95 / 165
どなたか存じ上げませんが……
しおりを挟む
「その、王女を名乗る不作法なお客様は何処に?」
セシリアは一瞬怪訝な表情を見せたが、すぐに静かな笑みを浮かべた。
その堂々たる落ち着きぶりに執事は驚きながらも冷静さを取り戻す。
「は、はい。門の前でお待ちいただいております」
「そう……。なら、私が直接対応するわ」
いくら約束無しでいきなり邸に訪問する礼儀を知らない客人だとしても、王族である以上は使用人に門前払いさせるのはよろしくない。女主人であるセシリアが直接対応することで一応の礼は尽くしたと体裁が保てる。
セシリアは代官に「申し訳ないけれど、今日はここまでね。計画書の内容を再検討し、完了次第報告書を作成してもらえる?」と告げると、彼は恭しく頷いた。
門の前には王女がいるようなので裏口から帰るよう指示を出した後、セシリアは執事に案内され門前へと向かう。
するとそこには煌びやかな装飾の、王家の紋付き馬車が一台止まっていた。
セシリアは馬車の横に立っている王家の侍従らしき男を一瞥すると、彼は恐縮したように何度も頭を下げた。
「侯爵夫人におかれましてはご機嫌麗しく……。突然のご訪問、大変失礼いたしました」
「……本当にね。王家は我が家を出入り自由の公共施設とでも思い違いなさっているのかしら?」
優雅かつ冷静な佇まいと、剣のように鋭く突き刺さる言葉に侍従は一瞬で凍り付く。
年若い夫人とは思えないほどの圧倒的な迫力に恐れ慄き、何も言葉を返せなかった。
「……用件だけは聞いて差し上げる。本日はどのようなご用向きで」
「そ……それが、その、王女様がガーネット侯爵様にお会いしたいと……」
「エリオット様に? ……そう、申し訳ないけれど、主人はここにはおりません。伯父である公爵閣下のもとにおります。そのようにお伝えください」
ぴしゃりと跳ね除けるような物言いに侍従は反論出来ずただ頷き、頭を下げる。
その時、急に馬車の窓が開き、そこから美しい女性が顔を出す。
「どうしても、あの御方に会いたいの。中に入れて下さらない?」
自分の願いは叶えられて当然と言わんばかりの態度にセシリアの顔からスッと表情が消え失せる。
それを目にした女性──昨夜の夜会でクラウディア王女と呼ばれていたその人は恐怖で小さく「ひっ!」と悲鳴をあげた。
「”どうしても”……というのは、往々にして他人の事情を踏みにじる魔法の言葉ですわね。どなたか存じ上げませんが、あいにく、この邸は無作法な訪問を歓迎する造りにはなっておりませんの。次回はせめて事前に使者と立てるか……お急ぎであれば伝令鳩でもお使いくださいまし」
セシリアの容赦ない皮肉が王女の胸に刃のように深く突き刺さる。
お前など知らない、と言われるとは思ってもみなかったようだ。
確かに夜会で王太子妃が彼女のことを「クラウディア王女」と呼んだが、正式に紹介されたわけではないので、その場合は社交界の暗黙の了解で”知らない人”となってしまう。
本来であればそれは王妃がやるべきことだったのだが、彼女は自分のやらかしに気を取られそれどころではなかった。おまけに王女はセシリアから挨拶されてもエリオットに夢中でそれに対して応えていない。故にセシリアにとって王女は”知らない人”なのだ。貴族社会で名乗りもしない者は”知らない人”と扱われるのだから。
しかし、どうやら王女はそのことに気づいていない。それどころかセシリアの皮肉の意味を考えるでもなく、ただ自分の願いが否定されたとしか思わない。
生まれながらにして手に入れた身分に甘えきった傲慢さを持つ彼女は、格下からここまで冷たく突き放されたことなどなかった。思いつきや気まぐれが通じると思うなよ、と言わんばかりのシリアの厳しい態度は王女の脆い心を揺さぶるのだった。
セシリアは一瞬怪訝な表情を見せたが、すぐに静かな笑みを浮かべた。
その堂々たる落ち着きぶりに執事は驚きながらも冷静さを取り戻す。
「は、はい。門の前でお待ちいただいております」
「そう……。なら、私が直接対応するわ」
いくら約束無しでいきなり邸に訪問する礼儀を知らない客人だとしても、王族である以上は使用人に門前払いさせるのはよろしくない。女主人であるセシリアが直接対応することで一応の礼は尽くしたと体裁が保てる。
セシリアは代官に「申し訳ないけれど、今日はここまでね。計画書の内容を再検討し、完了次第報告書を作成してもらえる?」と告げると、彼は恭しく頷いた。
門の前には王女がいるようなので裏口から帰るよう指示を出した後、セシリアは執事に案内され門前へと向かう。
するとそこには煌びやかな装飾の、王家の紋付き馬車が一台止まっていた。
セシリアは馬車の横に立っている王家の侍従らしき男を一瞥すると、彼は恐縮したように何度も頭を下げた。
「侯爵夫人におかれましてはご機嫌麗しく……。突然のご訪問、大変失礼いたしました」
「……本当にね。王家は我が家を出入り自由の公共施設とでも思い違いなさっているのかしら?」
優雅かつ冷静な佇まいと、剣のように鋭く突き刺さる言葉に侍従は一瞬で凍り付く。
年若い夫人とは思えないほどの圧倒的な迫力に恐れ慄き、何も言葉を返せなかった。
「……用件だけは聞いて差し上げる。本日はどのようなご用向きで」
「そ……それが、その、王女様がガーネット侯爵様にお会いしたいと……」
「エリオット様に? ……そう、申し訳ないけれど、主人はここにはおりません。伯父である公爵閣下のもとにおります。そのようにお伝えください」
ぴしゃりと跳ね除けるような物言いに侍従は反論出来ずただ頷き、頭を下げる。
その時、急に馬車の窓が開き、そこから美しい女性が顔を出す。
「どうしても、あの御方に会いたいの。中に入れて下さらない?」
自分の願いは叶えられて当然と言わんばかりの態度にセシリアの顔からスッと表情が消え失せる。
それを目にした女性──昨夜の夜会でクラウディア王女と呼ばれていたその人は恐怖で小さく「ひっ!」と悲鳴をあげた。
「”どうしても”……というのは、往々にして他人の事情を踏みにじる魔法の言葉ですわね。どなたか存じ上げませんが、あいにく、この邸は無作法な訪問を歓迎する造りにはなっておりませんの。次回はせめて事前に使者と立てるか……お急ぎであれば伝令鳩でもお使いくださいまし」
セシリアの容赦ない皮肉が王女の胸に刃のように深く突き刺さる。
お前など知らない、と言われるとは思ってもみなかったようだ。
