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喧嘩
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「っ! 何するんだよ!?」
放課後。
黙ったままのミカイルに手を引かれて帰寮した先で、部屋に入った瞬間、僕は玄関の内扉に背を打ちつけられていた。両腕がミカイルの手によって扉に押さえつけられているせいで、彼よりも力が弱い僕には逃げ出すこともできない。
他の人が見れば震え上がりそうなほど冷えきった瞳が、僕を捕らえて離さなかった。
「随分と仲が良さそうだったね。ユハ、なんて呼ばれちゃってさ。友達を作るのは許可したけど、その名前で呼んで良いのは僕だけだったのに……。二人きりの時だけに呼び合おうって、そう決めたのは忘れたの?」
「忘れてなんかない……ない、けど…」
唇をぎゅっと強く噛む。どうせミカイルとアルト先輩が会うことなんてないだろうと高を括っていたのが間違いだった。
恨めしそうなミカイルを前にして、今更ながら後悔の念が押し寄せてくる。
「悪い。ミカが嫌がるかもしれないってことは分かってたのに、言い出せなかった。先輩には今度会ったときにでも直してもらうから……」
「今度? ああ……まだアイツと会う気があるんだ」
「え? ……いやいや、まさか本気で言ってたわけじゃないよな? あの僕に関わるなってやつ」
「僕があの場であんな嘘、言うとでも思った?」
……そんなの、思ってるわけない────喉まで出かかった言葉をすんでのところで飲み込む。認めてしまえば、それが本当に実行されそうで怖かったのだ。
「ミカに言わなかったのは本当に悪いと思ってるよ。でもさ、会うのを制限されるのは違うんじゃないか? 呼び方だって、直してもらえば良いだけの話だろ……」
「ユハこそ、何をそんなにこだわってるの? 雑務なんて他にやれる人間はたくさんいるんだから、わざわざユハがやる必要なんてない」
「……っでも! それ以前にアルト先輩とはもう友達になったんだ! 雑務とか関係なく、普通に会って話をするくらいはいいだろ……?」
「……ダメだよ。もうアイツには近づくな。僕に内緒にしていたって言うだけでもこんなに腹立たしいのに、これからもだって? ……ああ、ダメ。絶対に……絶対に許せない」
そう言うとミカイルは、ぐっと僕に顔を近づける。
「……ねえユハ、お願いだから、僕の言うことを聞いて」
言い聞かせるように告げられた懇願。
掴まれた腕が、いっそうの痛みを覚える。
日が暮れ初め、光の届かない玄関先で、お互いの表情も暗闇に飲み込まれそうな中。目の前の琥珀色の瞳だけが、不気味なほど燦々と輝きを放っていた。
「……っいい加減にしてくれ! 話さなかったのは悪かったって、さっきから言ってるだろ!?」
「────やっぱり、――ないか……」
ポツリと小さく、ミカイルが呟いた。残念がっているような、それでいて何故か安心しているかのような、どちらとも言える不思議な声色。
僕は何を言われたのか気にはなったものの、今一番重要なのはそれではなかった。
「……そういえば、ミカもアルト先輩と知り合いだったんだな。それこそ僕も知らなかった。……一体どういう関係なんだよ」
「……あの人とは家の関係で挨拶をしたことがあるだけ。別に大したものじゃない」
「本当に? それにしては、危惧してることは言ってないとかなんとか聞こえたけど、もしかして何かミカも僕に秘密にしてることがあるんじゃないのか?」
これは一種の賭けだ。あの時少しだけ感じた違和感。今のこの状況を打破するためには、ミカイルをなんとかして動揺させる必要があった。
「それはユハに関係ない」
一見して平常心を装っているかのように思えたが、一瞬だけ、ミカイルが視線を逸らしたのを僕は見逃さなかった。
「何だよそれ。お前は僕の全部を把握したがるのに、自分の言いたくないことは言わないつもりか? 随分卑怯なんだな」
「隠してなんかない」
「はっ、どうだか。……ああそういえば、」
強情なミカイルに対して、つい僕の口から、言うつもりのなかった言葉が溢れ落ちる。
「────ミカって、本当は僕のこと嫌いなんだろ。こんなに僕を縛り付けようとするのも、嫌いだからだったりしてな」
「っはあ……!? なに言ってるの……!? 僕がどれだけ、ユハのことすっ……」
ピタリと、ミカイルの口が止まった。まるで突然時が止まったかのように。
しかし、視線だけはキョロキョロと辺りをうろつかせ、落ち着かない様子を見せていた。
────動揺しているのが見え見えだ。やっぱり、ジークの言っていたことは本当だったのか……?
