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破門
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「セレネ伯爵、話し合いはもう済んだのか? 随分と早いな」
控室の扉から入ってきたのは国王ならびに側妃であった。
突然現れた貴人を前にしてアルバン子爵とその一家は跪拝も忘れ、ただ口をパクパクと無意味に開く。
対してセレネ伯爵家一同はすぐさま礼をとった。
「いえ、陛下ならびに妃殿下をお待たせするわけにもいきませんので」
「そうか、気を遣わせてすまないな。ディアナ、此度はとんだ災難だった。其方は何も悪くない故、気を落とすでないぞ」
慰めの言葉を優しくかける国王にディアナは「勿体ないお言葉です」と返す。
それにハッと我に返ったアルバン子爵は先ほど以上にひどく狼狽え始めた。
「な……っ、なぜっ、国王陛下がこの場所に!?」
息子の愚行だけでもお腹一杯なのに、言葉も交わしたことのない高貴な方が目の前に現れた。しかもこんな状況下で。
最悪過ぎる展開にアルバン子爵は気を保っているのが精一杯だ。
ちなみに彼の細君は息子が逃げた瞬間に気を失ってしまった。
できれば自分もそうしたいが出来ない。何よりそうしたところで目覚めたら全てが解決しているわけでもないのだ。
「何故って、ディアナは我が妃の姪ぞ? 姪の結婚式に招待されることは何らおかしくなかろう」
本来であれば許しも得ずに発言をするアルバン子爵の行為は不敬に当たる。
だがこんな事態なので国王はそれを不問にした。
それにどうせアルバン子爵家は今日を限りに二度と国王に謁見する機会は訪れないのだから。
「め、姪……? あっ…………!?」
アルバン子爵は今思い出したとばかりに驚愕の表情を見せた。
自分の息子の妻であるディアナ・セレネ伯爵令嬢の父方の叔母は国王の側妃だ。
結婚式に招待されるのは当然である。
「で、ですが……先ほどの教会では……」
「ああ、警護の問題であの場で招待客の間に紛れるわけにもいかなくてな。離れた場所より眺めさせてもらった。……其方の子息がどこぞの女と駆け落ちした瞬間も、しっかりとな」
人間の顔色ってここまで青白くなるのだなと驚くほどにアルバン子爵は血の気が引いている。
まさか国王にあんな醜態を見られていたことによる羞恥と絶望でどうしようもない。
「追って正式な書状は送らせてもらうが、先に伝えてだけおこう。其方の家、アルバン子爵家は貴族の称号を剥奪すると」
「な……っ! は、はくだつ!? 何故でございますか! 確かに愚息はよりもよって結婚式でディアナ嬢に対してとんでもない愚行を犯しました! ですがっ! それで爵位剥奪はあまりにも重すぎるかとっ……!!」
「……其方、何を言っておる? 確かに何の罪もない令嬢に、よりにもよって結婚式で恥をかかせたことは万死に値するだろう。だが、それが原因ではないと何故分からん?」
呆然とするアルバン子爵に国王はため息をついた。
「はあ……あのな、其方の子息は女の手を取る前に何をしておった?」
「え…………?」
何、何って、確か教会で誓いの言葉を交わしていたはず……。
そこまで考えてアルバン子爵はハッと何かに気付いた。
そうだ、息子は神の御前で永遠の愛を誓ったのだと。
「あ……、ま、まさか……」
「ようやく気付いたか? そうだ、其方の子息は神の御前で誓ったことを、舌の根の乾かぬ内に破った。これは神に偽りの誓いを立てたとし、立ち合いをした神父から教会本部へとすぐに連絡が届くだろう。そうなればどうなると思う?」
「教会本部より……教皇の名で“破門状”が届きます……。貴族ですので……個人ではなく、家がその対象に……」
そこまで口にした後、アルバン子爵は糸の切れたマリオネットのようにだらんと四肢を床に落とした。
事の重大さに耐えられない、そんな様子がヒシヒシと伝わってくる。
「そうだ。破門先の名称は“アルバン子爵家”だろう。そうなるとその名はこの先永久に使えぬこととなる。領民のためにも領地は名を変え、領主も変えねばならぬのは分かるな?」
「はい…………。陛下の御恩情に感謝致します……」
