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勉強会
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「え、勉強会?」
ミカイルがきょとんと首をかしげ、ハインツを見る。
「あ、えっと……ちょっと前にユハン君と約束してたんだけど、もしかしてミカイル君は聞いてなかった……のかな?」
ハインツは困ったように眉を下げ、僕に視線をやった。
「ああ、ミカイルには言ってなかったよな。実は今日、ハインツに勉強を教えてもらう予定だったんだ」
僕はあたかも今思い出したかのように、そう言った。
────時は放課後。
ミカイルが僕を迎えに席へやってきた後の出来事である。
もちろん、こうなることを予想していなかったわけではない。が、あえて何もミカイルに言わなかったのは、事前に勉強会へ行くのを禁止されないようにするためだった。
いくら最近のミカイルが大人しいといっても、いつまた元に戻るかは分からない。ハインツには悪いが、こうするのが最善の策だと思ったのだ。
「それって、僕が一緒に行っても大丈夫?」
ミカイルがおずおずと僕に言った。
無理やり連れて帰るか、勝手についてくるか、その二択のどちらかだと思っていたのだが、どうやら本当にミカイルは心を入れ換えたらしい。固唾を呑むようにぎゅっと唇を強く結んで、彼は僕を見つめていた。
「……ハインツは?」
「えっ…、ボク……!?」
自分に話しかけられるとは思っていなかったのか、ハインツはびくりと肩を震わせた。
「ああ。ハインツから誘ってくれたものだし、僕が決めるのは違うと思って」
「ボ、ボクはもちろん大丈夫だよ! ミカイル君が来てくれるの、すごくうれしいから!」
「ほんと? じゃあ、ユハンも良い?」
「ああ……ハインツがそう言うなら……。というか、僕を誘ったときよりもなんだか嬉しそうじゃないか?」
「うぇっ!? そ、そんなことないよ~!」
え、えへへ……とハインツは頬をかきながら、ばつの悪い笑みを浮かべた。いたずらをしてバレた時の子供のようだった。
「まあ……、じゃあとりあえず行くか。ここで話しててもしょうがないしな」
「あっ、そうだね!」
ハインツの提案で、僕達は図書室へ向かう。
図書室といえば静かに過ごさなければならないイメージだが、本が置いてある場所とは別に、皆で勉強ができるスペースがあるらしい。ただ、試験が近くなると席が埋まってしまうくらい人気なようだから、なるべく急いで行かなければならなかった。
「あら……ミカイル? どこかに行くの?」
そんな時────隣の教室を通りかかったところで、ふと、誰かのミカイルを呼ぶ声が聞こえた。女性らしい柔らかな声だ。
その方向を振り返ると、後ろの扉から出てきた一人の女子生徒が、こちらへ歩いてくるのが見えた。
「玄関は反対方向でしょ? ミカイルが放課後に私の教室の前を通ることなんて滅多になかったから、つい声をかけてしまったわ」
そう言って花のような微笑みを浮かべた彼女は、いつかの日に見たリリアーナその人だった。ミカイルがどこかいつもよりぎこちない笑みで、それに答える。
「やあ、リリアーナ。悪いけど、僕達は今急いでてね」
「あら、どこに行くのかくらい教えてくれたっていいじゃない。それとも、そんなに早く行かないといけない急用なのかしら?」
だったら呼び止めて申し訳なかったわ、と心配そうな目でリリアーナさんはミカイルを見た。
「……いいや、そんなことはないよ。……僕達は図書室に行くところなんだ」
「図書室? もしかして、勉強をしに?」
「……うん」
「それなら私も行きたいわ。───ねえ、私も一緒に行っていい?」
リリアーナさんは何故かミカイルではなく、僕とハインツに顔を向け、そう言った。
「えっ?」
「ええっ!?」
まさかこちらに聞いてくるとは思わず二人して声を上げる。ハインツの方はひっくり返りそうなほど大きな声で目を見開いていた。
「悪いけど───」
ミカイルが断りを入れながら、僕とリリアーナさんの視界を遮るようにして間に立とうとする。
しかし、その声に被さるようにして、またもや誰かが割り込んでくるのが聞こえた。
「おい、こんなところで固まって何してんだよ」
「あら、ジークじゃない。ちょうど良いところに来たわね」
ニコリと笑ってリリアーナさんが振り返る。
現れたのはジークだった。僕達が教室を出るときにはまだ室内にいたから、今から帰るところだったのだろう。チラチラと周りの生徒たちがこちらを気にしている中で、残念なことにジークが僕達の存在に気づかないわけがなかった。
