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派閥への勧誘
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「王妃殿下が廃妃となると、その地位は空席になるのでしょうか?」
「いいえ、空席のままにはできませんから側妃殿下がそのお立場に就かれる予定です」
「まあ! 側妃殿下が王妃の座に……」
側妃には幼い王子がいる。名門の家柄の出である側妃が王妃の地位に就くとなると、王太子の変更も有り得るのだろうか。そんなことを言いたげに視線を向ければ、王太子妃は不敵な笑みを浮かべた。
「ですが、王太子の座は変わらず我が夫のままです。アレキサンドライト公爵の娘であるわたくしが妃である以上、それが変わることはありません」
あまりにも揺るぎない自信に満ちたその表情に、セシリアは心を掴まれたような気がして思わず息を詰めた。
凛然として威厳を湛えた王太子妃の振る舞いはまさしく未来の国母の座にふさわしき風格。
王女に余所見をした挙句、母親の暴走を止められなかった情けない王太子が変わらずその座に居続けることは、この威風堂々たる女性を将来王妃の座に就けるための舞台装置でしかないとすら思える。
(ということは、妃殿下は王太子殿下と離婚はしないようね……)
あの夜会の際、王太子妃はキアラとの会話の中で公爵によって離婚させられる可能性を仄めかしていた。
そして彼女はそれを嫌がっていたことも覚えている。離婚を厭うということは、王太子妃の座を手放したくないのか王太子と離れたくないのか、はたまたどちらもなのか。
どちらにしても、夫と別れたくて仕方ない自分とは大違いだ……と、セシリアは苦笑いしそうになる気持ちを抑えた。
「それは……妃殿下のご決断に王太子殿下もさぞお喜びになられたことでしょう」
筆頭公爵家出身の王太子妃という最大の支えを失えば、王太子が廃嫡されるのは避けられない。
今回の王妃の騒動で王太子は母方の庇護なんてものはもう望めなくなったも同然だ。
王妃の生家は娘のせいで近いうちに社交界で立場を失うだろう。庇護のない丸裸の王太子を守ってくれるのは王太子妃だけ。彼女から見捨てられない限りは彼はまだ王太子のままでいられるだろう。
「ええ、夫は自分のせいで母が失脚したことを深く後悔し、そして今ではわたくしに恩義を感じておりますの。それまではどこか自分本位な部分が見受けられましたけど……今後、それを見せたら終わりだとご理解いただけたようですわ」
そう話す王太子妃の声は、まるで背筋を撫でる冷気のようにぞっとする響きを帯びていた。
それから察するに、王太子はそれまで彼女のことを軽んじていたのだろう。
王妃の唯一の子ということで慢心していたのか、それとも自分を取り巻く環境が見えていなかったのかは分からない。客観的に見ればそう強くない母方の権力だけでは王宮で生き残れるかも分からない身で、最高の盾となる筆頭公爵家の娘を軽んじるなんて愚かとしか言いようがない。
王太子が王女に惹かれた様を隠しもしないと聞き、そのような王太子妃を軽んじる態度をとって平気なのかと正気を疑ったが、今回の件で目を覚ましたことだろう。しかし、そんな節穴な目しか持っていない人物が次代の王というのは何とも将来に不安が残る。
(いや、実質次の王政はアレキサンドライト公爵家が牛耳るのかもしれないわね……)
王太子妃に屈している以上、アレキサンドライト公爵家に逆らうことはもはや不可能であろう。
だが、軽率で視野が狭い王太子よりもやり手と名高い筆頭公爵に国を舵取りさせた方が平和かもしれない。
いずれにせよ、セシリアの手の届かぬところで決まる話にすぎなかった。
そんなふうに考えていると、不意に王太子妃が物憂げな顔でぽつりと呟いた。
「ただ、側妃殿下とは水面下での軋轢が生じる可能性があるかもしれませんね……」
その言葉に一瞬目を丸くしたセシリアだったが、すぐに意味を悟り、はっと息をのんだ。
(確かに側妃殿下が正妃となれば、彼女の子である第二王子の立場も上がる。廃妃となった母を持つ王太子と、正妃となった母の子である第二王子。王太子妃という存在を省けば後者の方が立場が上。となると……)
側妃が己が子を王太子に据えんとする野心を抱かぬ保証など、どこにもない。
第二王子を世継ぎに据えんと、密かに策を巡らせる可能性は十分にある。
「まあ、よいのです。王宮の人員はほぼ当家の息がかかった人間ですから」
それはつまり、王宮内は王太子妃が支配しているも同然ということか。
王宮の使用人がほぼアレキサンドライト公爵家の手の者ならば、確かに側妃から陰で害される心配は少ない。
ただ……貴族社会では忠義よりも噂と利に天秤が傾く場合がある。万が一にも王太子妃の威信が揺らぐようなことがあれば、土台から崩れてしまう。
「しかしながら、家の中だけを強化しても安心は得られません。外もきちんと整えねば。それには……信頼できる味方が必要なのですよね」
「お味方、でございますか……」
「セシリア夫人はガーネット公爵閣下に甥御の妻として望まれるほど気品と才覚に満ちたお方。ご実家のサフィー侯爵家は陛下のご信頼も厚いとか。お父様もご兄弟も軍の中枢にいらっしゃるのでしょう?」
それはほんの数語の何気ない雑談のように見えて十分な重みを持っていた。
その意味が分からないほど鈍感ではない
要するに、王太子妃はセシリアを自分の派閥に引き入れるためにここへ来たということだろう。
