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置き土産として
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「このようなことを奥様に申し上げるべきでないというのは重々承知ですが……奥様がここを去った後、あの未熟な方を女主人として迎えるのかと思うと不安で仕方ありません。奥様よりこんなにも丁寧なご指導を賜っているにも関わらず、あの体たらく。とてもじゃありませんが侯爵家をまとめる器量はないかと……」
キャサリンが子供じみていることはメイドも前々から承知していた。
だが、令嬢としての最低限の教育すら受けていないとはさすがに予想外だったのだ。
教育を受けぬまま育った令嬢は未熟で、当主もまた頼りなく不甲斐ない。加えて、肝心なときには逃げ出す癖まである。そんな二人を戴く屋敷に仕え続けることにメイドは言いようのない不安を抱えていた。
いつか、どんな厄介な事態に巻き込まれることになるのか――その予感は日を追うごとに強くなるばかりだった。
「……もし、あの夜に戻れるのなら、何を失おうとも旦那様をお止めしていたに違いありません。これはきっと、奥様への裏切りに手を貸した我らへの天の罰にほかならぬのでしょう……」
言いながら目に涙を滲ませるメイドをセシリアは静かに眺めていた。
可哀想だとは思わない。彼女が自分で言ったように、その時の選択の結果がこれなのだから。
もし、あの夜にエリオットがキャサリンのもとへ行かず、寝室に来ていたならセシリアは彼と夫婦を続けていこうと思ったはずだ。政略なのだから、最低限の義務さえ果たしてくれたならそれで構わなかった。
「……今更言っても仕方ないことよ。あの夜、エリオット様は妻の私よりも元婚約者を選び、あなた達もそれに賛同した。……そして今、この現実がその選択の果てなのだから」
「……ッ! はい……おっしゃる通りです」
許されているとは思っていなかったメイドだったが、心のどこかで、この御方なら許してくれるのではないか――そんな期待がほんの少しだけあった。
苛烈で容赦のない性格をしていながら、領民には深い慈愛を注ぎ尽力を惜しまない。
さらには夫を寝取った女を自ら教育するという、常人には到底真似できない懐の深ささえ持ち合わせているセシリアならば、もしかしたら……という淡い期待を抱いていた。
それを完全に否定され、メイドは悲しさとともに心の奥にじわりと広がる絶望を噛みしめていた。
「でも、置き土産として全員分の紹介状は書いておきましょう。私が離婚してこの邸を出た後、これ以上ここにはいられないと思った時にでも使うといいわ」
「え……!? あ、ありがとうございます……!!」
紹介状さえあればここを出ても他の邸で働くことが可能になる。
出て行こうと思えばいつでも出られる。そう思っただけでメイドは少しだけ気が楽になった。
嬉しそうなメイドを横目にセシリアは改めて実感した。エリオットはここまで使用人に見放されていたのだと。
(エリオット様がこの家の当主でなくなる日も近いかもね……)
そうなる前にやっておかねばならぬことが一つある、とセシリアは脳裏に最近会えていない義母の姿を思い浮かべた。
*
夜会の当日、セシリアは朝から身支度や支度品の確認に追われ、慌ただしく時間が過ぎていく。
あれほどまでに騒ぎ立てていたキャサリンは不思議と抵抗なく実家へと帰っていった。
セシリアは安堵しつつも、その静けさに得体の知れぬ違和感を覚え始めていた。
(やけに大人しかったわよね……。それどころか、むしろ嬉しそうな顔をしていたような……)
キャサリンのあの笑顔が久しぶりに実家へと帰れる喜びからくるものであればいいのだが……。
そう考えているうちにメイドが夜会に着ていくドレスを運んできた。
「奥様、こちらは公爵様からお届けいただいた品でございます」
「これが……? 随分と派手ね……」
それは、まるで満開の薔薇を思わせるような鮮やかで華やかな真紅のドレスだった。
