45 / 58
準備期間②
しおりを挟む
「遅かったわね、ユハン。どこかに行っていたの?」
その後皆が話し合いをしている教室へ向かった僕は、到着して早々、リリアーナさんからそう告げられた。
────あれ? 僕はハインツにちゃんと遅くなる旨を伝えたはずだよな……?
けれどもその場にハインツはおらず、ついでに言えばミカイルの姿もそこにはなかった。
「ハインツとミカイルは? ここには来てないのか?」
「そうなのよ。私はてっきり三人が一緒にいると思っていたのだけれど、その様子だとそうでもないようね……?」
「ああ。僕はハインツと教室で分かれたっきりだ。ミカイルに関してはそもそも見てない」
「珍しいわね……。二人とも無断で来ないなんて」
「…………ミカイル様はともかく、あいつはどこほっつき歩いてるのよ……」
心配そうに首をかしげるリリアーナさんと、眉を吊り上げて怒っているテイリットさん。彼女達の言うとおり、何も言わず二人がここに来ていないのは少し変だ。
ハインツもミカイルも、僕が知る限りそんな不義理な人間ではないはずだった。
「……で、てめえは何で遅れた?」
静かに僕を見据え、ジークが問いかける。
「僕はアルト先輩の元へ行ってたんだ。ハインツに遅くなるから先に進めててくれって言ったんだけど、ここに来てないなら当然伝わってないよな……」
「あらっ、アルト様とお話が出来たのね……! ちなみに結果は……どうだったのかしら……?」
「そうだ。それを本当は一番に伝えたかったんだ。肝心の結果なんだけど────」
僅かに間を置く。緊張した空気が室内を満たしていた。
「────魔法薬を、先輩に作ってもらえることになった」
「まあ!」
「なるほどな、魔法薬か」
「……ふんっ。やるじゃない」
素直じゃないのが若干二名。大袈裟に喜んでくれるリリアーナさんがこの場にいてくれて良かった。
本当はハインツに、いの一番に話したかったのだが、彼はまだ来ないのだろうか────そう考えていたところで、ガラッと扉の開く音が聞こえ一斉にそちらを向く。
「遅くなってごめんね、皆」
入ってきたのは眉を下げ、申し訳なさそうに謝るミカイルと、やけに顔を赤らめ恍惚とした表情を浮かべているハインツ。
先程分かれた時も、彼はアルト先輩と会話した興奮で様子はおかしかったが、それとはまた違う。心ここにあらず、とでも言うのだろうか。
ミカイルを熱く見つめるハインツに、得体の知れない違和感があった。
「二人とも遅れるなんて、何かあったの?」
「ハインツの体調が悪そうだったから、僕が寮まで送っていこうとしたんだ。でもどうしてもここに来たいって行って聞かなかったから、保険室に行って薬をもらってきたんだけど……。思いの外遅くなってしまったみたいだね」
「ミカイル君は悪くないよ……。ボクが全部悪い。全部悪いんだ。だから皆、彼を責めないで……」
「ええっと……私は無事に来てくれたことが嬉しいから、二人を責めるつもりは全くないわ」
「……まあ普通に考えて、無理に来ようとしたディーゼルがわりいだろ」
「……ほんと、ミカイル様に謝らせてるんじゃないわよ」
「でも、僕はハインツが来てくれて嬉しい。どうしても早く言いたいことがあったから」
僕達から様々に言われながらも、二人は席につく。隣に座ったハインツはいつもよりぼんやりとしていて、確かに調子があまり良くなさそうだ。
僕の感じた違和感は、そんな体調不良によるものだったのだろうか。
「なあハインツ。体調は大丈夫か?」
「………………」
心配で声をかければ、ハインツは僕をチラッと見る。けれどそれは一瞬で、彼は何も言わないまま顔を正面に戻すと、眉間に皺を寄せていた。
「え、」
僕は衝撃で言葉も出ない。
だってこれは……ハインツによる明確な無視だ。
でも、彼にそのような態度を取られたことなど今まで一度もなかった。いつだって彼は僕に優しくしてくれた。
聖女様のような優しさを持つ人間になりたいと、そう前に教えてくれたのに。なんで、どうして?