わざわざ王太子妃自身が臣下の邸に直々に足を運んだのは何故かと思っていたが、その理由がようやく理解できた。
「いいえ、空席のままにはできませんから側妃殿下がそのお立場に就かれる予定です」
「まあ! 側妃殿下が王妃の座に……」
側妃には幼い王子がいる。名門の家柄の出である側妃が王妃の地位に就くとなると、王太子の変更も有り得るのだろうか。そんなことを言いたげに視線を向ければ、王太子妃は不敵な笑みを浮かべた。
「ですが、王太子の座は変わらず我が夫のままです。アレキサンドライト公爵の娘であるわたくしが妃である以上、それが変わることはありません」
あまりにも揺るぎない自信に満ちたその表情に、セシリアは心を掴まれたような気がして思わず息を詰めた。
凛然として威厳を湛えた王太子妃の振る舞いはまさしく未来の国母の座にふさわしき風格。
王女に余所見をした挙句、母親の暴走を止められなかった情けない王太子が変わらずその座に居続けることは、この威風堂々たる女性を将来王妃の座に就けるための舞台装置でしかないとすら思える。
(ということは、妃殿下は王太子殿下と離婚はしないようね……)
あの夜会の際、王太子妃はキアラとの会話の中で公爵によって離婚させられる可能性を仄めかしていた。
そして彼女はそれを嫌がっていたことも覚えている。離婚を厭うということは、王太子妃の座を手放したくないのか王太子と離れたくないのか、はたまたどちらもなのか。
どちらにしても、夫と別れたくて仕方ない自分とは大違いだ……と、セシリアは苦笑いしそうになる気持ちを抑えた。
「それは……妃殿下のご決断に王太子殿下もさぞお喜びになられたことでしょう」
筆頭公爵家出身の王太子妃という最大の支えを失えば、王太子が廃嫡されるのは避けられない。
今回の王妃の騒動で王太子は母方の庇護なんてものはもう望めなくなったも同然だ。
王妃の生家は娘のせいで近いうちに社交界で立場を失うだろう。庇護のない丸裸の王太子を守ってくれるのは王太子妃だけ。彼女から見捨てられない限りは彼はまだ王太子のままでいられるだろう。
「ええ、夫は自分のせいで母が失脚したことを深く後悔し、そして今ではわたくしに恩義を感じておりますの。それまではどこか自分本位な部分が見受けられましたけど……今後、それを見せたら終わりだとご理解いただけたようですわ」
そう話す王太子妃の声は、まるで背筋を撫でる冷気のようにぞっとする響きを帯びていた。
それから察するに、王太子はそれまで彼女のことを軽んじていたのだろう。
王妃の唯一の子ということで慢心していたのか、それとも自分を取り巻く環境が見えていなかったのかは分からない。客観的に見ればそう強くない母方の権力だけでは王宮で生き残れるかも分からない身で、最高の盾となる筆頭公爵家の娘を軽んじるなんて愚かとしか言いようがない。
王太子が王女に惹かれた様を隠しもしないと聞き、そのような王太子妃を軽んじる態度をとって平気なのかと正気を疑ったが、今回の件で目を覚ましたことだろう。しかし、そんな節穴な目しか持っていない人物が次代の王というのは何とも将来に不安が残る。
(いや、実質次の王政はアレキサンドライト公爵家が牛耳るのかもしれないわね……)
王太子妃に屈している以上、アレキサンドライト公爵家に逆らうことはもはや不可能であろう。
だが、軽率で視野が狭い王太子よりもやり手と名高い筆頭公爵に国を舵取りさせた方が平和かもしれない。
いずれにせよ、セシリアの手の届かぬところで決まる話にすぎなかった。
そんなふうに考えていると、不意に王太子妃が物憂げな顔でぽつりと呟いた。
「ただ、側妃殿下とは水面下での軋轢が生じる可能性があるかもしれませんね……」
その言葉に一瞬目を丸くしたセシリアだったが、すぐに意味を悟り、はっと息をのんだ。
(確かに側妃殿下が正妃となれば、彼女の子である第二王子の立場も上がる。廃妃となった母を持つ王太子と、正妃となった母の子である第二王子。王太子妃という存在を省けば後者の方が立場が上。となると……)
側妃が己が子を王太子に据えんとする野心を抱かぬ保証など、どこにもない。
第二王子を世継ぎに据えんと、密かに策を巡らせる可能性は十分にある。
「まあ、よいのです。王宮の人員はほぼ当家の息がかかった人間ですから」
それはつまり、王宮内は王太子妃が支配しているも同然ということか。
王宮の使用人がほぼアレキサンドライト公爵家の手の者ならば、確かに側妃から陰で害される心配は少ない。
ただ……貴族社会では忠義よりも噂と利に天秤が傾く場合がある。万が一にも王太子妃の威信が揺らぐようなことがあれば、土台から崩れてしまう。
「しかしながら、家の中だけを強化しても安心は得られません。外もきちんと整えねば。それには……信頼できる味方が必要なのですよね」
「お味方、でございますか……」
「セシリア夫人はガーネット公爵閣下に甥御の妻として望まれるほど気品と才覚に満ちたお方。ご実家のサフィー侯爵家は陛下のご信頼も厚いとか。お父様もご兄弟も軍の中枢にいらっしゃるのでしょう?」
それはほんの数語の何気ない雑談のように見えて十分な重みを持っていた。
その意味が分からないほど鈍感ではない
要するに、王太子妃はセシリアを自分の派閥に引き入れるためにここへ来たということだろう。
わざわざ王太子妃自身が臣下の邸に直々に足を運んだのは何故かと思っていたが、その理由がようやく理解できた。
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