令嬢から夫人になったとはいえ、まだ年若いセシリアにはやや華美すぎる色味のように思える。
公爵がなぜこの色のドレスを選んだのか。――その理由を、セシリアは夜会の場で知ることになる。
キャサリンが子供じみていることはメイドも前々から承知していた。
だが、令嬢としての最低限の教育すら受けていないとはさすがに予想外だったのだ。
教育を受けぬまま育った令嬢は未熟で、当主もまた頼りなく不甲斐ない。加えて、肝心なときには逃げ出す癖まである。そんな二人を戴く屋敷に仕え続けることにメイドは言いようのない不安を抱えていた。
いつか、どんな厄介な事態に巻き込まれることになるのか――その予感は日を追うごとに強くなるばかりだった。
「……もし、あの夜に戻れるのなら、何を失おうとも旦那様をお止めしていたに違いありません。これはきっと、奥様への裏切りに手を貸した我らへの天の罰にほかならぬのでしょう……」
言いながら目に涙を滲ませるメイドをセシリアは静かに眺めていた。
可哀想だとは思わない。彼女が自分で言ったように、その時の選択の結果がこれなのだから。
もし、あの夜にエリオットがキャサリンのもとへ行かず、寝室に来ていたならセシリアは彼と夫婦を続けていこうと思ったはずだ。政略なのだから、最低限の義務さえ果たしてくれたならそれで構わなかった。
「……今更言っても仕方ないことよ。あの夜、エリオット様は妻の私よりも元婚約者を選び、あなた達もそれに賛同した。……そして今、この現実がその選択の果てなのだから」
「……ッ! はい……おっしゃる通りです」
許されているとは思っていなかったメイドだったが、心のどこかで、この御方なら許してくれるのではないか――そんな期待がほんの少しだけあった。
苛烈で容赦のない性格をしていながら、領民には深い慈愛を注ぎ尽力を惜しまない。
さらには夫を寝取った女を自ら教育するという、常人には到底真似できない懐の深ささえ持ち合わせているセシリアならば、もしかしたら……という淡い期待を抱いていた。
それを完全に否定され、メイドは悲しさとともに心の奥にじわりと広がる絶望を噛みしめていた。
「でも、置き土産として全員分の紹介状は書いておきましょう。私が離婚してこの邸を出た後、これ以上ここにはいられないと思った時にでも使うといいわ」
「え……!? あ、ありがとうございます……!!」
紹介状さえあればここを出ても他の邸で働くことが可能になる。
出て行こうと思えばいつでも出られる。そう思っただけでメイドは少しだけ気が楽になった。
嬉しそうなメイドを横目にセシリアは改めて実感した。エリオットはここまで使用人に見放されていたのだと。
(エリオット様がこの家の当主でなくなる日も近いかもね……)
そうなる前にやっておかねばならぬことが一つある、とセシリアは脳裏に最近会えていない義母の姿を思い浮かべた。
*
夜会の当日、セシリアは朝から身支度や支度品の確認に追われ、慌ただしく時間が過ぎていく。
あれほどまでに騒ぎ立てていたキャサリンは不思議と抵抗なく実家へと帰っていった。
セシリアは安堵しつつも、その静けさに得体の知れぬ違和感を覚え始めていた。
(やけに大人しかったわよね……。それどころか、むしろ嬉しそうな顔をしていたような……)
キャサリンのあの笑顔が久しぶりに実家へと帰れる喜びからくるものであればいいのだが……。
そう考えているうちにメイドが夜会に着ていくドレスを運んできた。
「奥様、こちらは公爵様からお届けいただいた品でございます」
「これが……? 随分と派手ね……」
それは、まるで満開の薔薇を思わせるような鮮やかで華やかな真紅のドレスだった。
令嬢から夫人になったとはいえ、まだ年若いセシリアにはやや華美すぎる色味のように思える。
公爵がなぜこの色のドレスを選んだのか。――その理由を、セシリアは夜会の場で知ることになる。
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