誰もがその聖女はニセモノだと気づいたが、これでも本人はうまく騙せているつもり。

幌あきら

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【16.セレステの怒り】

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「こ、婚約破棄よ……」
 セレステの声は震えていた。

 ブローデはぎょっとして目を見開いた。
「そんな! なぜ!?」

「なぜじゃないわ。エルンスト様を刺した犯人とお友達? その犯人がイェレナ様の恋人ってどういうこと? イェレナ様ってエルンスト様の婚約者でしょう!? なんであなたは、婚約者のいるイェレナ様を恋い慕うそのダスティンとやらを黙認しているの? あり得ないわ! 婚約者がいて恋人を持つって、あなたにとって普通の感覚なの? 悪いけど、私は容認できない。あなたと価値観が全く違うわ!」
 セレステは大声で言いたいことを全部言った。

 ブローデは、これまでリーアンナがおだてるので気分よくしゃべっていたのだが、ここにきてセレステに倫理観を疑われ、慌てふためいた。

 残念ながら自業自得だが。

「あ、いや、私は浮気なんかもちろんしていないし、これからもしない!」
 ブローデのひたいからは汗がき出ている。

「浮気だけじゃないわよ、聖女ルシルダ様がエルンスト様を脅す? いったい何の話なの。聖女が人をおどすって何? 刺すって何? もうめちゃくちゃだわ!」
 セレステは理解できないとばかりに大きく頭を振った。

「あ、いや、それは私も聞いただけで。私は何も関与してません!」
 ブローデはさっきから言い訳ばかりだ。

「でもリーアンナに得意気とくいげに話しているわ。リーアンナもリーアンナよ。何でそんな話聞かされて怒らないの? あなたエルンスト様が好きだったんじゃないの?」
 セレステの攻撃は今度はリーアンナに向かう。

 それを聞きとがめてブローデは目を上げた。
「は? リーアンナ嬢がエルンスト殿を好き?」

「! あ、いや、えっと」
 リーアンナは気まずそうにした。

 その歯切れの悪い態度にセレステはもっと怒った。
「なにを今更いまさら誤魔化ごまかそうとしてるの、リーアンナ。あなたずっとエルンスト様をしたっていたでしょう? 今だって吹っ切れていないじゃない!」

「は? したって? 今も? エルンスト殿と敵対してると言ったではありませんか」
 ブローデは疑惑の目をリーアンナに向ける。

「してないわよ! 今もこの子はエルンスト様が好きなはずよ。ウォーレスと婚約して多少はそっちに目が行ってるかもしれないけどね!」
 セレステは怒りながら断じた。

だましたのか!」
 合点がいったブローデはリーアンナに怒鳴どなった。

「……」
 確かにだましていたリーアンナは何と答えたらいいのか、困ったように口をつぐんでいる。

 リーアンナが何も答えないのでブローデはセレステの方を向いた。
「リーアンナ様はエルンスト殿と敵対していない……では、聖女ルシルダ様の件は?」

「ルシルダ様なんか私だって許してないわ!」
 セレステは叫んだ。
「あんなニセモノ聖女が王太子様の妃になるですって? 聖女法が腐ってるわ。ひどく俗物的ぞくぶつてきだし。ルシルダ様は女神の祈りをそらじることができないのよ。それに、私よく神殿の占いをやるけど、その占いとルシルダ様が王宮でやる占いは全然結果が違うのよ。細かい条件が違うからねって皆気をつかってルシルダ様の占い結果に異議を唱えたりはしないけど、実のところもう誰もルシルダ様の占いなんて信じてない。王太子様はルシルダ様に甘いし、聖女法には守られてるし、リーアンナが空気読んで一歩引いてるから誰も言わないけど、私の友達はみんなルシルダ様を聖女だなんて認めてないわ!」

「セレステ様!」
 ブローデは言い過ぎだとばかりに叫んだ。
「聖女をバカにする発言は王宮では許されないぞ!」

 するとセレステはキッとブローデをにらんだ。
「よく分かったわ、あなたはルシルダ様の味方ね。じゃあ私たち上手くやれるはずないわ。そりゃ私だってルシルダと面と向かって敵対する気はなかったわよ。だからこの話題は避けてた。大人だしね、わざわざ主張することでもないと思ったのよ。でも、もう言わせてもらうわ。私はルシルダ様を聖女とは認めてないし、ルシルダ様がリーアンナに言った数々の無礼な言葉を忘れてないわ!」

