初夜に訪れたのは夫ではなくお義母様でした

わらびもち

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牢屋での兄妹の会話

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 牢の中は石造りの壁に湿気が染みこみ、時間の経過とともに朽ちてゆく鉄の臭いが漂っていた。
 地下へ降る石段は狭く陽光は届かない。燭台の灯りだけがわずかに空間の輪郭を浮かび上がらせている。

 王太子ワーヒドは一人でその階段を下りてきた。
 護衛たちには退下を命じ、ただ冷たい足音だけが石壁に反響する。

 扉の奥、最も奥まった牢に王女──彼の実妹はいた。

 背を丸め、古びた毛布を肩にかけ、壁にもたれて座っている。
 乱れた髪は乾ききっておらず、額にかかる影が表情を隠している。
 その身には王家の気品はない。衣は粗末で、身だしなみも失われている。ただの囚人、罪人。かつて“王女殿下”と呼ばれた姿の面影は残っていなかった。

 鉄格子の前に立ち、ワーヒドはしばらく黙って妹を見下ろしていた。
 兄の姿に気づいた彼女は息を呑み、揺れる瞳のまま鉄格子に駆け寄って手をかけ、顔をそちらへと向けた。
 冷たい石の床に膝をついたまま、王女は指を絡めるように鉄格子を握る。かつて白磁のように滑らかだったその手は、今や汚れ、かすり傷に覆われている。

「お兄様! 助けにきてくださったんですね! お願いです。どうか、ここから出して!!」

 声はかすれていた。涙で濡れた頬を伝う言葉は、もはや姫のそれではない。惨めな囚人の懇願だった。

 だが、ワーヒドはその懇願にも眉一つ動かさず、牢の前に立っていた。その眼差しは氷のように冷ややかに王女へと注がれる。

「……呆れるな。最初に出てくるのがそれか……」

「え? 何が? 訳のわからないこと言ってないで、早くここから……」

「煩い、黙れッ!!」

「……ッ!!」

 王女の言葉はワーヒドによって遮られる。兄のあまりの迫力に王女は驚いて口を噤んだ。

「お前は自分が何をしたか分かっているのか?」

 ワーヒドの声には怒りさえなかった。ただ、冷淡な事実だけを突きつけるような無感情さのみがある。
 それがかえって王女の恐怖を募らせ、彼女は体を強張らせたまま小刻みに震えていた。

「自分勝手で他人に迷惑をかける腐った性根は昔から変わらないな……どこまで私達に迷惑をかけるつもりだ?」

「ひ、ひどい! そんな言い方しなくても……」

「ふん、これでも大分抑えた方だぞ? 生きているだけで周囲に災厄を振りまく害悪が。だから私は最初から反対だったんだ。お前のような卑しい血筋の女を王家に迎えるのは……」

「な……なにその言い方! ひどい! あんまりよ……! ……ん? え? 卑しい血筋? 王家に迎える?」

 兄の辛辣な言葉を涙目で非難する王女だが、ふと彼の発言に違和感を覚えた。

「同じ両親から生まれたのに、卑しいってどういう意味……?」

 自分と兄は父も母も同じ血の繋がった兄妹のはずなのに。
 それなのに、なぜあんな言い方をされなければならないのか……彼女にはまるで理解できなかった。

「なんだ、知らなかったのか? お前は父上が異国の踊り子に手を付けて生まれた庶子だ。母親の見目が良かったから、それから生まれたお前は政略に使えそうだという理由だけで引き取られたんだよ」

 まるでどうでもいいとでも言いたげな冷たい表情でワーヒドは王女に告げた。
 王女は知らなかった自分の出自に衝撃を受け、言葉を失う。

「う、うそ……知らない、そんなの……。わたくしが、卑しい踊り子の娘……? そんな……嘘よ」

「嘘なものか。むしろ、お前のように不出来で色事ばかり頭にあるふしだらな女が、賢妃と謳われた母上の腹から生まれるはずがないだろう? ……まったく、お前のような卑しき出自の娘を母上は立派な淑女となるよう育てたというのに、ひとつも身につかないばかりか迷惑ばかりかける。お前のような女に労力を無駄に使った母上が本当にお可哀そうだ……」

 ワーヒドの視線には憎しみがはっきりと込められていた。
 打ちひしがれている王女にはその痛烈な眼差しが届いていないかもしれない。
 だが、それでも彼は目を逸らすことなく彼女を見据えていた。
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