初夜に訪れたのは夫ではなくお義母様でした

わらびもち

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領民の希望

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 馬車では進めないぬかるんだ道をセシリアは裾をたくし上げて自らの足で歩いた。
 泥が靴に絡みつき、風が濡れた髪を乱す。それでも彼女の足取りは迷いなく、しっかりと地を踏んでいた。

 村の広場に足を踏み入れると、作業中だった領民たちが一斉に顔を上げた。

「奥様……?」

 誰かが呟いた。その声に引き寄せられるように、人々が集まりはじめる。
 子どもを背負った女、鍬を担いだ老人、泥にまみれた若者。みな疲れ果てていたが、その目には一瞬の光が差し込んだ。

 セシリアは彼らに深く頭を下げた。

「……本当に、よく堪えてくれました。皆さんの苦労、私の耳にも届いています。これから私が、この土地を、あなたたちの暮らしを立て直します。必ず」

 その声には一切の飾り気がなかった。ただ、誠実な思いだけが宿っていた。
 すると、老女がにじむ涙を拭いながら深く頭を下げる。

「お、お顔を見られるだけで、心が……安心します。奥様のような高貴な御方がこんなところまで……」

「“こんなところ”ではありません。ここが、私たちの“領地”です。あなたたちは私の“民”です。私が来るのは当然のことです」

 あたりに静かな感嘆の声が広がった。
 男たちが慌てて帽子を脱ぎ、誰からともなく拍手が起こった。泥だらけの掌が重なり合う、その音はどこか温かく、胸に響いた。

「奥様がいてくだされば、俺たち頑張れます!」

 人々の言葉にセシリアは何度もうなずきながら、声を掛けた。

「まずは休める場所を。仮設の炊き出しをこの広場に作らせます。温かいスープと毛布を用意させますから、今夜は少しでも身体を休めて」

 そう言って振り返った彼女の背に、領民の視線が注がれる。
 誰もがその姿に、希望の灯を見た。領主の“妻”ではなく、“真の当主”として、民のために立つその背に。

 
 彼女が現れたときは誰もが一瞬、目を疑った。

 雨に濡れた緋色のマントの下、透き通るような白い肌。細い指先に、淡い桃色の唇。まるで壊れてしまいそうなほど繊細で、まるでこの泥にまみれた村には似つかわしくない――そう、まるで絵画の中から抜け出してきたような美しさだった。

「……奥様が、こんなところに……?」

 誰かが呟いた。無理もない。領民たちの多くは、結婚式の日に馬車から微笑む姿しか見たことがなかったのだから。
 だが、彼女が泥に足を取られながらも一歩一歩近づき、傷んだ家屋を見上げ、寒さに震える子どもを見て表情を曇らせたとき――その儚げな姿に、確かな“力”が宿っているのを、誰もが感じた。

「この場所を、必ず立て直します」

 その言葉は、風の音より静かだった。けれど、不思議なほどはっきりと耳に届いた。
 小柄な身体に、どこにそんな力があるのか。今にも倒れてしまいそうに見えるのに、彼女の背筋は一度も曲がらなかった。

 ああ、なんて強い方なのだろう。

 少女のように可憐で、美しく、気品に満ちているのに――その心は、鋼のように強く、誰よりもこの土地を思ってくださっている。

「奥様が来てくださった。それだけで、もう、大丈夫な気がする」

 誰かがそう言うと、うなずく声が次々に広がった。

「本当にな……あの方は俺たちのことを本気で考えてくれてる」

「まだ年若いのに、こんな大きな責任を背負って……すごいお方だ」

「奥様こそ、この領地の光だよ」

 人々の胸の中に、ゆっくりと熱が灯っていった。それは冷えきった泥に咲いた、春の花のようだった。
 領民達は“我らの希望”と涙を滲ませてセシリアの背中を拝んだ。

「ん……? あれって……」
 
 セシリアに近づき、何かを話している女性を見た領民の一人が「イザベラ様…?」と呟いた。
 
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