは確かだ。あとは、何か男の頬に鍵があるとしか思えないんだが……。あの頬の傷に、何らかの意味があるとかな」
「ああいう仕事をしているんだ、傷のひとつや二つ、大したものではないだろう」
「謎はそれだけじゃないんだ。実をいうと、こっちのほうがよっぽど不思議なんだが。馬車の中にいた四人によると、護送中に脱走しないよう、念を入れて奴を縛ったらしい。それが、四人とも気づかぬうちに外されていた。気づいたときには、奴はすっかり自由の身だった。慌てて奴を取り押さえようとした四人は、今度は揃いも揃って金縛りにあったという! 無抵抗の四人を手軽く気絶させて、次に奴は御者に声をかけた。そしたらどうしたことか、御者は奴のために馬車を停めたんだ! そして奴は、これまたどうしても動けない外の連中の目の前で、白昼堂々逃走したというわけさ」
いい終わると、テュリスは大声で笑いだした。
「なあ、いったいアルマニア宮殿の兵士たちに何があったんだと思う? みんな仲良く悪いものでも食ったか!」
「冗談はよせ。おまえなりの考えがあるんだろう?」
テュリスは笑いを噛み殺してひとつ咳ばらいをした。
「もちろんさ。俺はまず赤魔術を考えた。だが、赤魔術の中に人を金縛りにするものはない。ましてや御者に馬を停めさせるものもな。彼らのいい分を信じるとすれば、それはまったく未知の力だったんだ」
エルシャはしばらく考えたあとにいった。
「男の左の頬は、えぐられていたといったな」
「ああ、ナイフのようなものでね」
エルシャの頭の中には、ある途方もない考えが浮かんだ。簡単に解かれた縄、金縛りにあった者たち、そしてえぐられた左の頬。すべてを説明するものが、ただひとつだけあった。しかし、紋章の盗難と結びつけて考えるには、あまりにも無関係すぎる。
「何か思い当たる節があるのか?」
テュリスの問いに、エルシャは短い間のあとかぶりを振った。
「いや……なんでもない。あまりに飛躍し過ぎた考えだからな」
「今は藁にもすがりつきたい気分だ。何でもいってくれ」
テュリスに促されて、エルシャはためらいがちに話し始めた。
「サラマ・アンギュースの中に、タリアナという民がいるんだ。操作の民といわれている。彼らが具体的にどんな力を持っているのかは知らないが、もしも言葉どおり何かを操ることができるのなら……縄をほどくことも、警備の者を動けなくすることも、できるのではないかと思ったんだ。覚えているか? あの男は捕まったとき、自分を捕らえても無駄だといっていた。ひょっとしたら、あの言葉にはそういう意味があったのかもしれない」
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