初夜に訪れたのは夫ではなくお義母様でした

わらびもち

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王太子ワーヒドの提案

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 玉座の下で沈黙が続く中、南国の王太子はゆっくりと一歩前に出た。
 その姿は礼を失わぬほどの距離感を保ちつつも、どこか計算された傲慢さを漂わせている

「陛下、諸公、僭越ながら一つご提案申し上げます」
 
 王太子は深く丁寧に一礼してから、低く、しかし明瞭に言った。

「我が国より、事前に一件の手配を致しております。貴国の手を煩わせることなく、速やかに事を済ますための準備でございます」

 その言葉を受けて、重臣たちの間にざわめきが走った。王は眉を僅かに上げる。

「何を言うんだ、ワーヒド!」

 老王は動揺を隠せぬ様子で王太子ワーヒドに向かって制するような声を発した。
 しかし、ワーヒドは父の叱責の声を無視して静かに続けた。
 
「貴国におかれましては、我が愚妹のためにお手を煩わせる必要は一切ございませぬ。行為の主体は我が国にて執り行わせていただきます。我が国から連れて参りました者――処刑人の手によって」

「処刑人ですと!? 我が国で他国の王族を処刑しろとおっしゃるのか!」

 重臣の一人が声を震わせて反論した。すると、それに続くように王も苦言を呈する。

「いくら罪人といえど、他国の王族を我が国で処刑したという前例はない。そちらで王女の身柄を引き取ってもらうことが最善だと思うが……」

「いえ、それでは此度被害に遭った、罪の無いご婦人たちがいつまで経っても安心して日常を過ごせぬでしょう。自分を狙った恐ろしい悪女がまだ生きているとなれば、『また命を狙われるのではないか』と怯えて暮らすことになってしまう。そんな不安を抱えたまま生きることはあまりにも苦痛。彼女たちに真の安寧をもたらすためにも、確実に悪女の命がこの世にないと知らしめる必要がございます」

「む、それは……」

 まさかここでセシリアたち被害者のことを引き合いに出されるとは思わず、王も重臣も言葉を詰まらせた。
 確かに被害者の立場からすれば、自分たちを襲おうとした王女が国外に出ただけで安心できるかと言われれば、そうとは言い切れないだろう。何せ相手はくだらない理由で屋敷ごと襲撃するというとんでもないことを簡単にやってのける頭のおかしい女。この世に生きている限り被害者の心に真の安寧は訪れないと指摘されると否定できない。

「仮に我が国へと連れて帰り処刑したと申して、それが真実であるかの確実な証明は出来ませぬ。首をこちらに送り、それを証明とすることも可能ですが……それが身代わりという可能性もございます。であれば、貴国にて確実に処刑し、この世から悪女は消えたと知った方が被害者の心は安らかになるのではございませんか? 私は悪女の兄として、そして王家の者として、何より被害者の皆さまに償いたく存じます」

 ワーヒドの言うことはもっともだった。国外に出てしまえば刑が確実に執行されたという確実性は薄れてしまう。
 被害者の立場からすればこの国で刑が執行され、確実に終わったと知るほうが安心できるだろう。

「それは……一理あるな。だが、やはり他国の王族を処刑するというのは……」

 王としては正直、この王太子の提案に乗ってしまいたいと思っていた。こちらは他国の王女一人に貴族家が二件も襲撃されているのだ。処刑くらいしないことには、この王女の留学を受け入れてしまった王家の面子が保てない。後で「ここまでの被害を被っておきながら、易々と犯罪者を母国に送還するだけで終わりとは情けない」と国内で不満を抱かれてしまう可能性だって高い。それどころか、「この国は賓客相手なら犯罪すら許す臆病者」だと諸外国に舐められてしまう。

 ただ、自分の代で”他国の王族を国内で処刑した”という前例を作ってしまうのはどうなのか。その一点のみを悩んでいた。後から非難されないかと、それだけが不安で仕方ない。
 
 そんな王の心を見透かしたかのように、ワーヒドは不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。
 
「我が国は貴国の名誉を尊重し、我が国の責任をはたしとうございます。貴国にて刑を執行する理由は『被害者のお心に真の安寧をもたらす為』でございます。罪なき被害者の救済が何より大切ではございませんか? 勿論、屋敷の再建費用や負傷者の治療費、並びに慰謝料と賠償金はお支払いさせて頂く所存です。ですが、金だけでは被害者の心は癒えぬでしょう。悪女をこの世から消し、少しでも安堵をもたらすことこそ、悪女と同じ血を分けたわたくしのせめてもの責任にございます」

 ワーヒドの言葉に王は玉座の上で黙して考え込んだ。
 彼の言う通り『被害者の心を救済するため』という名目を掲げれば、反感を抱く者の反論を封じることができる。
 罪の無いご婦人が可哀想だと思わないのか、と情に訴えれば反発してくる者の方が悪者だ。そして王家も被害者を守り、他国の王族が相手でも毅然と犯罪に立ち向かったとしてむしろ称賛される。