「ハ……ハインツ?」
体調のせいだと思いたかった。今のは無視なんかじゃなく、単に話す気分じゃなかったんだって────
「ユハン。ハインツのことは一旦そっとしておいてあげたほうが良いと思うよ。薬は飲ませたけど、やっぱり万全とは言えない状態だから」
ミカイルが窘めるように僕に言う。
「あ……そうだよな。悪かった、ハインツ」
異様な空気がこの場を漂っていた。皆、不審そうにハインツを見ており、僕だけが変に感じていないのがせめてもの救いだった。
「えっと……リリアーナさん達にはもう話したんだけど、実はアルト先輩に了承が取れてさ。このまま僕が提案した通りの魔法を使った方法でいけそうなんだ」
「……! それは良かったね……! ユハンのやりたいことが出来そうで僕も嬉しいよ」
「………………」
ミカイルは瞳を輝かせて喜んでくれた。やっぱり素直に喜んでくれるのは嬉しい。
でもハインツはそれを聞いてもなお、口を一文字に結び、押し黙ったまま軽く俯いていた。
「ええと……それじゃあ当初の計画通り、仮面舞踏会をテーマにしたものでいきましょう。だから演出等も、これまで考えていたもので変更はしなくて良さそうね」
「…………ああ。俺は異論ねえ」
「わ、私も良いと思いますわ……!」
「うん。僕も大丈夫だよ」
ハインツを抜いた三人が、リリアーナさんの意見に同意する。結局最後まで、ハインツは大した反応を見せることはなく、その日はお開きになった。
祝祭当日まで、あと二週間と僅か。どこか不穏な気配を感じ取りつつも、時間は刻一刻と過ぎ去っていく。ワクワクした気持ちとは裏腹に、ハインツの僕だけに対する態度がおかしくて。
ミカイルは気遣わしげに間を取り持ってくれたけど、その度に関係が悪化している気がした。
けれどもそれを指摘することが出来ないまま、ハインツの様子に悶々とする日々が続いて、僕はとうとう祝祭の日を迎えることとなった───
その後皆が話し合いをしている教室へ向かった僕は、到着して早々、リリアーナさんからそう告げられた。
────あれ? 僕はハインツにちゃんと遅くなる旨を伝えたはずだよな……?
けれどもその場にハインツはおらず、ついでに言えばミカイルの姿もそこにはなかった。
「ハインツとミカイルは? ここには来てないのか?」
「そうなのよ。私はてっきり三人が一緒にいると思っていたのだけれど、その様子だとそうでもないようね……?」
「ああ。僕はハインツと教室で分かれたっきりだ。ミカイルに関してはそもそも見てない」
「珍しいわね……。二人とも無断で来ないなんて」
「…………ミカイル様はともかく、あいつはどこほっつき歩いてるのよ……」
心配そうに首をかしげるリリアーナさんと、眉を吊り上げて怒っているテイリットさん。彼女達の言うとおり、何も言わず二人がここに来ていないのは少し変だ。
ハインツもミカイルも、僕が知る限りそんな不義理な人間ではないはずだった。
「……で、てめえは何で遅れた?」
静かに僕を見据え、ジークが問いかける。
「僕はアルト先輩の元へ行ってたんだ。ハインツに遅くなるから先に進めててくれって言ったんだけど、ここに来てないなら当然伝わってないよな……」
「あらっ、アルト様とお話が出来たのね……! ちなみに結果は……どうだったのかしら……?」
「そうだ。それを本当は一番に伝えたかったんだ。肝心の結果なんだけど────」
僅かに間を置く。緊張した空気が室内を満たしていた。
「────魔法薬を、先輩に作ってもらえることになった」
「まあ!」
「なるほどな、魔法薬か」
「……ふんっ。やるじゃない」
素直じゃないのが若干二名。大袈裟に喜んでくれるリリアーナさんがこの場にいてくれて良かった。
本当はハインツに、いの一番に話したかったのだが、彼はまだ来ないのだろうか────そう考えていたところで、ガラッと扉の開く音が聞こえ一斉にそちらを向く。
「遅くなってごめんね、皆」
入ってきたのは眉を下げ、申し訳なさそうに謝るミカイルと、やけに顔を赤らめ恍惚とした表情を浮かべているハインツ。
先程分かれた時も、彼はアルト先輩と会話した興奮で様子はおかしかったが、それとはまた違う。心ここにあらず、とでも言うのだろうか。
ミカイルを熱く見つめるハインツに、得体の知れない違和感があった。
「二人とも遅れるなんて、何かあったの?」
「ハインツの体調が悪そうだったから、僕が寮まで送っていこうとしたんだ。でもどうしてもここに来たいって行って聞かなかったから、保険室に行って薬をもらってきたんだけど……。思いの外遅くなってしまったみたいだね」
「ミカイル君は悪くないよ……。ボクが全部悪い。全部悪いんだ。だから皆、彼を責めないで……」
「ええっと……私は無事に来てくれたことが嬉しいから、二人を責めるつもりは全くないわ」
「……まあ普通に考えて、無理に来ようとしたディーゼルがわりいだろ」
「……ほんと、ミカイル様に謝らせてるんじゃないわよ」
「でも、僕はハインツが来てくれて嬉しい。どうしても早く言いたいことがあったから」
僕達から様々に言われながらも、二人は席につく。隣に座ったハインツはいつもよりぼんやりとしていて、確かに調子があまり良くなさそうだ。
僕の感じた違和感は、そんな体調不良によるものだったのだろうか。
「なあハインツ。体調は大丈夫か?」
「………………」
心配で声をかければ、ハインツは僕をチラッと見る。けれどそれは一瞬で、彼は何も言わないまま顔を正面に戻すと、眉間に皺を寄せていた。
「え、」
僕は衝撃で言葉も出ない。
だってこれは……ハインツによる明確な無視だ。
でも、彼にそのような態度を取られたことなど今まで一度もなかった。いつだって彼は僕に優しくしてくれた。
聖女様のような優しさを持つ人間になりたいと、そう前に教えてくれたのに。なんで、どうして?