確かに夜会で王太子妃が彼女のことを「クラウディア王女」と呼んだが、正式に紹介されたわけではないので、その場合は社交界の暗黙の了解で”知らない人”となってしまう。
本来であればそれは王妃がやるべきことだったのだが、彼女は自分のやらかしに気を取られそれどころではなかった。おまけに王女はセシリアから挨拶されてもエリオットに夢中でそれに対して応えていない。故にセシリアにとって王女は”知らない人”なのだ。貴族社会で名乗りもしない者は”知らない人”と扱われるのだから。
しかし、どうやら王女はそのことに気づいていない。それどころかセシリアの皮肉の意味を考えるでもなく、ただ自分の願いが否定されたとしか思わない。
生まれながらにして手に入れた身分に甘えきった傲慢さを持つ彼女は、格下からここまで冷たく突き放されたことなどなかった。思いつきや気まぐれが通じると思うなよ、と言わんばかりのシリアの厳しい態度は王女の脆い心を揺さぶるのだった。
3,045
あなたにおすすめの小説
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
ローザリンデの第二の人生
梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。
彼には今はもういない想い人がいた。
私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。
けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。
あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。
吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。
※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。)
1/10 HOTランキング1位、小説、恋愛3位ありがとうございます。
【完結済】王女に夢中な婚約者様、さようなら 〜自分を取り戻したあとの学園生活は幸せです! 〜
鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
王立学園への入学をきっかけに、領地の屋敷から王都のタウンハウスへと引っ越した、ハートリー伯爵家の令嬢ロザリンド。婚約者ルパートとともに始まるはずの学園生活を楽しみにしていた。
けれど現実は、王女殿下のご機嫌を取るための、ルパートからの理不尽な命令の連続。
「かつらと黒縁眼鏡の着用必須」「王女殿下より目立つな」「見目の良い男性、高位貴族の子息らと会話をするな」……。
ルパートから渡された「禁止事項一覧表」に縛られ、ロザリンドは期待とは真逆の、暗黒の学園生活を送ることに。
そんな日々の中での唯一の救いとなったのは、友人となってくれた冷静で聡明な公爵令嬢、ノエリスの存在だった。
学期末、ロザリンドはついにルパートの怒りを買い、婚約破棄を言い渡される。
けれど、深く傷つきながら長期休暇を迎えたロザリンドのもとに届いたのは、兄の友人であり王国騎士団に属する公爵令息クライヴからの婚約の申し出だった。
暗黒の一学期が嘘のように、幸せな長期休暇を過ごしたロザリンド。けれど新学期を迎えると、エメライン王女が接触してきて……。
※10万文字超えそうなので長編に変更します。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください
シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。
国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。
溺愛する女性がいるとの噂も!
それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。
それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから!
そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー
最後まで書きあがっていますので、随時更新します。
表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。
さようなら、お別れしましょう
椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。
妻に新しいも古いもありますか?
愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?
私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。
――つまり、別居。
夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。
――あなたにお礼を言いますわ。
【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる!
※他サイトにも掲載しております。
※表紙はお借りしたものです。
【完結】これをもちまして、終了とさせていただきます
楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。
伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。
そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。
「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」
神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。
「お話はもうよろしいかしら?」
王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。
※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる