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スミレの砂糖漬け
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「今まで何度も王家は令嬢の言動についてスピナー公爵家に抗議してきた。だがその度に公爵が謝罪し、なんとか婚約を継続させる、の繰り返しだ。公爵はよほど娘を王妃にしたかったのか……」
「彼の家から王妃は輩出されておりませんからね。自分の代で娘を王家に嫁がせると躍起になっていたのかもしれません」
他の公爵家からは王妃が輩出された歴史があるのに、スピナー公爵家だけはない。
それに劣等感を覚えていると父から聞いたことがある。
「今更だが公爵はもっと自分の娘の性根を知るべきだった。娘を王妃にという欲望だけが駆け抜けていった結果、社交界が前代未聞の大騒ぎだ。先程スピナー公爵令嬢が多くの婚約を壊したと言ったが、彼女が私の婚約者でなければ壊れるまではいかなかったはずだよ」
「それは……令嬢側の家が、王太子殿下の婚約者と親密になるような令息と縁故を結びたくなかったから、でしょうか?」
先日母も『王太子殿下を差し置いてその婚約者と親密になることは、王家へ叛意ありと見なされる』と言っていたが、つまりはそういうことだろう。それでなくとも王太子殿下への不敬に問われかねない行動だ。
「そうだよ、レオナは賢いね。王家への不敬を過剰に恐れた令嬢側の家が次々と婚約解消を願い出た。もちろん令息側の家は拒んだが、令息がスピナー公爵令嬢と密室で二人きりになるなどの証拠を突き付けられ、令嬢側の家から裁判をすると脅されては何も言えまい。裁判を起こされればそれだけ貴族にとっては醜聞だからね。中には相手のことをまだ愛していて婚約を解消したくないと泣いて訴えた令嬢もいたそうだ」
「それは……なんと哀れなのでしょうか……」
相手が王太子殿下の婚約者でなければ、婚約は解消されなかっただろうに。
不貞を犯したとしても令嬢が相手を愛していたならば。
だがそれと王家への不敬と秤にかけたのなら、貴族にとってはどちらが重いかなんて言うまでもない。
貴族は愛よりも家の名誉が大切なのだから。
「それにしても、スピナー公爵令嬢がいったい何をしたかったのか分からない。私との婚約が嫌だったにしても、他の令息と親密になる意味はなんだったのか……」
「確かにそうですね……。殿下との婚約が嫌だというのも不敬ですが、それでしたら何も穏便に解消するよう父君や王家と話し合えばよかったのです。何故わざわざわたくしの元婚約者含め様々な令息と親密になる必要があったのか……、婚約者同士の交流に割り込んできたのか、意味が分かりません」
「……え? 待って、何その交流に割り込んだって話……」
「え? スピナー公爵令嬢が婚約者同士の茶会や外出についてきたという話ですわ。他の皆様も同じようなことをされたのでしょう?」
「いやいやいや……それはない! え? レオナは彼女にそんなことされてたの?」
「ええ、まあ。てっきり他の方にも同じことをしていたのかと思っておりましたが……違うようですね」
「そんなおかしな報告は受けていないな……。むしろレオナのそれも聞いてない」
「あら? 陛下は御存知のはずですよ?」
「父上が? ああ……それならきっと伝え漏れだな。父上はスピナー公爵令嬢の騒ぎと右腕だった宰相に退職されたことで大変気が滅入っておられる。それにしてもレオナがそんな目にあっていたなんて……ロバス子息を殴ってしまいたい」
殿下が私の為に怒ってくださっている。それが嬉しい。
陛下はお可哀想だけども……。
「いいえ、もう過ぎたことですわ。結果的に婚約も破棄出来ましたし、これでよかったんです。おかしな人との縁が切れたのですもの」
「レオナがそう言うのなら彼に制裁を加えるのは我慢するよ。君を悲しませたことは許せないけど」
「まあ、殿下ったら……」
愛しい方にそう言われ、頬が緩んでしまう。
それを悟られないように目線を彼からテーブルの方に移し、お皿に盛りつけられた紫色の菓子をひとつ摘まんだ。
口に含むとスミレの芳醇な香りが広がっていく。
「……レオナはスミレの砂糖漬けが好きなの?」
