拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。

羽村 美海

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#10 シフォンケーキに生クリームを添えて ⑴

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「さぁて、始めますか」

 用意してくれていたシックな黒のコックコートに着替えた私が、システムキッチンの壁一面に埋め込まれている収納棚のスライド式の扉を開けると、ありとあらゆる食材や調味料は勿論、リキュールや紅茶の茶葉といった具合に、実に様々な物が世界各国から取り寄せられていた。

 そのどれもこれもが、一般には流通していない、厳選された超一流の物ばかり。

 重量のある調理器具などが入れられている足元の棚には、メレンゲやホイップクリーム作りに重宝する最新式の卓上ミキサーまである。

 なかでも驚いたのが、小道具やケーキなどに使う型に至っては、パティシエなら誰もが知っている、老舗の製菓道具店の物で揃えられていたことだ。

 収納棚の前で、思わず「わぁ!?」と、感嘆の声を上げた私は、とりあえずシフォンケーキの試作品作りに取りかかることにした。

 材料の準備を整え生地作りに取り掛かる前に、注意したいのが、アルミ製のシフォンケーキ型には何も塗らないでおく、ということだ。

 型にケーキがくっついてしまう、と心配になるかもしれないが、そうするとちゃんと膨らまなかったり、ひっくり返して冷やすときに落下してしまったりするからだ。

 次は卵黄。卵黄は白っぽくなるまでしっかり混ぜておく。大事なのは色の変化と材料を入れるタイミング。それさえ守ればとても滑らかな生地になる。

 そしてメレンゲには水分や油分などが絶対に入らないようにすること。

 シフォンケーキ作りの基本を頭の中で唱えつつ、ボールの卵白に上白糖を全量の三分の一を入れようとしていたところに、突如、

「フンッ、チビにも衣装で、ちゃんとパティシエールに見えるな。どれどれ」

仕事に行く身支度を終えたらしい桜小路さんの安定の無愛想で不遜な声が割り込んできて、あろうことか背後に立って私の身体にぴったりとくっついてきた。

 そして私の顔の横すれすれの至近距離まで迫ってきたイケメンフェイスでボールを覗き込んできたもんだから堪《たま》らない。

 何故なら、自慢じゃないが一度も彼氏が居なかった私には、こういう色恋に関しての免疫が一切備わっていないからだ。

 そんなことなど考えも及ばないのだろう桜小路さんは、真っ赤になって心臓をバクバクさせることしかできないでいる私に、とんでもない追い打ちをかけてきた。

「なんだ? 真っ赤になって固まって、まるで処女だな」

 ただでさえ真っ赤になっていたというのに、赤くなりすぎて火でも噴きそうだ。

 耐えかねた私が調理台に手を突いて、背後の桜小路さんに向けて頭突きを繰り出すと、確かな手応えがあった。ハッとし振り返ると。

「ーーッ!?」

 おそらく顎にヒットしたんだろう桜小路さんが顎に手を当て、苦悶に満ちた表情で私のことを睨んできた。

 その数秒遅れで、怒った声を張り上げた。

「なにすんだッ。痛いだろうがッ!」

 その声で、ありえない羞恥に襲われてたはずがどっかに吹き飛んで、あたかもスイッチでも切り替わるように、無性に腹立たしくなってきて。

「処女なんて言うからですよッ! そうやって、二十歳過ぎて処女だとおかしいっていう、そんな偏見、持たない方が良いですよッ!」

 気づいたときには、言い逃げるようにして私はキッチンから飛び出してしまっていた。

「おいっ! どこに行く気だッ?!」

 すぐに桜小路さんの声が追いかけてきて、逃げ出すと思われるのが癪で、私はヤケクソ気味に、「カメ吉ルーム!」と放っていた。

 そしてそのまま、カメ吉のために最適な湿度と温度管理がなされている、通称”カメ吉ルーム“に一目散に向かおうとしていた私は、キッチンを出たところで菱沼さんと遭遇し。

「おい、チビ、走るなッ!」
「すっ、すみません。カメ吉にエサあげてきます。行ってらっしゃい」

 またまたお叱りを食らって、本日二度目のぺこりをしてから今度こそカメ吉ルームへと向かった。

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