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第一章
午前0時の旧校舎
しおりを挟む星空を覆う濁った黒い雲が街の灯りに照らされる。どんよりとした夜の空気。午前0時の校庭に人の影は無い。
テニスコート裏から学校に忍び込む超自然現象研究部の精鋭たち。部長の睦月花子が右手を上げると、サッと立ち止まる副部長の鴨川新九郎。恐怖で足をガクガクと震わせながら歩いていた一年の小田信長は、立ち止まった新九郎の広い背中にぶつかると鋭い悲鳴を上げた。
「ぎゃあっ!」
「うわあ!」
「うっるさいわよ、アンタら!」
夜の校舎に木霊する声。新九郎と信長の頭を叩いた花子は、腰を落として暗闇に目を凝らす。
……誰の気配も無いわね。
周囲の安全を確認した三人は、再び、忍び足で前に進み始めた。体育館とテニスコートに挟まれた小道を抜けると、旧校舎の暗い影が目に入る。黒い枝を揺らすシダレヤナギ。グッと背筋を伸ばす花子。夜闇に聳える旧校舎の四角い窓を見上げた彼女は、深く息を吐いた。
いよいよ、今夜、全ての謎が解けるのね……。
期待と興奮に震える体。生暖かい風に疼く手を、ギュッと握りしめた花子は、長い黒髪の女生徒を探した。風に靡くヤナギの影。信長は振り子のように首を振り続けている。
新九郎と目が合った花子は眉を顰める。
「遅いわね、彼女」
「もう、とっくに0時過ぎてますよ」
「まさか、寝坊かしら?」
「もしかして、部長、僕たち騙されたんじゃ……?」
「ひ、姫宮さんはそんな人じゃありません!」
「だからアンタに何が分かるって言うのよ!」
次第に焦り始める三人。暗闇で不安げに顔を見合わせる新九郎と信長。暫く腕を組んで闇の向こうを眺めていた花子はチッと舌打ちをすると旧校舎の入り口に向かって歩き始めた。
「来ないんなら、もういいわ。私たちで真相を掴みましょう」
「ええっ? ちょっと待ってください部長」
新九郎は慌てて花子に駆け寄った。
「何よ?」
「まさか旧校舎に入るおつもりで?」
「そうよ」
「幽霊って、シダレヤナギに出るのでは」
「その幽霊が出ないから、旧校舎の中も調べようってんでしょーが」
「ええっと……その、僕たちだけじゃ危険ではないですか? せめて、田中くんを呼びましょうよ」
「あの馬鹿は呼んだって来ないわよ。もしかしてアナタ、なんの覚悟も無しに、ここに来たわけじゃないでしょうね?」
「いえ、ただ……」
「ただ?」
花子はギロリと新九郎を睨み上げる。うっと新九郎は明後日の方向を見つめた。世界から隔離されたような暗く寂しい夜の雰囲気に、湧き上がる恐怖が抑えられない信長は、キョロキョロと視線を動かし続ける。
「あああっ!」
旧校舎の二階を見上げた信長は、尻尾を踏まれた猫のように飛び上がった。四角い窓の中で揺れる長い髪。誰か影の微笑み。
突然の大声に驚いた花子と新九郎が振り返る。へたり込む信長に駆け寄った花子は、拳を固めて、恐怖に震える一年生の丸い頭にゲンコツを食らわした。
「声が大きいっての、誰かに聞かれたらどーすんのよ」
「ひ、ひ、ひ、人が……」
「人?」
「だ、だ、だ、誰か、い、いました」
「何処よ?」
「あ、あ、あ、あそこです」
大きく震える指の先が旧校舎の端から端に動き回る。やれやれと花子は腰に手を当てた。使われていない校舎を見上げた新九郎は太い腕を組む。
「のぶくん、見間違いじゃないかな?」
「ほ、ほんとです!」
「見間違いじゃないなら、アンタが見たのはきっと幽霊ね」
「ぎゃあ!」
信長は鋭い悲鳴を上げると共に新九郎の腰にしがみついた。もう一度信長の頭を叩いた花子は、旧校舎の玄関の石段を上がると、ガラス戸の取っ手を掴んだ。鈍い銀色の冷たさ。ガラスの向こう側は、外よりも暗い。
「どのみち、入らないことには分からないわ」
「ちょっと待ってください、部長、そもそも鍵が……」
軽い金属音。校舎の中に引き込まれていくガラス戸。驚いて顔を見合わせる二人。
「あれ、鍵は……?」
「もしかしてだけど、姫宮さんだっけ? 彼女、もう中に入ってるんじゃないかしら?」
「ええ? でも、いったい鍵はどうしたんでしょうか?」
「鍵なんて誰でも簡単に手に入るわよ。演劇部の奴らだって、放課後遅くまで旧校舎で練習してるんだから」
「そ、そうだったんですか?」
「そうよ、だからほら、とっとと行くわよ」
クイッと手首を動かした花子は、旧校舎の中に足を踏み入れる。慌てて後を追いかけようとした新九郎は腰にしがみ付いて離れない後輩の肩を叩いた。
「ほら、のぶくん、しっかりしてくれ」
「む、無理です! 僕たち全員呪われてしまいます!」
「大丈夫だよ。もし呪われてしまったら、田中くんに頼めばいい」
「嫌です! 死にたくありません!」
腰の重りに新九郎の歩みが遅くなる。花子の影がスッと旧校舎の暗闇に消えていった。
「聞いて、のぶくん」
「嫌です!」
「姫宮さんが、一人で大変かもしれないんだ」
「……え?」
「旧校舎の闇に取り込まれる前に、誰かが彼女を救わないと」
「……で、ですが」
「君は、姫宮さんを救いたくはないのかい?」
「す、救いたいです!」
「ならば行こう。彼女も君を待っているはずだ」
「は、はい!」
恐怖の感情を押しつぶす恋慕の情。キッと信長の目頭に力がこもる。微笑んだ新九郎は、花子の後を追って夜の旧校舎に足を踏み入れた。
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