 何より、今回被害に遭ったのは王が信頼を置いているサフィー家の令嬢。ここでぬるい対応をすれば、サフィー家の王家に対する忠義の心が揺らいでしまう可能性だってある。それは王にとって避けたい事態だった。

「お言葉、正に一見公平に聞こえる。しかし、貴殿の処刑人が執行したとなれば、民はそれをどのように捉えるだろうか……」

 王の頼りない言葉にワーヒドの顔に冷たい薄笑が浮かんだ。
 彼はもう分かっている。王がこの提案を受け入れたがっていることを。そして、それを決める後押しが欲しいことを。

「民は”結果”を見るのみでございます。そして結果とは明白――罪を犯した者が相応の報いを受ける。そうでございましょう?」

 王はその答えに一拍おき、ゆっくりと口角を上げた。

「……貴殿の言う通りだな。よろしい、貴国が己の手で王女の罪を清算しようというのであれば、我が国はそれを拒む理由はない。その提案、受け入れよう」

 玉座の周囲で、全員の視線が一斉に王へと向けられた。
 重臣たちの間にざわめきが広がるが、誰一人、否定の言葉を口にする者はいない。
 なにせ彼等に否定する理由など何一つないのだから。

 だが、そのやり取りの最中、老王はただ黙して頭を垂れていた。彼の肩越しに見える息子の横顔は穏やかさとは無縁の厳しさで固まっている。

 ──これは、単なる償いではない。

 ワーヒドの所作の端々に、次代の統治者としての冷徹な計算が滲んでいた。父の甘さを覆い隠し、己の手で事態を収めることで、彼は自分の王に相応しき器を示さんとしているのだ。
 会場の空気は変わった。最初の侮蔑も、怒りも、いつしか駆け引きと取引へと姿を変えていく。ワーヒドは実の妹の処刑すらも交渉の駒へと昇華していた。

「陛下、仰せの通り帰国の名誉は尊重いたします。然るに、ここでの執行を我が国の者が執り行う旨は、我が方の考えでございます――ただし、その際に貴国の見届け人をお立ていただければ幸いです」

 その言葉は王の胸に微かな波紋を立てた。玉座側の大臣たちの顔が瞬時に変わる。
 王の目が、ワーヒドをじっと見据えた。

「既に処罰の手は整えてございます。『我が国の者が執行致す』というのは、貴国の体面を害さぬための配慮に他なりません。貴国の御意向に沿い、貴国の見届け人の前で事を為しましょう」

 それは王にとっても願っても無い申し出である。
 刑の執行を一任するのではなく、見届け人を立てることでこちらとしても確認の責任を果たしたことになり、面子も保たれる。
  
 こちらにとって最良の提案であり、断る理由はない。ただひとつ分からないのはこの王太子の真意である。
 見たところ、父親である王に代わり自分がその座に就こうとしている野心があるのはよく分かる。
 こう頑なに王女の処刑を執行しようと強行する理由もその野心ゆえだろうかと思うのだが……どうもそれは違う気がしてならない。もっと別に理由が……そう、もっと個人的な何かがあるように思える。

「……面白き申し出である。よかろう。執行の時、我が国の評議員がその場に立ち会おう」

 とはいえど、彼の個人的な理由は王にとってはどうでもよいことだ。
 面子さえ立てば、こちらとしては過度に気にかける必要はない。

 そんな王の言葉にワーヒドはゆっくりと頷いた。彼の顎先に浮かぶ冷笑は、誰にも見せない。だがその胸中は明瞭だった――ここで妹を、己の手で、父の名のもとに断ずる。父ではなく自分が、断罪と秩序を下す者として振る舞うのだ、と。

「承知いたしました。貴国の評議員の前で、我が執行人が厳正に職務を遂行いたします」

 老王は言葉を失い、ただ小刻みに震える手で何かを掴むように握る。羞恥が彼を押し潰しそうだった。

「貴殿の決意と覚悟、拝察した。貴殿がここまで踏み切ること――それは、貴殿が単に王の血を引く者ではなく、王としての心構えを持ち得る者であることの証であるな」

「御評、大変光栄に存じます。私の務めは何よりも国の安寧と法の維持でございます。、厳正を以て臨むのが王の為すべきことであると存じます」

 その言葉は老王の胸に突き刺さった。老王は一度、震える声で何かを呟いたが、ワーヒドはそれを遮るように無言の制止の合図を送った。父に向けられたその制止は優しさではなく、冷徹な効率の現れであった。
 ワーヒドは内心の冷笑を隠しつつ、しかしその表面には礼節を崩さなかった。彼の胸中には確実な確信が宿っていた――父は王としての終焉を迎え、今ここに自分が王たるにふさわしい者であることを示したのだと。
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