そうであってはほしくないと思いつつも、ミカイルから否定の言葉が出てないことに怒りを覚える。
でも、それ以上に落胆する気持ちのほうが大きくて、僕も結局何も言うことができず、ただその場から逃げるためだけに、彼の足を思い切り踏み潰した。
「いっ……!」
力が緩んだ隙に、ミカイルの腕を振りほどく。
どんと勢いよく目の前の体を押せば、思いの外簡単にミカイルはよろめいて、僕は拘束から逃れることができた。
必死な面持ちで引き留めようと手を伸ばすミカイルを尻目に、急いで扉を開ける。
「待って……! ユハ……っ!!」
思わず振り返ってしまいそうなほど悲痛な声が耳に飛び込んでくる。が、それを振り切るようにばたんと扉を閉めると、僕は走ってその場から離れた。
放課後。
黙ったままのミカイルに手を引かれて帰寮した先で、部屋に入った瞬間、僕は玄関の内扉に背を打ちつけられていた。両腕がミカイルの手によって扉に押さえつけられているせいで、彼よりも力が弱い僕には逃げ出すこともできない。
他の人が見れば震え上がりそうなほど冷えきった瞳が、僕を捕らえて離さなかった。
「随分と仲が良さそうだったね。ユハ、なんて呼ばれちゃってさ。友達を作るのは許可したけど、その名前で呼んで良いのは僕だけだったのに……。二人きりの時だけに呼び合おうって、そう決めたのは忘れたの?」
「忘れてなんかない……ない、けど…」
唇をぎゅっと強く噛む。どうせミカイルとアルト先輩が会うことなんてないだろうと高を括っていたのが間違いだった。
恨めしそうなミカイルを前にして、今更ながら後悔の念が押し寄せてくる。
「悪い。ミカが嫌がるかもしれないってことは分かってたのに、言い出せなかった。先輩には今度会ったときにでも直してもらうから……」
「今度? ああ……まだアイツと会う気があるんだ」
「え? ……いやいや、まさか本気で言ってたわけじゃないよな? あの僕に関わるなってやつ」
「僕があの場であんな嘘、言うとでも思った?」
……そんなの、思ってるわけない────喉まで出かかった言葉をすんでのところで飲み込む。認めてしまえば、それが本当に実行されそうで怖かったのだ。
「ミカに言わなかったのは本当に悪いと思ってるよ。でもさ、会うのを制限されるのは違うんじゃないか? 呼び方だって、直してもらえば良いだけの話だろ……」
「ユハこそ、何をそんなにこだわってるの? 雑務なんて他にやれる人間はたくさんいるんだから、わざわざユハがやる必要なんてない」
「……っでも! それ以前にアルト先輩とはもう友達になったんだ! 雑務とか関係なく、普通に会って話をするくらいはいいだろ……?」
「……ダメだよ。もうアイツには近づくな。僕に内緒にしていたって言うだけでもこんなに腹立たしいのに、これからもだって? ……ああ、ダメ。絶対に……絶対に許せない」
そう言うとミカイルは、ぐっと僕に顔を近づける。
「……ねえユハ、お願いだから、僕の言うことを聞いて」
言い聞かせるように告げられた懇願。
掴まれた腕が、いっそうの痛みを覚える。
日が暮れ初め、光の届かない玄関先で、お互いの表情も暗闇に飲み込まれそうな中。目の前の琥珀色の瞳だけが、不気味なほど燦々と輝きを放っていた。
「……っいい加減にしてくれ! 話さなかったのは悪かったって、さっきから言ってるだろ!?」
「────やっぱり、――ないか……」
ポツリと小さく、ミカイルが呟いた。残念がっているような、それでいて何故か安心しているかのような、どちらとも言える不思議な声色。
僕は何を言われたのか気にはなったものの、今一番重要なのはそれではなかった。
「……そういえば、ミカもアルト先輩と知り合いだったんだな。それこそ僕も知らなかった。……一体どういう関係なんだよ」
「……あの人とは家の関係で挨拶をしたことがあるだけ。別に大したものじゃない」
「本当に? それにしては、危惧してることは言ってないとかなんとか聞こえたけど、もしかして何かミカも僕に秘密にしてることがあるんじゃないのか?」
これは一種の賭けだ。あの時少しだけ感じた違和感。今のこの状況を打破するためには、ミカイルをなんとかして動揺させる必要があった。
「それはユハに関係ない」
一見して平常心を装っているかのように思えたが、一瞬だけ、ミカイルが視線を逸らしたのを僕は見逃さなかった。
「何だよそれ。お前は僕の全部を把握したがるのに、自分の言いたくないことは言わないつもりか? 随分卑怯なんだな」
「隠してなんかない」
「はっ、どうだか。……ああそういえば、」
強情なミカイルに対して、つい僕の口から、言うつもりのなかった言葉が溢れ落ちる。
「────ミカって、本当は僕のこと嫌いなんだろ。こんなに僕を縛り付けようとするのも、嫌いだからだったりしてな」
「っはあ……!? なに言ってるの……!? 僕がどれだけ、ユハのことすっ……」
ピタリと、ミカイルの口が止まった。まるで突然時が止まったかのように。
しかし、視線だけはキョロキョロと辺りをうろつかせ、落ち着かない様子を見せていた。
────動揺しているのが見え見えだ。やっぱり、ジークの言っていたことは本当だったのか……?
そうであってはほしくないと思いつつも、ミカイルから否定の言葉が出てないことに怒りを覚える。
でも、それ以上に落胆する気持ちのほうが大きくて、僕も結局何も言うことができず、ただその場から逃げるためだけに、彼の足を思い切り踏み潰した。
「いっ……!」
力が緩んだ隙に、ミカイルの腕を振りほどく。
どんと勢いよく目の前の体を押せば、思いの外簡単にミカイルはよろめいて、僕は拘束から逃れることができた。
必死な面持ちで引き留めようと手を伸ばすミカイルを尻目に、急いで扉を開ける。
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