「ミカイルが今から図書室で勉強しに行くところなんですって。だから私も付いていこうかと思っていたのだけれど、せっかくならジークも一緒に行きましょうよ」
リリアーナさんが嬉しそうにジークに言う。
「あ……? 勉強? ……俺達が誘ったときは断られたじゃねえか」
「ええ、それはそうなんだけれど……。だめかしら? 私も勉強は得意だから、もし分からないところがあれば教えてあげられるわ……」
そっと伺うようにリリアーナさんが僕達を見る。
ミカイルは僕の前に立っているせいでどんな顔をしているのか分からなかったが、先程の感じからして恐らく彼は断るだろう。
だから、咄嗟に僕は目の前の服の背を引っ張り、不思議そうに振り返ったミカイルを押し退けて横に立った。
「僕は大丈夫だ。ハインツもいいか?」
「あ、も、もちろん!」
コクコクと何度も首を縦に動かし頷くハインツ。
「あら、本当に……? 嬉しいわ、ありがとう!」
リリアーナさんはパッと顔を輝かせ、安心したように笑った。一方でジークは、僕の姿を見て嫌そうに眉を寄せている。僕だって本当はこいつと顔も合わせたくなかったが、これはちょうど良い機会だった。
「ねえユハン、今日はもうやめにして帰らない?」
だがしかし、ミカイルは横から焦ったように小さく話しかけてきた。
「ほら、リリアーナとは初対面だし、ジークとは少し気まずいでしょ? ……ハインツとの勉強会はまた今度すればいいから……ね?」
提案というよりかは、お願いに近かった。
いつものミカイルなら強行突破で連れて帰ったかもしれないが、今の彼は僕を先に説得すべきだと踏んだらしい。
でも、僕には残念ながらそれに乗る気はさらさらなかった。
「僕は別に、一人増えようが二人増えようが構わない。目的は同じなんだから、断る理由はどこにもないだろ」
「でも……、」
「おい、何揉めてんだ?」
ひそひそとやりとりをしている僕達に、ジークが痺れを切らして割り込む。
いつものように強気にいけないミカイルは、表情を上手く取り繕えておらず、リリアーナさんとハインツが心配そうに彼を見ていた。ただ、ジークだけは、どこかそれを訝しんで見ている気がした。
「……悪かったな、時間をとらせて。ほらミカイルも、早く行くぞ」
何かまだ言いたげなミカイルの背をぽんと叩き、歩みを進ませる。今すぐにでも帰りたそうだったが、何かに葛藤している彼は、渋々行くことにしたようだ。
はあ、とため息をついたジークがその後に続き、残る二人も慌ててその後ろについた。
ミカイルがきょとんと首をかしげ、ハインツを見る。
「あ、えっと……ちょっと前にユハン君と約束してたんだけど、もしかしてミカイル君は聞いてなかった……のかな?」
ハインツは困ったように眉を下げ、僕に視線をやった。
「ああ、ミカイルには言ってなかったよな。実は今日、ハインツに勉強を教えてもらう予定だったんだ」
僕はあたかも今思い出したかのように、そう言った。
────時は放課後。
ミカイルが僕を迎えに席へやってきた後の出来事である。
もちろん、こうなることを予想していなかったわけではない。が、あえて何もミカイルに言わなかったのは、事前に勉強会へ行くのを禁止されないようにするためだった。
いくら最近のミカイルが大人しいといっても、いつまた元に戻るかは分からない。ハインツには悪いが、こうするのが最善の策だと思ったのだ。
「それって、僕が一緒に行っても大丈夫?」
ミカイルがおずおずと僕に言った。
無理やり連れて帰るか、勝手についてくるか、その二択のどちらかだと思っていたのだが、どうやら本当にミカイルは心を入れ換えたらしい。固唾を呑むようにぎゅっと唇を強く結んで、彼は僕を見つめていた。
「……ハインツは?」
「えっ…、ボク……!?」
自分に話しかけられるとは思っていなかったのか、ハインツはびくりと肩を震わせた。
「ああ。ハインツから誘ってくれたものだし、僕が決めるのは違うと思って」
「ボ、ボクはもちろん大丈夫だよ! ミカイル君が来てくれるの、すごくうれしいから!」
「ほんと? じゃあ、ユハンも良い?」
「ああ……ハインツがそう言うなら……。というか、僕を誘ったときよりもなんだか嬉しそうじゃないか?」
「うぇっ!? そ、そんなことないよ~!」
え、えへへ……とハインツは頬をかきながら、ばつの悪い笑みを浮かべた。いたずらをしてバレた時の子供のようだった。
「まあ……、じゃあとりあえず行くか。ここで話しててもしょうがないしな」
「あっ、そうだね!」
ハインツの提案で、僕達は図書室へ向かう。
図書室といえば静かに過ごさなければならないイメージだが、本が置いてある場所とは別に、皆で勉強ができるスペースがあるらしい。ただ、試験が近くなると席が埋まってしまうくらい人気なようだから、なるべく急いで行かなければならなかった。