国教に定められている先の教会本部から破門を受けた貴族家はその名を永久に使用できなくなる。破門された名など忌むべきものだと認識され、領地は神からの祝福も届かない呪われた土地だとされてしまう。
そうならないためにも統治者は万が一にも貴族が教会より破門された場合にはすぐさまその名を廃す義務がある。
そうしないとその領地の民に混乱が生じてしまうから。
「それにしても“破門”など、最後にあったのは二代前の御世だったか……」
「……………………」
国王は言外に『それくらい滅多に起こらないことだ』とアルバン子爵を責めた。
教会としても別に愛の誓いを破る行為を批判し、離婚を阻止しているというわけではない。
別に結婚式が終わって しばらくし、気が変わって離婚したとしても破門はしなかった。
いちいちそんなことしていたらこの国は破門者だらけになってしまう。
だが、今回は愛の誓いをした直後に起こったことだ。
これでは気が変わったのではなく、初めから嘘だったと宣言しているようなもの。
しかも目の前でそれをやられてしまっては、神父も流石に見過ごすことはできない。
せめて家に帰ってからやってくれたのならここまで大事にしなかったのに、と神父は呆れながら上に報告をしていることだろう。
ここまでくると、恥をかかされたディアナ本人もアルバン子爵を怒る気にはなれない。
この人達は今日を持って爵位を剥奪され、邸も追い出されてしまう。
それを思うと怒るよりも可哀想になってくる。
「ディアナ嬢、一度誓いを立ててしまったので結婚自体を無かったことには出来ない。かといって平民と貴族は夫婦になれぬのでな、何の罪もない其方に傷がつくのはどうかと思うが……」
平民という言葉をやけに強調する国王。
それは爵位を剥奪されるアルバン子爵家を揶揄しているのだろう。
その言葉を聞いた子爵がビクッと肩を震わせた。
「いいえ、お気遣いいただきありがとうございます」
ディアナはこんな事態でも結婚自体を取り消すことはできない。
理不尽にも思えるが、誓いを立てるということはそれだけ重要なこと。
ここで取消を申し立て、アルバン子爵家の二の舞になるなど出来ない。
こうしてディアナは結婚し、すぐに離婚するという王国史上でも珍しい体験をすることとなった。
嫁入りしたその日に婚家が無くなるという、史上初の経験も。
控室の扉から入ってきたのは国王ならびに側妃であった。
突然現れた貴人を前にしてアルバン子爵とその一家は跪拝も忘れ、ただ口をパクパクと無意味に開く。
対してセレネ伯爵家一同はすぐさま礼をとった。
「いえ、陛下ならびに妃殿下をお待たせするわけにもいきませんので」
「そうか、気を遣わせてすまないな。ディアナ、此度はとんだ災難だった。其方は何も悪くない故、気を落とすでないぞ」
慰めの言葉を優しくかける国王にディアナは「勿体ないお言葉です」と返す。
それにハッと我に返ったアルバン子爵は先ほど以上にひどく狼狽え始めた。
「な……っ、なぜっ、国王陛下がこの場所に!?」
息子の愚行だけでもお腹一杯なのに、言葉も交わしたことのない高貴な方が目の前に現れた。しかもこんな状況下で。
最悪過ぎる展開にアルバン子爵は気を保っているのが精一杯だ。
ちなみに彼の細君は息子が逃げた瞬間に気を失ってしまった。
できれば自分もそうしたいが出来ない。何よりそうしたところで目覚めたら全てが解決しているわけでもないのだ。
「何故って、ディアナは我が妃の姪ぞ? 姪の結婚式に招待されることは何らおかしくなかろう」
本来であれば許しも得ずに発言をするアルバン子爵の行為は不敬に当たる。
だがこんな事態なので国王はそれを不問にした。
それにどうせアルバン子爵家は今日を限りに二度と国王に謁見する機会は訪れないのだから。
「め、姪……? あっ…………!?」
アルバン子爵は今思い出したとばかりに驚愕の表情を見せた。
自分の息子の妻であるディアナ・セレネ伯爵令嬢の父方の叔母は国王の側妃だ。
結婚式に招待されるのは当然である。
「で、ですが……先ほどの教会では……」
「ああ、警護の問題であの場で招待客の間に紛れるわけにもいかなくてな。離れた場所より眺めさせてもらった。……其方の子息がどこぞの女と駆け落ちした瞬間も、しっかりとな」
