茶番には付き合っていられません

わらびもち

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「キャシー……。そろそろ起きても大丈夫だと思うのだけど……」

「駄目です。お嬢様を安静にさせておくよう奥様からおおせつかっておりますので」

「ええー……でも、もう3日も部屋から出ていないわよ? いい加減退屈だわ……」

「そんな風に言っても駄目です。ほら、お暇でしたら新聞でもお読みになってください」

 北の塔で倒れてから数日、私は自室のベッドに軟禁されていた。
 自分に劣情を抱いているであろう先王のもとに一人で行った挙句に倒れたとなれば母が怒らないはずもなく、知っていて黙認していた父諸共特大の雷を落とされてしまった。

 そのため母の許しが出るまで私は部屋で絶対安静となり、庭に散歩へ行くことすら禁じられてしまったのだ。倒れたのは極度の緊張と心労によるものなので別に体の調子が悪いとかではない。だが、これ以上母を怒らせるのは怖いから反論はしていない。おかげでひたすらベッドの上でじっとする日々を送る羽目となってしまった。

 そんな中で新聞は数少ない娯楽の一つだ。それまでは目立った記事を流し読みしていただけだったが、今は小さなものまでじっくり読むようになった。真実か嘘かも分からないようなゴシップも読む分には面白い。

「ん……? 『イアン公子、王太子を篭絡した稀代の悪女を愛人に!?』なにこれ……」

 新聞の隅の方にある特集になんと王太子の元側近であるカール・イアンのことが書かれていた。記事を読み進めていくうちに、どうやら彼はヘレンを自分の愛人にしてしまったことが分かった。

 そういえば彼はずっとヘレンに片思いをしていたことを思い出す。やっと邪魔な恋のライバルも障害も消えたのだから晴れて彼はヘレンと結ばれたというわけか。

「あ、その記事でしたら私も読みました。ヘレンが相当の悪女として書かれていますよね」

「キャシーもこれを読んだの? なんかもう凄いわね……。あることないこと書かれているわ」

 そう書いた方が面白みが出るからなのだろうけど大分事実が誇張されて書かれている。
 たとえば……

“王太子を誑かし堕落させた悪女ヘレン、民の血税を湯水のように使い贅沢三昧”

“王太子だけでは飽き足らず公爵家の跡継ぎまでも毒牙にかける淫売、次々に男を狂わせ財産を奪う。次に狙われるのは貴方かもしれない……”

 いや、なにこれ? 新手の魔物や悪魔の話?

「ヘレンってここに書かれているように民の血税をじゃんじゃん使っていたのですか?」

「いや……どうだったかしらね? 特に何かを強請ったりしたところは見たことなかったし、何よりそういう欲はなさそうだったわ。あるとすれば王妃や元王太子が勝手に買い与えていたとかじゃないかしらね?」

 そういえばヘレンはいつも侍女のお仕着せを身に着けていた。ドレスで着飾った姿も宝石を身に着けていたところも見たことはない。ただそれはあくまで王宮内で私が目にしたヘレンがそうだったというだけで、王妃やアレクセイと外出する時などはドレスなどの贅沢品を身に着けていたのかもしれない。

 あくまでそれは可能性だ。真相がどうだったかは分からない。
 だが、ここまで悪し様に書かれてしまったのならこれを読んだ者の中でヘレンは極悪人だと印象付けられてしまうだろう。

「……なんか、税金が高いことも王都の職が少ないことまでヘレンのせいにされているわね。ほとんどこじつけだけれども」

 先王が治めていた王都は税も高いし職も少ないせいで治安が本当に悪かった。
 それはヘレンとは無関係なはずなのに……この記事では無理やりこじつけてでも彼女のせいにしている。これでは民の憎しみが先王ではなくヘレンに向かってしまうだろう。

(いや……これはわざとそう書かせたのかもしれない。ヘレンという稀代の悪女に憎しみが集中するように、それが王族にいかないようにとわざと……)

 王族自体が憎まれていると新しく即位するルノール大公に悪影響を及ぼすと懸念した誰かの仕業だろうか。派閥の人間か、大公殿下の奥方の家か。それを実行しそうな人間は割と思いつく。

 そしてそれとは正反対に大公殿下が即位するという記事は一面に華々しく書かれている。
 高潔で慈悲深き新王がこの国を救ってくれるという期待を持たせるような文章で。

 悪政を敷いていたのは先王で、国庫を食い潰していたのは王妃、そして国の事など何も考えずヘレンに傾倒していたのは王太子だ。悪というなら先王一家がそうだろう。ああ、それと国家予算を横領していた宰相もか。でも、この新聞にはその旨は一切書かれていない。なんかもう本当にヘレン一人が悪いかのように書かれている。

(あれ……? そういえば、この結末って……あの小説の中で悪役令嬢ミシェルが受けたものと同じだわ)