「えっ!? は、はい……そうです」
声をかけられ顔を上げると、殿下が艶やかに微笑んでいる。
その顔に思わず見惚れてしまった。
「覚えてる? 昔、君が王宮でそれを初めて食べた時に言ったこと」
「い、いえ……覚えておりません……」
これは嘘だ。本当はしっかり覚えている。
だけどそれを口にするなど無理だ。だって……
「そう? 君は初めて食べた時すごい顔をしてね……。『何これ、変な味!?』と言ったんだよ? まあ香りも強いし、好まない人は好まないよね。でね、その後こう言ったんだ。『でも、大好きなお従兄様の好物だから、わたくしも好きになるわ!』と……健気で可愛かったな」
覚えている。だって忘れられるはずがない。
大好きな人の好きな物を、私も好きになりたくて……それから積極的に食べるようになったのだから。
「今は好きなんだね、スミレの砂糖漬け」
「は、はい……好きですわ」
「じゃあ、私のことは? 今でも大好き?」
「…………っ!? で、殿下……それは……」
「私は好きだよ。今も昔も君のことが大好きだ。可愛いと思うのも、ずっと隣にいてほしいと思うのも君だけだよ。スピナー公爵令嬢と婚約した時にこの気持ちは封印したが……無くすことは出来なかった」
射抜くようにこちらを見つめる青い瞳から目を逸らせない。
私だって、私だってずっと貴方のことが……。
「綺麗な思い出として心の中に仕舞っておくつもりでした。貴方への想いは……」
互いに婚約者がいたのだから、この気持ちを表に出してはいけない。
そう思っていた……。
「レオナ、お願い……きちんと好きか嫌いか言って? これは王太子としての命令ではなく一人の男としての願いだ。断ってくれても不敬には問わないよ。だって、今ここには君と私しかいないのだから」
周囲を見渡すと、確かに使用人の姿は見えない。
サリーもここにいたはずなのに、どうやら殿下が下がらせたようだ。
正真正銘、二人きり。
愛しい人の真っ直ぐな目が私だけを映す。
なら、もう自分の気持ちを隠すことはしたくない。
「好きです。お従兄様のことが、一番好き……。今も、昔も、それは変わりません……」
ずっとずっと吐き出したかった想い。
クリスフォード様と婚約してからは、生涯出すまいと誓ったこの想い。
だれより貴方に伝えたかった……。
「彼の家から王妃は輩出されておりませんからね。自分の代で娘を王家に嫁がせると躍起になっていたのかもしれません」
他の公爵家からは王妃が輩出された歴史があるのに、スピナー公爵家だけはない。
それに劣等感を覚えていると父から聞いたことがある。
「今更だが公爵はもっと自分の娘の性根を知るべきだった。娘を王妃にという欲望だけが駆け抜けていった結果、社交界が前代未聞の大騒ぎだ。先程スピナー公爵令嬢が多くの婚約を壊したと言ったが、彼女が私の婚約者でなければ壊れるまではいかなかったはずだよ」
「それは……令嬢側の家が、王太子殿下の婚約者と親密になるような令息と縁故を結びたくなかったから、でしょうか?」
先日母も『王太子殿下を差し置いてその婚約者と親密になることは、王家へ叛意ありと見なされる』と言っていたが、つまりはそういうことだろう。それでなくとも王太子殿下への不敬に問われかねない行動だ。
「そうだよ、レオナは賢いね。王家への不敬を過剰に恐れた令嬢側の家が次々と婚約解消を願い出た。もちろん令息側の家は拒んだが、令息がスピナー公爵令嬢と密室で二人きりになるなどの証拠を突き付けられ、令嬢側の家から裁判をすると脅されては何も言えまい。裁判を起こされればそれだけ貴族にとっては醜聞だからね。中には相手のことをまだ愛していて婚約を解消したくないと泣いて訴えた令嬢もいたそうだ」
「それは……なんと哀れなのでしょうか……」
相手が王太子殿下の婚約者でなければ、婚約は解消されなかっただろうに。
不貞を犯したとしても令嬢が相手を愛していたならば。
だがそれと王家への不敬と秤にかけたのなら、貴族にとってはどちらが重いかなんて言うまでもない。
貴族は愛よりも家の名誉が大切なのだから。
「それにしても、スピナー公爵令嬢がいったい何をしたかったのか分からない。私との婚約が嫌だったにしても、他の令息と親密になる意味はなんだったのか……」
