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王女からの手紙
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エリオットからの手紙を読んですっかり機嫌を直したキャサリンは、以前とは打って変わって真面目に授業を受けるようになった。あんな男の手紙ひとつであそこまで変わるなんて……だったら最初から書かせておけばよかった、とセシリアは思わずそんなことを考えた。
エリオットの妻になるために、と今更ながら奮闘するキャサリンの物覚えは相変わらずよろしくない。
だが、以前とは違いこれだけ熱心ならば、セシリアの離婚成立までにはなんとか貴族夫人として形になりそうだ。
侯爵夫人としてはまだまだだが……それは自分で努力を重ねていけばなんとかなるかもしれない。
ひとまず、キャサリンの教育問題は解決したように思えた。だが、間を置かずに次なる問題がセシリアの元へと舞い込んできたのだ。薫り高い上質な紙にしたためられた手紙という形で……。
” 親愛なる侯爵夫人へ。
どうか、お許しください。このような形で貴女に伝えるのは心苦しいのですが、真実から目を背けることはもはや私にはできません。
貴女のご主人――ガーネット侯爵とわたくしは、深く互いを想い合っております。
始まりは偶然でした、けれどそれが運命であったことを私たちは悟ったのです。
どうか、貴女もその品位と理性をもってこの関係をお認めくださいますよう、切に願っております。
貴女の誇り高さは宮廷でも有名ですもの。私たちの愛の前に貴女が立ち塞がることはないと信じています。
南国王家の姫より”
読み終えてたセシリアの表情に動揺はない。むしろ、その顔には呆れさえ浮かんでいた。彼女はゆっくりと便箋を畳むと、そのまま執務机の引き出しにしまい、つまらなそうに呟いた。
「……なにこれ?」
軽く首を傾げたその仕草には怒りも哀しみも感じられない。ただ、驚きと呆れが滲んでいる。
セシリアは椅子に身を沈め、肘掛けに指を添えたまま薄く目を細めた。
思考の底で波紋のように広がるのは疑問の渦のみ。
「まず、なにこの『南国王家』って……。そんな国名地図上のどこにも無いわよ」
おかしな名前の差出人だと笑う気にもなれない。
遠回しの表現のつもりなのか、こちらを馬鹿にしているのかは分からないが、分かりたいとも思えない。
まあいい。そんなことは些末なことだ。それよりも問題は、セシリアのもとにあの王女から宣戦布告ととれる内容の手紙が届いたことにある。
まさか手紙を使ってこちらに接触してくるとは考えていなかった。
直接会うことは制限されているのだろうが、手紙のやり取りまでは止めようがないのかもしれない。
「なんでこんな手紙を私に……?」
王家の姫君でありながらこの程度の手紙で侯爵夫人が身を引くとでも思った?
何をどう思い違えれば、そんな軽率な手が打てるのか。
恋文のような書き方でまるで舞台の主人公にでもなったつもりか、滑稽だ。腹立たしささえ覚えない。
「――こんな手紙一通で身を引く女がどこにいるというの? 随分頭が弱いようね……」
セシリアは南国王家の姫に返事を書くため、上等な羊皮紙に金縁の便箋をそっと広げた。インク壺の蓋を静かに開け、ペン先になじませる。筆は迷いなく、しかしどこか優雅に滑らかに走った。
” 親愛なる南国王家の姫君へ
このたびは、まことに情熱的なお手紙を頂戴し、心より感謝申し上げます。
殿下のような高貴なお方がわたくしのような一介の侯爵夫人に対し、ここまで率直な思いをお伝えくださるとは 夢にも思わず、しばし感動のあまり筆を取る手が止まりました。
愛――ああ、なんと甘美で、そして錯覚に満ちた響きでしょう。
殿下の綴られた文面からはまさしく少女のような純真さと、芝居の台詞にも似た劇的な情熱が感じられ、まるで舞台の一幕を拝見しているかのようでございました。わたくしにはない殿下の才に驚嘆しております。
さて、我が夫との関係についてのお話、大変興味深く拝読いたしました。
彼が殿下と「深く想い合っている」とのこと――。ご多忙な日々の中、いつそのようなご交際の時間を持たれていたのか、妻であるわたくしが存じ上げぬのは、まこと遺憾でございます。
殿下ほど魅力的なお方と密やかな関係を築いていたとは、夫もなかなか器用になったものだと、驚きを禁じ得ません。
殿下の仰る通り、わたくしは誇り高く、理性ある女でございます。
ゆえにこそ、こうした幻想に基づいた“恋の告白”を真に受けて身を引くほど、単純な性質でもございませんの。
まして、王女殿下のお相手となるにふさわしい男か否か――その評価は否と存じます。
ですが、ご安心くださいませ。
殿下のご熱意は確かに伝わりました。そして、もし殿下が「夢」を見ておられるのなら、その夢があまりに痛ましく終わることのなきよう、心よりお祈り申し上げます。
お若い心には現実というものは少々味気なく、時に残酷かと存じますが……
どうか、お身体にはお気をつけて。これから冷え込む季節でございますから。
敬具
侯爵夫人”
「こんなものでいいかしら。まったく馬鹿馬鹿しい。相手してやるのも時間の無駄だわ」
まったくもってくだらない、と字のインクが渇いたのを確認した後封筒へとしまう。
それを王宮へ届けるために執事へと託した。
「……エリオット様からの手紙には王女と街で偶然会ったと書いてあったけど、もしかして、彼と会うためにわざわざ待ち伏せを? よくやるわね、暇なのかしら……」