人間の顔色ってここまで青白くなるのだなと驚くほどにアルバン子爵は血の気が引いている。
まさか国王にあんな醜態を見られていたことによる羞恥と絶望でどうしようもない。
「追って正式な書状は送らせてもらうが、先に伝えてだけおこう。其方の家、アルバン子爵家は貴族の称号を剥奪すると」
「な……っ! は、はくだつ!? 何故でございますか! 確かに愚息はよりもよって結婚式でディアナ嬢に対してとんでもない愚行を犯しました! ですがっ! それで爵位剥奪はあまりにも重すぎるかとっ……!!」
「……其方、何を言っておる? 確かに何の罪もない令嬢に、よりにもよって結婚式で恥をかかせたことは万死に値するだろう。だが、それが原因ではないと何故分からん?」
呆然とするアルバン子爵に国王はため息をついた。
「はあ……あのな、其方の子息は女の手を取る前に何をしておった?」
「え…………?」
何、何って、確か教会で誓いの言葉を交わしていたはず……。
そこまで考えてアルバン子爵はハッと何かに気付いた。
そうだ、息子は神の御前で永遠の愛を誓ったのだと。
「あ……、ま、まさか……」
「ようやく気付いたか? そうだ、其方の子息は神の御前で誓ったことを、舌の根の乾かぬ内に破った。これは神に偽りの誓いを立てたとし、立ち合いをした神父から教会本部へとすぐに連絡が届くだろう。そうなればどうなると思う?」
「教会本部より……教皇の名で“破門状”が届きます……。貴族ですので……個人ではなく、家がその対象に……」
そこまで口にした後、アルバン子爵は糸の切れたマリオネットのようにだらんと四肢を床に落とした。
事の重大さに耐えられない、そんな様子がヒシヒシと伝わってくる。
「そうだ。破門先の名称は“アルバン子爵家”だろう。そうなるとその名はこの先永久に使えぬこととなる。領民のためにも領地は名を変え、領主も変えねばならぬのは分かるな?」
「はい…………。陛下の御恩情に感謝致します……」
国教に定められている先の教会本部から破門を受けた貴族家はその名を永久に使用できなくなる。破門された名など忌むべきものだと認識され、領地は神からの祝福も届かない呪われた土地だとされてしまう。
そうならないためにも統治者は万が一にも貴族が教会より破門された場合にはすぐさまその名を廃す義務がある。
そうしないとその領地の民に混乱が生じてしまうから。
「それにしても“破門”など、最後にあったのは二代前の御世だったか……」
「……………………」
国王は言外に『それくらい滅多に起こらないことだ』とアルバン子爵を責めた。
教会としても別に愛の誓いを破る行為を批判し、離婚を阻止しているというわけではない。
別に結婚式が終わって しばらくし、気が変わって離婚したとしても破門はしなかった。
いちいちそんなことしていたらこの国は破門者だらけになってしまう。
だが、今回は愛の誓いをした直後に起こったことだ。
これでは気が変わったのではなく、初めから嘘だったと宣言しているようなもの。
しかも目の前でそれをやられてしまっては、神父も流石に見過ごすことはできない。
せめて家に帰ってからやってくれたのならここまで大事にしなかったのに、と神父は呆れながら上に報告をしていることだろう。
ここまでくると、恥をかかされたディアナ本人もアルバン子爵を怒る気にはなれない。
この人達は今日を持って爵位を剥奪され、邸も追い出されてしまう。
それを思うと怒るよりも可哀想になってくる。
「ディアナ嬢、一度誓いを立ててしまったので結婚自体を無かったことには出来ない。かといって平民と貴族は夫婦になれぬのでな、何の罪もない其方に傷がつくのはどうかと思うが……」
平民という言葉をやけに強調する国王。
それは爵位を剥奪されるアルバン子爵家を揶揄しているのだろう。
その言葉を聞いた子爵がビクッと肩を震わせた。
「いいえ、お気遣いいただきありがとうございます」
ディアナはこんな事態でも結婚自体を取り消すことはできない。
理不尽にも思えるが、誓いを立てるということはそれだけ重要なこと。
ここで取消を申し立て、アルバン子爵家の二の舞になるなど出来ない。
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