「確かにそうですね……。殿下との婚約が嫌だというのも不敬ですが、それでしたら何も穏便に解消するよう父君や王家と話し合えばよかったのです。何故わざわざわたくしの元婚約者含め様々な令息と親密になる必要があったのか……、婚約者同士の交流に割り込んできたのか、意味が分かりません」
「……え? 待って、何その交流に割り込んだって話……」
「え? スピナー公爵令嬢が婚約者同士の茶会や外出についてきたという話ですわ。他の皆様も同じようなことをされたのでしょう?」
「いやいやいや……それはない! え? レオナは彼女にそんなことされてたの?」
「ええ、まあ。てっきり他の方にも同じことをしていたのかと思っておりましたが……違うようですね」
「そんなおかしな報告は受けていないな……。むしろレオナのそれも聞いてない」
「あら? 陛下は御存知のはずですよ?」
「父上が? ああ……それならきっと伝え漏れだな。父上はスピナー公爵令嬢の騒ぎと右腕だった宰相に退職されたことで大変気が滅入っておられる。それにしてもレオナがそんな目にあっていたなんて……ロバス子息を殴ってしまいたい」
殿下が私の為に怒ってくださっている。それが嬉しい。
陛下はお可哀想だけども……。
「いいえ、もう過ぎたことですわ。結果的に婚約も破棄出来ましたし、これでよかったんです。おかしな人との縁が切れたのですもの」
「レオナがそう言うのなら彼に制裁を加えるのは我慢するよ。君を悲しませたことは許せないけど」
「まあ、殿下ったら……」
愛しい方にそう言われ、頬が緩んでしまう。
それを悟られないように目線を彼からテーブルの方に移し、お皿に盛りつけられた紫色の菓子をひとつ摘まんだ。
口に含むとスミレの芳醇な香りが広がっていく。
「……レオナはスミレの砂糖漬けが好きなの?」
「えっ!? は、はい……そうです」
声をかけられ顔を上げると、殿下が艶やかに微笑んでいる。
その顔に思わず見惚れてしまった。
「覚えてる? 昔、君が王宮でそれを初めて食べた時に言ったこと」
「い、いえ……覚えておりません……」
これは嘘だ。本当はしっかり覚えている。
だけどそれを口にするなど無理だ。だって……
「そう? 君は初めて食べた時すごい顔をしてね……。『何これ、変な味!?』と言ったんだよ? まあ香りも強いし、好まない人は好まないよね。でね、その後こう言ったんだ。『でも、大好きなお従兄様の好物だから、わたくしも好きになるわ!』と……健気で可愛かったな」
覚えている。だって忘れられるはずがない。
大好きな人の好きな物を、私も好きになりたくて……それから積極的に食べるようになったのだから。
「今は好きなんだね、スミレの砂糖漬け」
「は、はい……好きですわ」
「じゃあ、私のことは? 今でも大好き?」
「…………っ!? で、殿下……それは……」
「私は好きだよ。今も昔も君のことが大好きだ。可愛いと思うのも、ずっと隣にいてほしいと思うのも君だけだよ。スピナー公爵令嬢と婚約した時にこの気持ちは封印したが……無くすことは出来なかった」
射抜くようにこちらを見つめる青い瞳から目を逸らせない。
私だって、私だってずっと貴方のことが……。
「綺麗な思い出として心の中に仕舞っておくつもりでした。貴方への想いは……」
互いに婚約者がいたのだから、この気持ちを表に出してはいけない。
そう思っていた……。
「レオナ、お願い……きちんと好きか嫌いか言って? これは王太子としての命令ではなく一人の男としての願いだ。断ってくれても不敬には問わないよ。だって、今ここには君と私しかいないのだから」
周囲を見渡すと、確かに使用人の姿は見えない。
サリーもここにいたはずなのに、どうやら殿下が下がらせたようだ。
正真正銘、二人きり。
愛しい人の真っ直ぐな目が私だけを映す。
なら、もう自分の気持ちを隠すことはしたくない。
「好きです。お従兄様のことが、一番好き……。今も、昔も、それは変わりません……」
ずっとずっと吐き出したかった想い。
クリスフォード様と婚約してからは、生涯出すまいと誓ったこの想い。
だれより貴方に伝えたかった……。
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