初夜に訪れたのは夫ではなくお義母様でした

わらびもち

文字の大きさ
53 / 165

報告書というより、物語のよう

しおりを挟む
 目的を果たすため、ロベールをエリオットの側近に据えたセシリア。
 これで離婚に一歩近づいたと喜ぶのも束の間、本邸に戻って以来、エリオットが妙に構ってくるようになった。

「セシリア、一緒にお茶でもどうかな?」

「申し訳ございません。忙しいので……」

「セシリア、よければ今度観劇に行かないか?」

「申し訳ございません。忙しいので……」

 誘われるたびに決まり文句で断っているのに、それでもしつこく誘ってくる。
 あんなことをしておきながら、まるで何事もなかったかのように話しかけてくる夫に苛ついて仕方ない。
 こちらはもうやり直す気などとうに失せているというのに。

(はあ……我慢、我慢よ……)

 キャサリンがエリオットと接触するまでの辛抱だと自分に言い聞かせ、表向きはにこやかに対応しているが内心ではあのヘラヘラした顔に拳を叩き込んでやりたくて仕方ない。
 夫はよほどガーネット公爵からの支援を失うことが嫌なのだろう。

 だが、それはセシリアには関係ない。彼が今後どうなろうと知ったことではない。
 初夜に彼が裏切ったことは今もなお心の中にわだかまりとして残っている。
 これが消えて、改めて彼と夫婦としてやり直す未来など存在しない。
 こんなことをされても許せる人はいるのかもしれない。だが、セシリアは自分がそうではないと分かっている。

 断られてもなお誘ってくる夫にうんざりしていたが、しばらく経つとそれもぴたりと止んだ。
 それどころか、最近は妙に家を空けることが増えた。

「まあ……ロベールは随分と優秀ななのね……」

 報告書を読みながらセシリアは独り言ちた。

 彼は思いがけず優秀だったようで、かなり上手くキャサリンをエリオットへ近づけていた。
 それは決して、こっそり逢引きを促すようなあからさまな手段ではない。自然を装った巧妙さに、セシリアは思わず舌を巻いた。

「劇場やカフェで自然と隣に座れるように仕向けるなんて……よく考えたものだわ」

 ロベールはエリオットの側仕えという立場を利用し、さりげなくカフェや劇場へと誘導し、たまたま偶然キャサリンが近くにいた、というやり方で二人を会わせていた。
 いや、会わせていたというと語弊がある。二人は同席したというわけでもなく、会話すら交わしていないのだから。

 ロベールは、まるで本当に偶然店や劇場で出くわしたかのように、二人を会わせていた。毎回逃げようとするエリオットには、「話しかけなければ接触したことにはなりませんよ」と宥めていた。
 どう言い含めたのかは分からないが、あの猪突猛進なキャサリンすらもエリオットに話しかけようともせず、澄ました顔で素知らぬふりをしているという。ただ、時折熱を帯びた切ない眼差しでエリオットを見つめるのだとか。

 それはまるで、歌劇や小説に描かれる秘密の恋人たちのような、美しくも切ないロマンチックな情景だ。
 最初は逃げ腰だったエリオットも、そうした状況が続くうちに、次第に自分が秘密の恋に身を投じているような錯覚を抱くようになったらしい。何よりも、これまで積極的すぎたキャサリンが急にしおらしくなった姿に心をもっていかれたようだ。

 というような状況をロベールはかなり細かく報告書に記してくれている。
 読んでいると、まるで報告書ではなく、一編の恋愛物語でも読まされているかのような錯覚に陥る。

「特にこれ、劇場の情景や周囲の状況、彼等の心境まで書く必要はあるのかしら? 読み物としては割と面白いからいいけれど……」

 ロベールの報告書の一つ、劇場での出来事を記した文章はまるで、というより本当に恋愛物語の一節のようだった。


『厚手のタペストリーに囲まれた石造りの劇場。燭台の灯がゆらめき、貴族たちのざわめきが静かに収まりゆく。
 やがて楽士の調べが幕を開け、舞台の上に悲劇の物語が始まると、観客たちは一斉に息をのんだ。
 キャサリンお嬢様は繊細な指先でドレスの裾を整えながら、隣に座す元婚約者――エリオット様の横顔をちらと見た。

 ほんのわずかに、彼の肩が彼女の肩に触れた。
 触れたそのぬくもりに、二人は互いの顔を見交わした。熱を帯びた視線が、静かに交錯する。

「……っ」

 二人は声にならぬ息を呑む。身を引くべきか、留まるべきか――たった数指の距離が、まるで深い渓谷のようだった。

 エリオット様はやや姿勢を正したものの、触れた肩先を引こうとはしなかった。
 それは、彼が初めて見せる躊躇いであり、同時に、キャサリンお嬢様への気持ちの変化の表れとも感じられた。

 燭光のもと、舞台では愛と裏切りの劇が繰り広げられていたが、観客席の片隅にも、言葉少なな恋がひっそりと息づいていた。』


「ふっ……ふふっ…………」

 情景豊かに描かれたその文を読みながら、セシリアは自然と二人の姿を思い浮かべ、こみ上げる笑いを抑えきれなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

ローザリンデの第二の人生

梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。 彼には今はもういない想い人がいた。 私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。 けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。 あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。 吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。 ※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。) 1/10 HOTランキング1位、小説、恋愛3位ありがとうございます。

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

【完結】これをもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

【完結】無自覚人たらしマシュマロ令嬢、王宮で崇拝される ――見た目はぽっちゃり、中身は只者じゃない !

恋せよ恋
ファンタジー
 富豪にして美食家、オラニエ侯爵家の長女ステファニー。  もっちり体型から「マシュマロ令嬢」と陰口を叩かれる彼女だが、  本人は今日もご機嫌に美味しいものを食べている。  ――ただし、この令嬢、人のオーラが色で見える。  その力をひけらかすこともなく、ただ「気になるから」と忠告した結果、  不正商会が摘発され、運気が上がり、気づけば周囲には信奉者が増えていく。  十五歳で王妃に乞われ、王宮へ『なんでも顧問』として迎えられたステファニー。  美食を愛し、人を疑わず、誰にでも礼を尽くすその姿勢は、  いつの間にか貴族たちの心を掴み、王子たちまで惹きつけていく。  これは、  見た目はぽっちゃり、されど中身は只者ではないマシュマロ令嬢が、  無自覚のまま王宮を掌握していく、もっちり系・人たらし王宮譚。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 エール📣いいね❤️励みになります!

処理中です...