最初から間違っていたんですよ

わらびもち

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手引きした者

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「ドリスさえ……あの場に来なければ……」

 後悔に苛まれ、その場で膝をついた。
 
 あの場にドリスさえ現れなければ、こんなことにはならなかったのに。

「ドリスさんだけのせいではありませんわよ? にも責任はありますし、そもそも貴方がその手を取らなければよかったんですから」

「は…………?」

 ディアナは今……何と言った?

「あら? ドリスさんから聞いていないんですか? 貴方の弟君がドリスさんを会場内に引き入れたらしいですよ」

「はあっ!? 弟が……!? 嘘だ……何で弟がそんなことを……!!」

「貴方の後釜を狙っていたみたいですね。嫡男の貴方が駆け落ちしてしまえば、当主の座もわたくしも、全て自分のものになる……という筋書きだったそうで」

「何だって!? どうして君がそんなこと知っているんだ!?」

「それはまあ……貴方が駆け落ちした後、本人の口から直接聞きましたからね」

 あの騒々しい駆け落ち劇の後、国王も交えた両家の話し合いの場で、ふとこんな疑問が湧いた。

 “あの闖入者はいったいどこから入ってきたのだろうか?”

 国王が参列する会場だ。当然警備も厳重だったはず。
 招待すらしていない、正装もしていない怪しい人間が入れるはずがないのだ。

 式の関係者が手引きでもしない限りは難しい。
 そうして始まった尋問でアッサリと犯人が判明した。

「貴方の弟君が会場の外でウロウロしていたドリスさんを見つけ、駆け落ちを唆したようですよ。そうすれば自分が後釜に座れるからって。……浅はかですわね」

 目先の欲に囚われた結果、家を失い貴族ですらなくなった。
 
 つくづくアルバン子爵家は先のことを考えられない人間の集まりだ。
 その場にいた者達全員が彼等に失望したことは言うまでもない。

「そんなっ……! 畜生……あいつは何て余計なことをっ……!!」

 怒りのままにエーリックは鉄格子に拳を叩きつけた。
 力任せに叩いたせいか鈍く大きな音がその場に鳴り響く。

 それはか弱き女性を驚かせるような荒々しい音。
 だがディアナは眉一つ動かさず、ただ無表情で目の前の男を眺めていた。

「……ドリスさんの行動も、弟君の行動も、どちらも間違ったものでしたね」

「ああ……そうだ! あいつらさえ余計なことをしなければ……僕は今頃……!」

「ですが、一番初めに間違ったのは、他でもない貴方ですよ」

「え………………?」

 虚ろな表情でエーリックはディアナを見つめた。
 
 彼女の一切の表情を無くした端正な顔は底冷えがするほど恐ろしく、怒りまでも冷めてしまいそうだ。

「どうして、ドリスさんの立ち位置をはっきりさせておかなかったんです?」

「は……? ドリスの、立ち位置……?」

「ええ。弟君が話していた内容によると、貴方はドリスさんとの関係をどうするか、それを明確になさらなかったようですね? 愛人として囲うのか、それとも関係を切るのか」

「は? ……そんなことする必要ないだろう? これまで通りの関係でいればいいんだし……どうして愛人だの、別れるだのとそういう話になるんだ? 僕の愛さえあればそれでいいじゃないか?」

 エーリックのお花畑な考えはディアナにため息をついた。
 ここまで愚かだったとは。そう言いたげな顔を彼に向ける。

「……そのせいでドリスさんは不安に苛まれ、そこを弟君につけ込まれ、あのような凶行に及んだわけですよ。それまで通りの関係でいたかったのなら、それも説明して納得してもらう必要があったのでは?」

 ディアナの指摘にエーリックは唖然とした。

 ドリスは自分との関係に不安を感じていたのか?
 でも、そんなこと一言も……いや、待てよ……。

 そういえば、結婚式の数日前からドリスはやたら変なことを聞いてきたような……。
 まさか……あれがそうだったのか?

「……ドリスは、僕に『家を買ってほしい』だの『身分を捨てるの?』だのと聞いてきたが……まさか、それは……」

「それは、前者は『愛人として囲うつもりなら家を購入してほしい』という意味なのでは? そして後者は『夫婦として添い遂げるつもりなら身分を捨てて』という意味かと……」

「そういう意味だったのか? そんなの……言ってくれなきゃ分からないじゃないか……!」

「貴方はドリスさんに言わなくても分かるだろうという態度ですのに、ご自分は別なのですか? その認識は間違っていると思いますよ。恋人同士で言葉を惜しむべきではないかと」

 淡々としたディアナの物言いがエーリックの心に深く突き刺さる。

 間違っていたのは自分なのか?
 
 僕が……ドリスともっと向き合っていれば……こんな事態にはならなかったのか……?
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