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不思議な胸の痛み
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「というわけで、王太子殿下に“婚約破棄”を言い渡されました」
「なんだと? あちらから婚約破棄を……?」
邸に戻り、王太子に婚約破棄を告げられたことを告げると父は目を丸くして驚いていた。
「正気か……? そんなことをすれば資金援助は絶たれるうえに、いままでかかった資金も返還しなくてはならぬのだぞ?」
当初婚約を結んだ際に交わした契約書には、きちんとその旨が明記されている。
王家への援助金は現段階でも相当な額になり、もう国宝を全て売り払っても足りぬほどだ。
「王太子の態度に難癖付けてこちらから婚約破棄を申し出るつもりだったのだが……。手間が省けてよかったと言うべきだろうか……」
グリフォン公爵は「王太子の思考がさっぱり理解できない」と眉をひそめた。
「お父様、理解できないのはわたくしも同じですわ。どうにも殿下は発情期のようでして、意中の雌のことしか考えられないようです」
「ほお……言い得て妙だな。確かに発情期の雄は雌を孕ませて子を成すことしか考えられぬからな。もう子は成したのだから落ち着いてもよいと思うが……それを知らぬのだから仕方ないか」
親子はもう王太子を人と見做さず獣だと思うことにした。
人というにはその言動はあまりにも倫理に欠けており、獣だと言われた方がしっくりくるからだ。
婚約者がいても構わず他所の女と子を成し、後先考えず感情のままに婚約者を捨てる。およそ合理性に欠けた行動に公爵もアンゼリカも王太子を理解することを諦めた。
「まあ、何にしてもこちらが今後すべきことは王家への資金返却と退位を迫ることだな」
「そうですね。サラマンドラ家との話し合いは済んでおりますの?」
「いや、まだだ。明日にその予定が入っていたのだが……まさかこんなに早く、しかも王太子の方から婚約破棄を言い渡されるとは想像していなかったからな」
父の予想を超える行動をするなんて、と変なところでアンゼリカは感心した。
「とりあえず資金返却だけは迫っておくか。それと、明日の話し合いはお前も同席しなさい」
「え? わたくしもですか?」
王権を移すための重要な話し合いの場に同席しろと言われアンゼリカはひどく驚いた。いくら王太子の婚約者だったとはいえ、一介の令嬢が国政に関わる話し合いに必要だとは思えないからだ。
「あちらが是非お前にも同席を、と申しておる」
「まあ……いったい何でしょう……?」
「なんとなく想像はつくが……まあ、明日行けば分かることだろう。ところでアンゼリカ、お前は王妃の座に未練はないのか?」
「はい? 未練? どういう意味です?」
「そのままの意味だ。王妃の座に就けるはずだったのに、それを手放すのは惜しくはないのか? 受けてきた王妃教育も無駄になるだろう?」
「ああ……成程」
王太子と婚約破棄をしたことによって、アンゼリカが王妃となる道は絶たれた。
今後サラマンドラ家が王権を握るとなると、王妃となるのはサラマンドラ公爵夫人かもしくは公子の婚約者となる女性だ。
今まで王妃となるべく教育に時間を割いてきたアンゼリカにとって、王妃となれないのはかけてきた時間を無駄にするも同然。それでいいのかと公爵はアンゼリカに問うているのだ。
「わたくしは構いませんよ。王妃教育は所詮暇潰しでしたから」
「ふっ……暇潰しか。流石は我が娘、器が大きい」
アンゼリカにとって王妃の座に未練はない。
ただ少しだけ、公子の新しい婚約者になる女性を考えると胸がチクチクと痛む。
「…………?」
「どうした、急に胸元を抑えて?」
「あ、いえ、何でもありません」
「そうか? 痛いのであれば医師を呼ぶぞ?」
「いえ、それには及びません。どうぞご心配なく」
心配そうな顔を見せる父親を安心させるようにアンゼリカは微笑んだ。
確かに先ほど胸に拳を打ち付けられるような痛みが走ったが、それは肉体的な痛みではないと判断できる。
(何かしらこれ……今まで感じたことのない痛みだったわ……)
肉体的な痛みではないということは、何らかの病や傷が原因ではないということ。