 あの小説では嫉妬の余りヘレンを害したミシェルが様々な罪を着せられ、国民全員から恨まれて処刑されるというものだった。なんで婚約者の浮気相手をどうこうしたくらいで国民全員に恨まれなきゃいけないのか意味が分からなかった、裏ではこうした情報操作がされていたのかもしれない。

 しかし、筆頭公爵家の令嬢をそこまで陥れることは物理的に不可能な気がする。
 何の後ろ盾も無いヘレンと違い、大貴族の令嬢を陥れることは容易ではない。そして父のエルリアン公爵がそれを黙認するわけもない。相手に倍返しの報復することだって簡単だ。

 そう考えるとミシェルを悪役令嬢とするのは現実には大分無理がある。
 客観的に見て婚約者ではない女を侍らすアレクセイが“悪”だし、婚約者のいる王太子とベタベタするヘレンも“悪”だ。そしてそう頑張っても身分差が埋められないうえに実の兄妹である二人が添い遂げるのはほぼ不可能。いくらミシェルを断罪しようが二人がハッピーエンドを迎えることはないだろう。せいぜいアレクセイに別の婚約者が宛がわれるだけだ。

 私は偽陛下が放った発言のひとつがずっと気にかかっていた。
 
 という発言が。

 確かに私達は何のためにこの世界に転生したのだろう。
 特に意味もなく、自然的に転生したなどとは考えにくい。前世の記憶という神がかったものがあるのなら、転生には何か大いなる存在の意志があったように思えてならない。

 それで仮説を立てたのだが……もしかすると偽陛下はで、私はそのだったのかもしれない。

 あの偽陛下が存在しなればミシェルはアレクセイの婚約者にはならなかった。彼が助言したからこそミシェルが無事婚約者となり、ヒロインとヒーローが結ばれるための当て馬役として人生を終えるはずだった。そして、もし偽陛下が体の所有権を奪っていたら彼は多分王妃を妻として扱っていたと思う。少なくとも王妃に対して性欲は持ち合わせていたようだったから。そうしたら王妃は夫婦生活に満足して不貞に走らず、ヘレンも誕生していなかった可能性はある。ヒロインがいなければ物語は成立しない。だから偽陛下は表に出てこられなかったのではないかと推測する。

 そうして整えた舞台だが、進めてみると大分無理が生じる。
 ヒーローとヒロインは血の繋がった兄妹だわ、身分差はあるわ、仮に物凄い無理をしてヘレンを王妃にしたとしても大多数の反感を買って最悪謀反を起こされかねない。

 このまま進めていても物語ではなく単なるとなる。そう考えた何らかの存在がこの物語自体を終わりにしようとミシェルに前世の記憶を呼び起こさせたのかもしれない。

 あくまで仮説だし、それが立証される機会も方法も無い。単なる私の妄想だとも思う。
 ただ……そうでもなければ私を取り巻く不可解な状況に納得がいかないのだ。
 婚約を破棄されると不味い立場にある王太子が私の前で堂々とヘレンを置くことも、それを容認するどころかどちらも自分が産んだ子と分かっていながら結ばせようとする頭のおかしい王妃も、何故かそれが外部に漏れないことも、全てが非常識で非現実的に感じる。それもこれも物語の強制力が働いていたのだとしたらまだ納得がいく。

 それに……そう考えないと、長年虐げられて我慢を強いられてきたミシェルがあまりにも可哀想だ。前世の記憶が戻って“私”となるまでミシェルはずっと至らない自分が悪いのだと思い続けてきた。あいつらがおかしいのであって、ミシェルはひとつも悪くないのに。散々いいように使い潰された挙句、処刑されるだけの運命を回避できてよかった。哀れな少女の人生が救われて本当に良かったと心から思う。

(安心したら皇太子殿下にお会いしたくなってきたわ……)

 最後に会ってからもう随分と経つ愛しい人の顔を思い出して私はため息をついた。

「あ、そういえばお嬢様宛てに皇太子殿下からのお手紙が届いておりましたよ?」

「それは新聞よりも先に渡して!?」

 私はキャシーがトレイに乗せて運んできた手紙をひったくるように奪った。
 開封してもらう時間も惜しい私は自らペーパーナイフで封を開けて中身を取り出す。

「まあ……! 近々こちらにいらっしゃるそうよ」

 手紙に目を通すと、そこには私への求婚の為に近々邸に来訪すると書かれてあった。
 それを読んだだけで私の心臓が早鐘を打ち、自然と頬が赤くなる。

「こうしてはいられないわ……。すぐにお迎えの準備を始めないと! キャシー、お母様にこの事を伝えて頂戴。寝てなんていられないわ!」

 分かりました、と微笑ましい目をしたキャシーが速やかに部屋を後にする。

 恋焦がれた待ち人を想い私は胸を躍らせた。
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