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家政婦長
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昨夜のイザベラの話が頭をよぎり続け、セシリアは朝食の間もずっと上の空だった。
心の中に押し込めていた後悔と恋慕の情があふれる泉のように込み上げてくる。
「失礼いたします奥様、もしたお食事がお口に合いませんでしたでしょうか? それとも、どこかお加減が優れないのでは……」
セシリアの食事が進まない様子に気づいた執事がそう問いかける。
声をかけられたセシリアはハッとして小さく首を横に振った。
「いえ、いつも通り美味しいわ。体調も問題なくてよ」
そう言ってセシリアは優雅に食事を進めた。執事が「それはようございました」と安堵する様を見て、自分がユリウスのことばかり考えていたことを恥じる。こんな、態度に出してしまうほどに。
「本日はどう過ごされますか?」
「そうね……。オニキス子爵令嬢はまだ戻らないの?」
「……はい、そのようです。体調が優れないと連絡が先方より届いております」
「そう……。なら、本日は執務室で過ごします。それと、先方には花か果物でも見舞い品として贈っておいて」
「畏まりました。では、早速手配いたします」
体調が優れないというのであれば、こちらも”戻って来い”とは強く言いにくい。
だからこそ、わざわざ見舞い品を送りつけて言外に圧を滲ませる。キャサリンはその意図に気づきやしないだろうが、母親あたりは気づくはず。
(仮病なのか真実かは分からないけど、もう少し学ぶ意欲というものを見せてほしいものだわ……)
侯爵夫人となるに相応しい素養も身についていない、かといってそれを身につける意欲もないキャサリンではこの邸の女主人としてやっていけるとは思えない。セシリアの仕事の引継ぎなんてもってのほかだ。泣いて駄々をこねればどうにかなると本気で思っているような甘ったれに、邸の采配や社交界を渡り歩くことが出来るわけもない。
だからこそ徹底的に指導をして、短期間で一端の貴婦人に仕立て上げようと思うのに、一向に身につく気配もない。逆によくもここまで身につかないものだなと感心してしまうほどだ。
(再婚してもしばらくは彼女の補佐に誰かつくよう公爵様にお願いした方がいいかしらね)
この際、ガーネット家の評判が地に落ちることは仕方ない。あんな当主と妻ではそうなるのは当然だ。
だがしかし、領民に害が及ぶことだけは絶対に避けなければならない。あの様子だと、領地の予算を知らず知らずのうちに別の何かに使ってしまうなんてことも十分有り得る。復興の為に予算をそちらに多く割かなくてはならないというのに、そんなことは許さない。
セシリアが朝食を終えて執務室へ向かうと、そこではすでに公爵に仕える老執事が準備を整え、静かに彼女の到着を待っていた。
「奥様、お待ち申し上げておりました」
恭しく一礼し、老執事はそっと執務室の椅子を引いた。
「昨日は不在にしており、誠に申し訳ございませんでした。ご迷惑をおかけいたしましたこと深くお詫び申し上げます」
「いえ、とんでもないわ。公爵様からお呼びがあったのであれば、それを最優先すべきなのは当然のことよ」
セシリアがそっと腰を下ろすと老執事は恭しく椅子の背に手を添え、ゆっくりと押し整えた。
「それよりも、公爵様から私に何か伝言はあって? あなたにお呼びがかかったということは、そういうことなのでしょう」
その発言に老執事は一瞬驚いたように目を瞬かせたが、すぐに表情を引き締めて小さく咳ばらいをする。
「流石は奥様でございます。公爵様が是非にとエリオット様の妻に望んだだけのことはありますな。このように素晴らしくご聡明な奥様を手放すことはガーネット家にとって大きな損失となりましょうぞ」
「ふふ、ありがとう。それで、どのような言伝を預かってきたのかしら?」
「はい。奥様とエリオット様の離婚手続きは二か月後に完了する予定であること、そしてそれより前に”家政婦長”を派遣するので、その者に家政の仕事を引き継ぐようにとのことです」
「家政婦長を?」
家政婦長とは屋敷全体の家政管理の責任者だ。
屋敷の運営・使用人の監督・日常の家政全般の管理を担当する、いわば貴族の奥方の代理と言える存在である。
話には聞いたことがあるが、実際に雇っている家というのはこの国では少ない。
一般的に家政は奥方の管轄ゆえ、あらためて家政婦長を雇う必要はないからだ。
現役を引退した貴族の夫人にその役割を頼むと聞いたことがある。
「現在奥様がオニキス子爵令嬢を立派な貴婦人になれるようご指導しているのは存じております。されど、未だ教育段階の未熟な令嬢に女主人の仕事を引き継いではご本人の許容を越えてしまうことでしょう。そのような危険をわざわざ冒す必要もございますまい。一旦は能力のある者に引き継ぐのが確実というものです」
言外にキャサリンが無能扱いされていることは分かる。