エリオットと王女が本当に恋仲だろうとセシリアには預かり知らぬところだが、おそらく彼にそんな暇はないはずだと思い、それ以降は考えないようにした。
エリオットの妻になるために、と今更ながら奮闘するキャサリンの物覚えは相変わらずよろしくない。
だが、以前とは違いこれだけ熱心ならば、セシリアの離婚成立までにはなんとか貴族夫人として形になりそうだ。
侯爵夫人としてはまだまだだが……それは自分で努力を重ねていけばなんとかなるかもしれない。
ひとまず、キャサリンの教育問題は解決したように思えた。だが、間を置かずに次なる問題がセシリアの元へと舞い込んできたのだ。薫り高い上質な紙にしたためられた手紙という形で……。
” 親愛なる侯爵夫人へ。
どうか、お許しください。このような形で貴女に伝えるのは心苦しいのですが、真実から目を背けることはもはや私にはできません。
貴女のご主人――ガーネット侯爵とわたくしは、深く互いを想い合っております。
始まりは偶然でした、けれどそれが運命であったことを私たちは悟ったのです。
どうか、貴女もその品位と理性をもってこの関係をお認めくださいますよう、切に願っております。
貴女の誇り高さは宮廷でも有名ですもの。私たちの愛の前に貴女が立ち塞がることはないと信じています。
南国王家の姫より”
読み終えてたセシリアの表情に動揺はない。むしろ、その顔には呆れさえ浮かんでいた。彼女はゆっくりと便箋を畳むと、そのまま執務机の引き出しにしまい、つまらなそうに呟いた。
「……なにこれ?」
軽く首を傾げたその仕草には怒りも哀しみも感じられない。ただ、驚きと呆れが滲んでいる。
セシリアは椅子に身を沈め、肘掛けに指を添えたまま薄く目を細めた。
思考の底で波紋のように広がるのは疑問の渦のみ。
「まず、なにこの『南国王家』って……。そんな国名地図上のどこにも無いわよ」
おかしな名前の差出人だと笑う気にもなれない。
遠回しの表現のつもりなのか、こちらを馬鹿にしているのかは分からないが、分かりたいとも思えない。
まあいい。そんなことは些末なことだ。それよりも問題は、セシリアのもとにあの王女から宣戦布告ととれる内容の手紙が届いたことにある。
まさか手紙を使ってこちらに接触してくるとは考えていなかった。
直接会うことは制限されているのだろうが、手紙のやり取りまでは止めようがないのかもしれない。
「なんでこんな手紙を私に……?」
王家の姫君でありながらこの程度の手紙で侯爵夫人が身を引くとでも思った?
何をどう思い違えれば、そんな軽率な手が打てるのか。
恋文のような書き方でまるで舞台の主人公にでもなったつもりか、滑稽だ。腹立たしささえ覚えない。
「――こんな手紙一通で身を引く女がどこにいるというの? 随分頭が弱いようね……」
セシリアは南国王家の姫に返事を書くため、上等な羊皮紙に金縁の便箋をそっと広げた。インク壺の蓋を静かに開け、ペン先になじませる。筆は迷いなく、しかしどこか優雅に滑らかに走った。
” 親愛なる南国王家の姫君へ
このたびは、まことに情熱的なお手紙を頂戴し、心より感謝申し上げます。
殿下のような高貴なお方がわたくしのような一介の侯爵夫人に対し、ここまで率直な思いをお伝えくださるとは 夢にも思わず、しばし感動のあまり筆を取る手が止まりました。
愛――ああ、なんと甘美で、そして錯覚に満ちた響きでしょう。
殿下の綴られた文面からはまさしく少女のような純真さと、芝居の台詞にも似た劇的な情熱が感じられ、まるで舞台の一幕を拝見しているかのようでございました。わたくしにはない殿下の才に驚嘆しております。
さて、我が夫との関係についてのお話、大変興味深く拝読いたしました。
彼が殿下と「深く想い合っている」とのこと――。ご多忙な日々の中、いつそのようなご交際の時間を持たれていたのか、妻であるわたくしが存じ上げぬのは、まこと遺憾でございます。
殿下ほど魅力的なお方と密やかな関係を築いていたとは、夫もなかなか器用になったものだと、驚きを禁じ得ません。
殿下の仰る通り、わたくしは誇り高く、理性ある女でございます。
ゆえにこそ、こうした幻想に基づいた“恋の告白”を真に受けて身を引くほど、単純な性質でもございませんの。
まして、王女殿下のお相手となるにふさわしい男か否か――その評価は否と存じます。
ですが、ご安心くださいませ。
殿下のご熱意は確かに伝わりました。そして、もし殿下が「夢」を見ておられるのなら、その夢があまりに痛ましく終わることのなきよう、心よりお祈り申し上げます。
お若い心には現実というものは少々味気なく、時に残酷かと存じますが……
どうか、お身体にはお気をつけて。これから冷え込む季節でございますから。
敬具
侯爵夫人”
「こんなものでいいかしら。まったく馬鹿馬鹿しい。相手してやるのも時間の無駄だわ」
まったくもってくだらない、と字のインクが渇いたのを確認した後封筒へとしまう。
それを王宮へ届けるために執事へと託した。
「……エリオット様からの手紙には王女と街で偶然会ったと書いてあったけど、もしかして、彼と会うためにわざわざ待ち伏せを? よくやるわね、暇なのかしら……」
エリオットと王女が本当に恋仲だろうとセシリアには預かり知らぬところだが、おそらく彼にそんな暇はないはずだと思い、それ以降は考えないようにした。
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