「あら……ミカイル? どこかに行くの?」
そんな時────隣の教室を通りかかったところで、ふと、誰かのミカイルを呼ぶ声が聞こえた。女性らしい柔らかな声だ。
その方向を振り返ると、後ろの扉から出てきた一人の女子生徒が、こちらへ歩いてくるのが見えた。
「玄関は反対方向でしょ? ミカイルが放課後に私の教室の前を通ることなんて滅多になかったから、つい声をかけてしまったわ」
そう言って花のような微笑みを浮かべた彼女は、いつかの日に見たリリアーナその人だった。ミカイルがどこかいつもよりぎこちない笑みで、それに答える。
「やあ、リリアーナ。悪いけど、僕達は今急いでてね」
「あら、どこに行くのかくらい教えてくれたっていいじゃない。それとも、そんなに早く行かないといけない急用なのかしら?」
だったら呼び止めて申し訳なかったわ、と心配そうな目でリリアーナさんはミカイルを見た。
「……いいや、そんなことはないよ。……僕達は図書室に行くところなんだ」
「図書室? もしかして、勉強をしに?」
「……うん」
「それなら私も行きたいわ。───ねえ、私も一緒に行っていい?」
リリアーナさんは何故かミカイルではなく、僕とハインツに顔を向け、そう言った。
「えっ?」
「ええっ!?」
まさかこちらに聞いてくるとは思わず二人して声を上げる。ハインツの方はひっくり返りそうなほど大きな声で目を見開いていた。
「悪いけど───」
ミカイルが断りを入れながら、僕とリリアーナさんの視界を遮るようにして間に立とうとする。
しかし、その声に被さるようにして、またもや誰かが割り込んでくるのが聞こえた。
「おい、こんなところで固まって何してんだよ」
「あら、ジークじゃない。ちょうど良いところに来たわね」
ニコリと笑ってリリアーナさんが振り返る。
現れたのはジークだった。僕達が教室を出るときにはまだ室内にいたから、今から帰るところだったのだろう。チラチラと周りの生徒たちがこちらを気にしている中で、残念なことにジークが僕達の存在に気づかないわけがなかった。
「ミカイルが今から図書室で勉強しに行くところなんですって。だから私も付いていこうかと思っていたのだけれど、せっかくならジークも一緒に行きましょうよ」
リリアーナさんが嬉しそうにジークに言う。
「あ……? 勉強? ……俺達が誘ったときは断られたじゃねえか」
「ええ、それはそうなんだけれど……。だめかしら? 私も勉強は得意だから、もし分からないところがあれば教えてあげられるわ……」
そっと伺うようにリリアーナさんが僕達を見る。
ミカイルは僕の前に立っているせいでどんな顔をしているのか分からなかったが、先程の感じからして恐らく彼は断るだろう。
だから、咄嗟に僕は目の前の服の背を引っ張り、不思議そうに振り返ったミカイルを押し退けて横に立った。
「僕は大丈夫だ。ハインツもいいか?」
「あ、も、もちろん!」
コクコクと何度も首を縦に動かし頷くハインツ。
「あら、本当に……? 嬉しいわ、ありがとう!」
リリアーナさんはパッと顔を輝かせ、安心したように笑った。一方でジークは、僕の姿を見て嫌そうに眉を寄せている。僕だって本当はこいつと顔も合わせたくなかったが、これはちょうど良い機会だった。
「ねえユハン、今日はもうやめにして帰らない?」
だがしかし、ミカイルは横から焦ったように小さく話しかけてきた。
「ほら、リリアーナとは初対面だし、ジークとは少し気まずいでしょ? ……ハインツとの勉強会はまた今度すればいいから……ね?」
提案というよりかは、お願いに近かった。
いつものミカイルなら強行突破で連れて帰ったかもしれないが、今の彼は僕を先に説得すべきだと踏んだらしい。
でも、僕には残念ながらそれに乗る気はさらさらなかった。
「僕は別に、一人増えようが二人増えようが構わない。目的は同じなんだから、断る理由はどこにもないだろ」
「でも……、」
「おい、何揉めてんだ?」
ひそひそとやりとりをしている僕達に、ジークが痺れを切らして割り込む。
いつものように強気にいけないミカイルは、表情を上手く取り繕えておらず、リリアーナさんとハインツが心配そうに彼を見ていた。ただ、ジークだけは、どこかそれを訝しんで見ている気がした。
「……悪かったな、時間をとらせて。ほらミカイルも、早く行くぞ」
何かまだ言いたげなミカイルの背をぽんと叩き、歩みを進ませる。今すぐにでも帰りたそうだったが、何かに葛藤している彼は、渋々行くことにしたようだ。
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