彼女に仕事を任せるつもりであったセシリアは何とも拍子抜けしてしまったが、それを不安に思っていたことは確かだ。
心の中に押し込めていた後悔と恋慕の情があふれる泉のように込み上げてくる。
「失礼いたします奥様、もしたお食事がお口に合いませんでしたでしょうか? それとも、どこかお加減が優れないのでは……」
セシリアの食事が進まない様子に気づいた執事がそう問いかける。
声をかけられたセシリアはハッとして小さく首を横に振った。
「いえ、いつも通り美味しいわ。体調も問題なくてよ」
そう言ってセシリアは優雅に食事を進めた。執事が「それはようございました」と安堵する様を見て、自分がユリウスのことばかり考えていたことを恥じる。こんな、態度に出してしまうほどに。
「本日はどう過ごされますか?」
「そうね……。オニキス子爵令嬢はまだ戻らないの?」
「……はい、そのようです。体調が優れないと連絡が先方より届いております」
「そう……。なら、本日は執務室で過ごします。それと、先方には花か果物でも見舞い品として贈っておいて」
「畏まりました。では、早速手配いたします」
体調が優れないというのであれば、こちらも”戻って来い”とは強く言いにくい。
だからこそ、わざわざ見舞い品を送りつけて言外に圧を滲ませる。キャサリンはその意図に気づきやしないだろうが、母親あたりは気づくはず。
(仮病なのか真実かは分からないけど、もう少し学ぶ意欲というものを見せてほしいものだわ……)
侯爵夫人となるに相応しい素養も身についていない、かといってそれを身につける意欲もないキャサリンではこの邸の女主人としてやっていけるとは思えない。セシリアの仕事の引継ぎなんてもってのほかだ。泣いて駄々をこねればどうにかなると本気で思っているような甘ったれに、邸の采配や社交界を渡り歩くことが出来るわけもない。
だからこそ徹底的に指導をして、短期間で一端の貴婦人に仕立て上げようと思うのに、一向に身につく気配もない。逆によくもここまで身につかないものだなと感心してしまうほどだ。
(再婚してもしばらくは彼女の補佐に誰かつくよう公爵様にお願いした方がいいかしらね)
この際、ガーネット家の評判が地に落ちることは仕方ない。あんな当主と妻ではそうなるのは当然だ。
だがしかし、領民に害が及ぶことだけは絶対に避けなければならない。あの様子だと、領地の予算を知らず知らずのうちに別の何かに使ってしまうなんてことも十分有り得る。復興の為に予算をそちらに多く割かなくてはならないというのに、そんなことは許さない。
セシリアが朝食を終えて執務室へ向かうと、そこではすでに公爵に仕える老執事が準備を整え、静かに彼女の到着を待っていた。
「奥様、お待ち申し上げておりました」
恭しく一礼し、老執事はそっと執務室の椅子を引いた。
「昨日は不在にしており、誠に申し訳ございませんでした。ご迷惑をおかけいたしましたこと深くお詫び申し上げます」
「いえ、とんでもないわ。公爵様からお呼びがあったのであれば、それを最優先すべきなのは当然のことよ」
セシリアがそっと腰を下ろすと老執事は恭しく椅子の背に手を添え、ゆっくりと押し整えた。
「それよりも、公爵様から私に何か伝言はあって? あなたにお呼びがかかったということは、そういうことなのでしょう」
その発言に老執事は一瞬驚いたように目を瞬かせたが、すぐに表情を引き締めて小さく咳ばらいをする。
「流石は奥様でございます。公爵様が是非にとエリオット様の妻に望んだだけのことはありますな。このように素晴らしくご聡明な奥様を手放すことはガーネット家にとって大きな損失となりましょうぞ」
「ふふ、ありがとう。それで、どのような言伝を預かってきたのかしら?」
「はい。奥様とエリオット様の離婚手続きは二か月後に完了する予定であること、そしてそれより前に”家政婦長”を派遣するので、その者に家政の仕事を引き継ぐようにとのことです」
「家政婦長を?」
家政婦長とは屋敷全体の家政管理の責任者だ。
屋敷の運営・使用人の監督・日常の家政全般の管理を担当する、いわば貴族の奥方の代理と言える存在である。
話には聞いたことがあるが、実際に雇っている家というのはこの国では少ない。
一般的に家政は奥方の管轄ゆえ、あらためて家政婦長を雇う必要はないからだ。
現役を引退した貴族の夫人にその役割を頼むと聞いたことがある。
「現在奥様がオニキス子爵令嬢を立派な貴婦人になれるようご指導しているのは存じております。されど、未だ教育段階の未熟な令嬢に女主人の仕事を引き継いではご本人の許容を越えてしまうことでしょう。そのような危険をわざわざ冒す必要もございますまい。一旦は能力のある者に引き継ぐのが確実というものです」
言外にキャサリンが無能扱いされていることは分かる。
彼女に仕事を任せるつもりであったセシリアは何とも拍子抜けしてしまったが、それを不安に思っていたことは確かだ。
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