貴方といると、お茶が不味い

わらびもち

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恋愛小説ではよくあること

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「お嬢様、スミレの砂糖漬けをお持ちしました。疲れた時には甘いものが一番ですよ」

「ありがとうサリー、嬉しいわ。ん~……いい香りね」

 専属侍女のサリーが私の好物であるスミレの砂糖漬けと、それに合う紅茶を淹れてくれる。
 一粒口に入れただけで華やかな香りが体中に染みわたるようだ。

「それにしてもロバス子息は許せませんね、こんなに可愛らしいお嬢様を蔑ろにするなんて! 婚約者の目の前で他の女を優先するとか、よくある恋愛小説の展開みたいです」

「あら、何それ? わたくしと同じような状況をテーマにした恋愛小説があるの?」

 サリーの話によると『婚約者よりも別の女を優先した男が全てを失い、婚約者だった女性は別の男性と幸せになる』という内容の恋愛小説が市民の間で流行しているらしい。

「その別の女って、婚約者の令嬢よりも格下の場合がほとんどなんですよ。下位貴族だったり、平民だったりとか。現実でそんなのやったら打ち首ものですけどね」

「まあ、そうなの? 格下の身分ならば何も愛人としてこっそり囲えばいいのに……。どうしてわざわざ婚約者より優先させようとするのかしら?」

「それはその浮気相手が真に愛する人だからですよ。優先させることで婚約者よりも愛しているということを知らしめるためです。だったら貴族やめてその相手と添い遂げろって話ですけどね。婚約はそのままで、でも浮気相手の方が好きだから優先するとか、結局何一つ我慢する気も、捨てる気もないんですよ」

 そういった小説でも男性とその浮気相手はわざわざ婚約者の前で仲の良さを見せつけるらしい。

 クリスフォード様もそうだったが、なんでいちいち見せつけるんだろう。意味が分からない。

「なにも陰でこっそり愛し合えばいいのにね。浮気ってこそこそするものだと思ってたわ」

「陰でこそこそ浮気するのは、それが公になったらマズイと自覚しているからでしょう。婚約者の目の前で堂々と浮気するのは、それをマズイと自覚していないから異常性を感じるわけです」

「まあ、なるほど、その通りね。クリスフォード様もスピナー公爵令嬢もわたくしの目の前で堂々と仲睦まじさを見せつけるじゃない? あれ、怒りよりも気味の悪さが勝るのよね。なんていうか……そんな異常行動を見せられて、わたくしにどうしろというのと思ってしまうのよ」

「小説のヒロインの反応もお嬢様と同じです。最初は愛する婚約者が別の女性を優先させる悲しみが勝るんですけど、繰り返されるうちに段々と冷めていって最後には生理的に無理とまでなるんですよね」

「あら、わたくしは既にその状態になってるわよ。クリスフォード様の全てがもう気持ち悪く感じるわ。……もう、触れられるのも無理なくらい」

 スピナー公爵令嬢に対しても同様だ。あの人が王太子妃になったとしても可能な限り接点は持ちたくない。愛想笑いすら出来そうにないのだから。

「お嬢様がそう感じるのは当然ですよ! 全く目の前でイチャイチャと……気持ち悪いったらないです! あの距離感は友人とは思えません」

「ええ、そうよね。あれで友人だと言い張られても無理があるわ。……お二人が愛し合っているのなら、婚約を解消してから触れ合えばいいのに」

 婚約解消はそう簡単に出来るものではない。それは理解しているが、あんな堂々と浮気する勇気があるならそれも出来るのではないかと思ってしまう。

「あの方達は、わたくしに自分達がどれだけ愛し合っているかを見せつけたいのかしら? それでわたくしが身を引くのを待っているとか……」

「だとしたら最低です。どうして年も身分も下のお嬢様が婚約を無くすために行動せねばなりませんか。あの人達はどちらも公爵家なのですからご自分でやられたらいいんですよ」

「そうね、本当にそうだわ……」

 身を引くのならば自分達がすればいいのに……。

 そうなれば、私も一度諦めた恋が手に入るかもしれない。
 幼い頃に涙を流して諦めた恋が、また……。

 未だ忘れられない愛しい方の顔を思い出し、スミレの砂糖漬けを口に含んだ。
 あの方の好物だから、私もこれを好きになった。

 互いに婚約を解消したなら……また会えるかもしれない。

 口内に広がる芳香と、愛しい方の姿を頭に浮かべ、私は久しぶりに幸福な想いに包まれた。
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