初夜に訪れたのは夫ではなくお義母様でした

わらびもち

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閑話 芽生える罪悪感

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「お、お兄様……。これは……」

 キャサリンはわなわなと顔を強張らせながら兄を見つめた。
 それに対して、兄は淡々とした態度で「どうした」と問いかける。

「これって……全員、お父様より年上ばかりじゃないの!? しかも、貴族ですらないなんて……一体どういうことなの……?」

 縁談相手は皆キャサリンより一回り以上年が離れた男性ばかりであった。
 まだ貴族の後妻というなら分かる。しかし、釣書にあるのは全員平民ばかり。貴族などひとりも見当たらない。

「当然だろう。未婚なのに純潔でない令嬢を嫁に貰いたがる貴族はこの国にはいない。何故だか分かるか?」

「分からないわよ……! 純潔でないからって、そんな……」

「未婚で純潔でない、というところが駄目なんだ。貴族の価値観として『女性は結婚まで純潔を保つ』ことが絶対とされているからな。これが守れない令嬢は『ふしだら』だと認定されてしまう。お前は後妻を簡単になれるように言うが、娶る方だってお前のように”ふしだら”な女よりも貞淑な女の方を選ぶだろうよ。でないと、いつ家の中に男を連れ込まれるかも分からないじゃないか」

「そっ、そんなことするわけないじゃない! 人を男好きのように言わないで!」

「だが、世間ではそう評価されてしまうんだ。結婚まで貞操を守れないふしだらな男好き、というのがお前の評価だ。しかも既婚者に手出しする節操のない女を、誰が妻にと望む?」

「…………ッ!!」

 実の兄の辛辣な言葉に打ちのめされ、キャサリンはショックのあまり手にしていた釣書を地面にばさりと落としてしまった。

「だって……、あの時は本当にエリオットのことが好きだったから……。どうしても手に入れたくて……」

「体を差し出さないと男を手に入れられないなど、随分と安っぽい女に成り下がったものだ。我が妹は。兄として本当に情けない限りだよ……」

「ひどい! そんな言い方しなくたっていいじゃない……」

「これくらい言わないとお前は理解しないだろう? で、どこに嫁ぐ?」

 妹が傷つこうとも意に介さず、さっさとしろと言わんばかりの冷たい視線を向ける兄をキャサリンは信じられない思いで見つめた。

「そんな……嫌よ。まだ心の整理もついていないのに結婚だなんて……!」

 あんなにも好きだったのに――エリオットは王女と浮気まがいのことをしていたのだ。
 しかも、言わなくていいキャサリンのことまで口にしてしまい、そのせいで両親は重傷を負ってしまった。
 信じていた分だけ、裏切られた痛みは深かった。しかも彼は罪人として裁かれることが決まっているという――あまりにも残酷な現実を受け止められないでいる。

「心の整理なら嫁いだ後に好きなだけやるといい。これ以上、俺の手を煩わせるな」

 兄から辛辣に突き放されたキャサリンは絶望の表情を浮かべ、目から涙をこぼした。

「ひ……ひどい。なんで、そんなに冷たいの……私は命を狙われたんだよ? おまけにエリオットに浮気までされて、こんなに辛いのに……」

「全て自業自得だろう? 命を狙われたのも、浮気者の男を選んだのもお前だ。だいたいな、妻がいる身で他の女に手を出すような浮気男がまた浮気をするのは当然だろう? それとも、お前にだけは一途でいてくれるとでも思ったか? 不誠実な男に”一途”を期待する方が馬鹿げている。くだらないことを言っていないでさっさと嫁ぎ先を選べ」

「………………」

 どんな言葉も届かない兄。その冷たい瞳を前にキャサリンは絶望すると同時にこれ以上逆らえば危険だと本能で悟る。いつの間にか兄の従者が床に散らばった釣書を拾い集め、静かに兄の手へと差し出していた。

「どの縁談相手もを持った器の大きい男ばかりだぞ。既婚者に言い寄って足を開いたはしたない女でも、気にせず妻として迎えてくれると言っている。苦労したのだぞ、貴族の若い女なら何でもいいと言ってくれる男を探すのは」

 それは寛大なのか。どうしてそこまで妹のこと悪し様に罵るのか。
 言いたいことは沢山あったが兄が怖くてキャサリンは上手く言葉が出てこなかった。

「そんな……なんでもいいだなんていう人じゃ、幸せになれないわよ……」

 かろうじて出て来た言葉がそれだった。年齢や容姿も気になるが、何より気になるのは「若い貴族の女なら誰でもいい」という主張。どう考えてもまともな男の言うことではない。
 まだエリオットに未練があるということもあるが、まともでない男に嫁いでも幸せになれそうにないことはキャサリンにも分かる。

「幸せ? おかしなことを言うのだな。お前は幸せになりたいのか?」

「え? なにもおかしくないわよ。幸せな結婚をしたいのは当たり前じゃない」

 いったい何を言っているのか――キャサリンは眉をひそめ、わずかに首を傾げた。
 すると兄は心の底から蔑んだ目で辛辣な言葉を吐き捨てたのだ。

「他人の結婚をぶち壊したお前が、よくもまあ自分だけ幸せな結婚をしようと思えるものだ。およそ人と思えぬほど醜い性根だな。セシリア夫人の幸せな結婚はお前のせいで不幸な結婚になったというのに……お前は少しも申し訳ないと思わないのか。図々しいな。自分の妹がここまで畜生以下の存在だとは……嘆かわしい」

「────ッ!!?」

 その言葉が鋭い刃のようにキャサリンの胸に突き刺さった。
 背筋を冷たい手で撫でられたような寒気が走り、喉がきゅっと締めつけられる。

「ち、ちが……私、そんなつもりじゃ……」

「お前がどんなつもりだかはどうでもいい。結果として他人の家庭を壊したことに違いはないからな。しかも、結婚式の日からなど……恥を知らない奴のやることはさすが常人とは違う」

 それまでキャサリンの中に他人の夫を奪ったという罪の意識は微塵もなかった。
 けれど兄の言葉を受けて初めて、胸の奥にじわじわと後悔と罪悪感が染みわたっていったのだ。

「……ふむ、やはりお前は嫁に出すには不適格な娘だな。このような不出来な女を嫁がせてはオニキス子爵家当主である俺の恥辱となりかねん。よし、ではお前の望み通り嫁ぐのは止めよう。代わりに働いてもらう。なに、安心しろ、身の回りの世話もしたことがない貴族の令嬢でも出来る仕事だ。ここはむしろ……貴族の令嬢をしてくれる先だからな」

 青褪めた顔で俯いているキャサリンはこの時気づかなかった。
 それまで無表情だった兄が、ひどく邪悪な顔で嗤っていたことに……。
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