 そして相変わらず険しい目でリーアンナの方を向いた。
「リーアンナだってそうだったはずよ! なのに、何なの、リーアンナ! なんで急にルシルダ様をかばうような言い方を始めたの! でもね、リーアンナがルシルダ様に日和ひよってるなら、私はリーアンナとも距離を取るわ。ああばからしい! あなたと友達やってたなんて! あなたには同情してたわ。でももう知らない。あなたがブローデ様やルシルダ様、イェレナ様やらと同じ価値観を持つなら友達なんかできない!」

「セレステ! 上手くやれないだなんて、本気か」
 ブローデはすがり付くようにセレステの足元にひざまずいた。

「本気よ。ブローデ。私、曲がった事嫌いなの」

「私たちはうまくやるはずだった!」
 ブローデは懇願こんがんするように腕を差し伸べた。

 しかしセレステはにべもなく突っぱねた。
「たとえあなたがいまリーアンナと話していた内容をすべて否定して、もうこんな自分は自分で許せないと謝っても、私はあなたとやり直す気はないからね。リーアンナもよ。ウォーレスとの婚約だって応援しないわ、別れてしまったほうがウォーレスのためよ。エルンスト様とのことは元々応援する気なんてなかったけど」

 ブローデはハッとした。
「それだよ、セレステ様。リーアンナはエルンスト殿が好き? エルンスト殿にはイェレナ様がいるのに、リーアンナ様が横恋慕よこれんぼすることは怒らずに、ダスティンが横恋慕よこれんぼするのは許さないのか?」

 しかし、セレステは少しも動じなかった。
「リーアンナがエルンスト様をしたってたことだって、応援したことはないわよ。き付けたこともないわ。私はいつだってイェレナ様の立場を考えろと、ずっと口酸くちすっぱく言い続けてきた。本来ならあきらめるのが筋だけど、人の気持ちはコントロールできるものじゃないからって片想いは大目おおめに見てきたけどね。でもイェレナ様には恋人がいる? 何それ。そしてあなたはイェレナの恋人でがいることを了承してるんでしょう? そんなの私の価値観ではあり得ないわ! とにかく婚約破棄。もう顔も見たくない」

 ブローデはそのまま崩れるように床に手をついた。

 しかし、最後の力を振り絞るように頭を持ち上げると、リーアンナをのろのろとした目で見た。
「あなたは? リーアンナ様。あなたはどっちの味方なのです? ルシルダ様? それともエルンスト様? あなたがさっきルシルダ様をかばって見せたのは嘘か? 今はっきりとここでどちらの味方なのか言ってください!」

 するとリーアンナは、ずるいやり方をしたことを恥じるように下を向き、観念したように答えた。
「私は、エルンスト様の味方。今はルシルダ様と対立する気でいるわ。だますような言い方をして悪かったわ、ブローデ様。二度と私と口を聞かなくて結構よ……」

「リーアンナ様!」
 ブローデが悲鳴のような声を上げた。

 しかしリーアンナはそんなブローデの悲痛な声を無視して、今度はセレステの方を向いた。
「セレステ。後で事情を説明させてもらえると嬉しい……。ブローデ様はルシルダ様側みたいね。そして、エルンスト様がいるのにイェレナ様には恋人がいて、その恋人がエルンスト様を刺した。おそらくはルシルダ様の命令で。私はその証言がブローデ様から欲しかっただけ。ごめんなさいね、あなたたち二人をだますような真似をして。反省してるわ。こうして、婚約に水を差してしまったことも……。もう……、ちょっと……言葉が出てこないのだけど……」

「リーアンナ……?」
 セレステは何が本当か分からず混乱している。
『ブローデから証言が欲しかった』『ごめんだますような真似をして』と言われても、すぐに「はいそうですか」と言えるような気分ではない。
 困った顔でリーアンナを見つめていた。

 リーアンナは心を込めて言った、
「私はセレステには許してもらいたい。ルシルダ様のことは聖女だと私も認めてないから。分かってもらえるまで、ちゃんと話したい。でも、ブローデ様はもういい。むしろセレステと別れてくれた方がいい」

 セレステはどう受け止めていいか分からない顔で立ち尽くしていた。
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