初夜に訪れたのは夫ではなくお義母様でした

わらびもち

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閑話 従者の後悔

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 石畳を叩く馬蹄の音が規則的に夜道に響く。薄曇りの月がわずかにカーテンの隙間から差し込み、揺れる灯のように若き当主の頬を照らす。馬車の中には革の擦れる音と車輪の軋みだけが満ちている。

 しばしの沈黙ののち、対面に座る従者が、低く、しかし確かな声で口を開いた。

「……若様。いえ……旦那様、キャサリン様の件──あれで本当によろしかったのですか?」

 その問いに、若き当主はわずかに眉を動かした。
 外を流れる闇を見つめたまま静かに口を開く。

「良かった、か……」

 彼の声はため息とともに低く落ちた。
 窓の外では夜風が木々を揺らし、遠く犬の吠える声がかすかに聞こえる。

「本人が結婚は嫌だと拒否したのだ。ならば仕方あるまい?」

「それは、確かにそうでございますが……。だからといってあの場所は……」

 はっきりと言葉にできず、遠慮がちに言葉を選ぶ従者を若き当主は静かに見据える。

「ロベール」

 名を呼ばれた従者はビクッと肩を震わせ、躊躇いがちに「はい……」と返した。

「可哀想だとでも言うつもりか? 既婚者に言い寄って新婚の家庭を壊し、家に災いを招いた歩く災厄のような女を。未婚の令嬢という自覚もなく、純潔すら守れぬふしだらな女にうってつけの場所だろう、は」

 若き当主の言葉に、従者ロベールは返す言葉を失った。オニキス子爵家が襲撃を受けて以来、ロベールは人手の足りない子爵家に加わり、若き当主を支える補佐役として働いている。そうしているうちに、主人がキャサリンを快く思っていないことを身に沁みて悟っていた。
 
「し、しかし……キャサリン様は”あの場所”が娼館だと分かっておりません。おそらくはどこかの貴族の家だと勘違いをされております。せめて、説明だけでもすべきだったのでは……」

 滞在中のホテルで、若き当主は妹キャサリンに働くよう命じた。
 その働き先は、ホテルの窓からも望める白亜の城。
 まるで大貴族の邸宅のようなその壮麗さにキャサリンは目を輝かせ、即座に承諾した。

「キャサリン様はあの城を見て、貴族の邸宅で侍女のような仕事をするのだと勘違いしているのかと。もし、娼館だと知れば泣いて嫌がると思われます。それはあまりにもお可哀そうかと……」

「……ロベール、お前のそれは罪悪感からくる同情心なのか? だとすれば、そんなものはとっとと捨てろ。お前が母上の命令でエリオットに手出しさせるよう仕向けたのだとしても、あいつとそういう関係になることを望んだのはキャサリンだ。子供ならまだしも、とっくに成人した女が自分で選んだことなのだから妙な罪悪感は持つな。そして、それを俺に押し付けるな。迷惑だ」

「………………申し訳ございません」

 ロベールは以前、オニキス子爵夫人の命令でキャサリンとエリオットが肉体関係になるよう仕向けた。
 その結果、キャサリンは次のガーネット侯爵夫人となることが決まったのだが、それが原因でオニキス子爵夫人は暗殺者に襲われる羽目となったのだ。それを聞いたロベールは「自分のせいで……」と過去の行いを悔やみ続けている。そして、キャサリンまでも悲惨な末路を辿るのかと思うと止めずにはいられなかった。

「キャサリンに対して妙な罪滅ぼしをしようとしなくていい。だいたい、他人の家庭を卑怯な方法でぶち壊したあの妹は、多少辛い目に遭わないと自分の行いを顧みることなどしない。……なにより、これくらいしないとセシリア夫人に申し訳が立たない。あの御方は結婚式の夜に花嫁から夫を奪うような人でなしの妹に、礼儀作法まで教えてくださった慈悲深い人だ。せめてご教授くださった作法を活かした職に妹を就かせてやるのが兄の務めだろう」

「おっしゃることはごもっともでございます。ただ、娼館で礼儀作法を活かすというのはどういう意味でしょうか……」

「お前は知らないのか? あの城のような娼館は”高級娼婦”のみが在籍する高級店だ。娼婦は皆、元貴族令嬢で平民は一人もいない。当然、礼儀作法も一定のものを求められる。以前のキャサリンでは門前払いだが、作法を習い多少はマシになった今なら受け入れてもらえるはずだ」

「はあ……たしかに」

 キャサリンは貴族の令嬢にしては礼儀作法が全くできていなかった。
 兄は何度ももっと厳しい教育を受けさせるべきだと両親に進言したが、妹に甘い二人は聞く耳をもとうとしない。  
 ガーネット侯爵邸でセシリアが指導したことにより、及第点とまではいかないけれどマシとは言えるくらいに成長していた。

「……あいつがこちらの選んだ縁談に素直に頷いてさえいたら、娼館に送り込むなんていう選択肢はとらなかったよ。縁談先を見つけるのにもこちらは大分苦労したというのに、相手が気に食わないなどふざけている。しかも、散々他人を不幸にしておいて、自分だけ幸せになろうとするのが気に食わない。……少しは痛い目を見た方がいい」

 暗い目をした若き当主を見ていると、彼の内に渦巻くキャサリンへの鬱憤と憎しみがひしひしと伝わってくる。
 ロベールはそれ以上何も言えず、胸の内で己の過ちを深く悔いるのだった。
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