それが誰かを恋い慕うが故の心の痛みだということを、今の彼女は知らない────。
「なんだと? あちらから婚約破棄を……?」
邸に戻り、王太子に婚約破棄を告げられたことを告げると父は目を丸くして驚いていた。
「正気か……? そんなことをすれば資金援助は絶たれるうえに、いままでかかった資金も返還しなくてはならぬのだぞ?」
当初婚約を結んだ際に交わした契約書には、きちんとその旨が明記されている。
王家への援助金は現段階でも相当な額になり、もう国宝を全て売り払っても足りぬほどだ。
「王太子の態度に難癖付けてこちらから婚約破棄を申し出るつもりだったのだが……。手間が省けてよかったと言うべきだろうか……」
グリフォン公爵は「王太子の思考がさっぱり理解できない」と眉をひそめた。
「お父様、理解できないのはわたくしも同じですわ。どうにも殿下は発情期のようでして、意中の雌のことしか考えられないようです」
「ほお……言い得て妙だな。確かに発情期の雄は雌を孕ませて子を成すことしか考えられぬからな。もう子は成したのだから落ち着いてもよいと思うが……それを知らぬのだから仕方ないか」
親子はもう王太子を人と見做さず獣だと思うことにした。
人というにはその言動はあまりにも倫理に欠けており、獣だと言われた方がしっくりくるからだ。
婚約者がいても構わず他所の女と子を成し、後先考えず感情のままに婚約者を捨てる。およそ合理性に欠けた行動に公爵もアンゼリカも王太子を理解することを諦めた。
「まあ、何にしてもこちらが今後すべきことは王家への資金返却と退位を迫ることだな」
「そうですね。サラマンドラ家との話し合いは済んでおりますの?」
「いや、まだだ。明日にその予定が入っていたのだが……まさかこんなに早く、しかも王太子の方から婚約破棄を言い渡されるとは想像していなかったからな」
父の予想を超える行動をするなんて、と変なところでアンゼリカは感心した。
「とりあえず資金返却だけは迫っておくか。それと、明日の話し合いはお前も同席しなさい」
「え? わたくしもですか?」
王権を移すための重要な話し合いの場に同席しろと言われアンゼリカはひどく驚いた。いくら王太子の婚約者だったとはいえ、一介の令嬢が国政に関わる話し合いに必要だとは思えないからだ。
「あちらが是非お前にも同席を、と申しておる」
「まあ……いったい何でしょう……?」
「なんとなく想像はつくが……まあ、明日行けば分かることだろう。ところでアンゼリカ、お前は王妃の座に未練はないのか?」
「はい? 未練? どういう意味です?」
「そのままの意味だ。王妃の座に就けるはずだったのに、それを手放すのは惜しくはないのか? 受けてきた王妃教育も無駄になるだろう?」
「ああ……成程」
王太子と婚約破棄をしたことによって、アンゼリカが王妃となる道は絶たれた。
今後サラマンドラ家が王権を握るとなると、王妃となるのはサラマンドラ公爵夫人かもしくは公子の婚約者となる女性だ。
今まで王妃となるべく教育に時間を割いてきたアンゼリカにとって、王妃となれないのはかけてきた時間を無駄にするも同然。それでいいのかと公爵はアンゼリカに問うているのだ。
「わたくしは構いませんよ。王妃教育は所詮暇潰しでしたから」
「ふっ……暇潰しか。流石は我が娘、器が大きい」
アンゼリカにとって王妃の座に未練はない。
ただ少しだけ、公子の新しい婚約者になる女性を考えると胸がチクチクと痛む。
「…………?」
「どうした、急に胸元を抑えて?」
「あ、いえ、何でもありません」
「そうか? 痛いのであれば医師を呼ぶぞ?」
「いえ、それには及びません。どうぞご心配なく」
心配そうな顔を見せる父親を安心させるようにアンゼリカは微笑んだ。
確かに先ほど胸に拳を打ち付けられるような痛みが走ったが、それは肉体的な痛みではないと判断できる。
(何かしらこれ……今まで感じたことのない痛みだったわ……)
肉体的な痛みではないということは、何らかの病や傷が原因ではないということ。
それが誰かを恋い慕うが故の心の痛みだということを、今の彼女は知らない────。
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