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#54 王子様の気遣いには、もう、ウンザリ!
しおりを挟む――トイレから出たら、また戻らなきゃいけなんだなぁ……。
そう思うと、憂鬱でしょうがなかった。
だからといって、いつまでもこんなところで長居もできず、早々にお手洗いから出た私は創さんから唐突に、
「朝も早かったし、疲れた。少し休憩するぞ」
そう言い渡され、連れてこられたのは、二階にある創さんの部屋だった。
確か、創さんがこの家を出たのが高校を卒業した頃だと言っていたけど、もしかしたらその頃のままなのかもしれない。
ご当主は継母と再婚しているとはいっても、創さんだって自身の子供なのだから、気にかかるだろうし、可愛いいに違いない。
まだお会いして数時間ほどしか経っていないけれど、ご当主と創さんのやりとりを見ていると、そうであることは一目瞭然だった。
もしかしたら、ご当主は創さんがいつでも戻ってこられるように、部屋を敢えて、そのままの状態にしていたのかもしれない。
そのことを裏付けるように、今は使われていない、ホテルの客室かと思うほど広くて日当たりのいい部屋には、家具やベッドは勿論、寝具も綺麗に整えられていて、すぐにでも使用できる状態で保たれていた。
綺麗に掃除の行き届いた部屋の白い壁には、これまた綺麗な女性の肖像画が飾られていて。
その傍に置かれているサイドボードの上には、可愛らしい小さな男の子を中央に、微笑みあっている美男美女の若いご夫婦が仲睦まじく寄り添っている家族写真が飾られている。
おそらく、男の子が創さんで、若いご夫婦はご当主と愛梨さんなのだろう。
その写真から、その肖像画が亡くなった愛梨さんであることが窺える。
その他にも、創さんがひとりで写っているものや、親族や友人たちと一緒に写っているものもあったけれど、三人が写っている家族写真に私の目は釘付けとなっていた。
――愛梨さん、メチャクチャ綺麗ー! 女優さんみたい。それに、ご当主。創さんにそっくり! うわぁ、創さん可愛すぎッ!? 天使ですかッ?!
すっかり興奮状態の私は、思わずその写真のはめ込まれたおしゃれなガラス製のフォトフレームを持ち上げて、食い入るように見つめてしまっていた。
そんな有様だった私は、一緒にいる創さんの存在などすっかり忘れていたのだ。
創さんが背後にぐっと距離を詰めてきていることに私が気づいた時には、お決まりのように耳元で息を吹きかけつつ、
「女って、そういう子供の頃の写真とか見るの好きだよなぁ」
そう囁いてきた創さんによって、既に、背後から包み込むようにして抱きしめられたあとだった。
驚いて、手にしていた写真を危うく取り落としそうになったけれど。
フォトフレームは創さんにすんでの所でキャッチされ、ホッとした私の眼前には、それを元の位置に戻す様子がスローモーションのように映し出されている。
その時、何故か数あるフォトフレームのうちの一つが、創さんの手により、不自然に伏せられたように見えてしまったけれど。
この時の私には、そのことを気にかけるような余裕なんてものはなかった。
何故なら、この直後に、創さんから意外な言葉がかけられたからだ。
「……嫌な思いばかりさせて悪かった。菜々子が戻りたくなければ、体調が優れないと言って、このまま帰ったって構わないんだぞ」
一瞬、驚いて言葉が出てこなかったくらい意外な言葉だった。
それなのに、創さんは尚も続け様に、こうも言ってきたのだ。
「菜々子がどうしたいか聞かせてほしい。俺は、何よりも、菜々子の意思を尊重したい」
創さんの、私のことを優しく気遣うような言葉と殊のほか優しい声音とを、耳にした私の脳裏には、流れるようにつぎつぎと、これまでのことが走馬灯の如く蘇ってくる。
私の機嫌をとろうと、好物のりんごのコンポートをこっそり用意して、食べさせてくれたあの夜を境に、ふたりきりになると優しい雰囲気を醸し出すようになった創さん。
とはいっても、面白おかしくからかわれることの方が殆どで、いつもいつも終いには真っ赤にさせられて、悔しい思いだってさせられてきた。
そんな時には決まって。
――好きじゃない。好きになって堪るか……って、自分に何度も何度も言い聞かせてきた。
それなのに、それなのに……。
創さんへの自分の気持ちを自覚した途端に、人質でしかない私のことを気遣うような、そんな優しいことをピンポイントで言ってくるなんて、あんまりだ。
これも、自分のことを好きにさせて、私が自分の言いなりになるようにという魂胆に違いない。
そんな中身のない見せかけだけの、気遣いや優しさで、もうこれ以上私のことを惑わせないでほしい。
――もう、こんなのうんざりだ。いい加減にしてほしい!
人質になれと言われてから今まで、言われてきたことや、溜まりに溜まっていた鬱憤やなんやかんやが一気に膨らんで溢れだしてもう止まらなくなってしまい。
「もう、いい加減にしてくださいッ! これ以上私のことを好きにさせて、一体どうするつもりですかッ⁈ 私のことなんか好きじゃないくせにッ! 好きになんてなってくれないくせにッ! こんなのもうヤダッ! 意思を尊重してくれるって言うんなら、今すぐ私を解放してくださいッ!」
気づいた時には、背後にいたはずの創さんと、涙を零し怒りに打ち震えながらも、私は真っ向から創さんと対峙していたのだった。
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