「ハ……ハインツ?」
体調のせいだと思いたかった。今のは無視なんかじゃなく、単に話す気分じゃなかったんだって────
「ユハン。ハインツのことは一旦そっとしておいてあげたほうが良いと思うよ。薬は飲ませたけど、やっぱり万全とは言えない状態だから」
ミカイルが窘めるように僕に言う。
「あ……そうだよな。悪かった、ハインツ」
異様な空気がこの場を漂っていた。皆、不審そうにハインツを見ており、僕だけが変に感じていないのがせめてもの救いだった。
「えっと……リリアーナさん達にはもう話したんだけど、実はアルト先輩に了承が取れてさ。このまま僕が提案した通りの魔法を使った方法でいけそうなんだ」
「……! それは良かったね……! ユハンのやりたいことが出来そうで僕も嬉しいよ」
「………………」
ミカイルは瞳を輝かせて喜んでくれた。やっぱり素直に喜んでくれるのは嬉しい。
でもハインツはそれを聞いてもなお、口を一文字に結び、押し黙ったまま軽く俯いていた。
「ええと……それじゃあ当初の計画通り、仮面舞踏会をテーマにしたものでいきましょう。だから演出等も、これまで考えていたもので変更はしなくて良さそうね」
「…………ああ。俺は異論ねえ」
「わ、私も良いと思いますわ……!」
「うん。僕も大丈夫だよ」
ハインツを抜いた三人が、リリアーナさんの意見に同意する。結局最後まで、ハインツは大した反応を見せることはなく、その日はお開きになった。
祝祭当日まで、あと二週間と僅か。どこか不穏な気配を感じ取りつつも、時間は刻一刻と過ぎ去っていく。ワクワクした気持ちとは裏腹に、ハインツの僕だけに対する態度がおかしくて。
ミカイルは気遣わしげに間を取り持ってくれたけど、その度に関係が悪化している気がした。
けれどもそれを指摘することが出来ないまま、ハインツの様子に悶々とする日々が続いて、僕はとうとう祝祭の日を迎えることとなった───
122
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約破棄したのに幼馴染の執着がちょっと尋常じゃなかった。
天城
BL
子供の頃、天使のように可愛かった第三王子のハロルド。しかし今は令嬢達に熱い視線を向けられる美青年に成長していた。
成績優秀、眉目秀麗、騎士団の演習では負けなしの完璧な王子の姿が今のハロルドの現実だった。
まだ少女のように可愛かったころに求婚され、婚約した幼馴染のギルバートに申し訳なくなったハロルドは、婚約破棄を決意する。
黒髪黒目の無口な幼馴染(攻め)×金髪青瞳美形第三王子(受け)。前後編の2話完結。番外編を不定期更新中。
稀代の英雄に求婚された少年が、嫌われたくなくて逃げ出すけどすぐ捕まる話
こぶじ
BL
聡明な魔女だった祖母を亡くした後も、孤独な少年ハバトはひとり森の中で慎ましく暮らしていた。ある日、魔女を探し訪ねてきた美貌の青年セブの治療を、祖母に代わってハバトが引き受ける。優しさにあふれたセブにハバトは次第に心惹かれていくが、ハバトは“自分が男”だということをいつまでもセブに言えないままでいた。このままでも、セブのそばにいられるならばそれでいいと思っていたからだ。しかし、功を立て英雄と呼ばれるようになったセブに求婚され、ハバトは喜びからついその求婚を受け入れてしまう。冷静になったハバトは絶望した。 “きっと、求婚した相手が醜い男だとわかれば、自分はセブに酷く嫌われてしまうだろう” そう考えた臆病で世間知らずなハバトは、愛おしくて堪らない英雄から逃げることを決めた。
【堅物な美貌の英雄セブ×不憫で世間知らずな少年ハバト】
※セブは普段堅物で実直攻めですが、本質は執着ヤンデレ攻めです。
※受け攻め共に、徹頭徹尾一途です。
※主要人物が死ぬことはありませんが、流血表現があります。
※本番行為までは至りませんが、受けがモブに襲われる表現があります。
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた
やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。
俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。
独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。
好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け
ムーンライトノベルズにも掲載しています。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
元執着ヤンデレ夫だったので警戒しています。
くまだった
BL
新入生の歓迎会で壇上に立つアーサー アグレンを見た時に、記憶がざっと戻った。
金髪金目のこの才色兼備の男はおれの元執着ヤンデレ夫だ。絶対この男とは関わらない!とおれは決めた。
貴族金髪金目 元執着ヤンデレ夫 先輩攻め→→→茶髪黒目童顔平凡受け
ムーンさんで先行投稿してます。
感想頂けたら嬉しいです!
転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…
月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた…
転生したと気づいてそう思った。
今世は周りの人も優しく友達もできた。
それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。
前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。
前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。
しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。
俺はこの幸せをなくならせたくない。
そう思っていた…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる