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話し合いという名の脅迫③
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「あくまでこれはわたくしめの意見ですが、王権を譲るだけで全てが帳消しになるのですから安いものだと思いますよ? 此度のエドワード殿下の婚約破棄で王家は今までにかかりました費用を全て当家に返却、および破棄に対しての慰謝料が……ざっと見積もってこのくらいになりますね」
ざっと、と言う割には王家が使用した費用を事細かく記した請求書が国王の眼前に置かれる。それだけでも目玉が飛びあがるほどの金額だ。慰謝料を合わせるともう国宝を売り払っても足りないと分かる。
「こ、こんなに……? 嘘だろう……ここまでの大金を使った覚えが……」
「何を仰いますやら。王宮の維持費に加えて生活費全般、おまけに使用人から騎士全ての給金を支払うとなるとこのくらいかかりますよ」
なにを寝ぼけたことを言っているんだ、とばかりにグリフォン公爵はハンッと小馬鹿にした態度をとる。
「当家も婚約時代にこの位は支払っておりましたよ……。それに加えてあの男爵令嬢への贈り物代までね……」
「おや!? エドワード殿下は浮気相手への貢ぎ物を婚約者の家の金で買っていたのですか! それは何とも厚顔無恥な……ああ、いや、失敬。これは不敬でしたな」
不敬だとちっとも思っていないくせに白々しい、と国王は内心舌打ちをした。
それでも表には決して出せない。息子の恥知らずな所業を改めて聞かされ、顔から火が出そうなほどに恥ずかしい。
「そういえば当家でも一度だけそれと疑わしい代物の請求書が来ましたな。やけにゴテゴテと宝石をあしらった派手な懐中時計を二つも。男物と女物で揃いのデザインでしたから……てっきり婚約者である我が娘への贈り物かと思ったのですが、どうやら違ったようでしてね。なんで愛人にやる物の代金を当家が支払わなくちゃいけないのだと心底腹が立ちましたな。なので、それ以降は宝飾品の購入は禁じましたけど」
グリフォン家にまで恥知らずな行いをしていたとは初耳だった。
もちろんサラマンドラ家を相手でも駄目だが、こんな恐ろしい家に対してそんな真似をするほど非常識だったとは……。
(いや、そんなの今更か。エドワードはおかしい。それを早く気づくべきだった……)
婚約者の家の金で浮気相手に贈り物をする。
婚約者を蔑ろにして浮気相手を公然と侍らす。
王命の婚約なのに、権限を越えて勝手に婚約破棄を言い渡す。
どれをとっても正気の沙汰とは思えない。そしてそれを平然と行う息子はもはや化け物だ。それに早く気づくべきだった……。
「はは……とんだ恥知らずな息子だ。そしてそんな風にしか育てられなかった余も……とんでもない恥知らずだな」
いつかの少女の声が頭にこだまする。
『王とは全ての民の父である』と。
(この先何年経とうがこの言葉は忘れられないだろう……)
一人の息子の父であった時点で王としては失格だ。
あの時、少女の言葉で己を顧みていれば……とこの先何年も後悔するだろう。
「……両公爵には誠にすまないことをした。もちろんご息女にも。余が頭を下げて済む問題ではないことは理解している」
「頭を上げてください、陛下。お察しの通り、最早謝罪だけでは済まないことなのです」
温厚なサラマンドラ公爵にしては珍しく厳しい物言いに、それだけ彼は怒っているのだと悟る。それに対して全てを諦めたように国王は項垂れた。
「ああ、分かっている……」
元からこの会合が“話し合い”という名の脅迫だとは理解していた。
だってこちらには何の切り札もないのだ。
二公爵を納得させるほどの切り札など何もない。あるのは“恥”だけだ。
彼等の要求を跳ね除ける材料はない。大人しく従った方が身のためだ。
もしここで恥知らずにも王の権力を振りかざせば彼等……いや、グリフォン公爵が苛烈な報復に出ることは明らかだ。彼の中に“容赦”なんてものは存在しない。
(長く続いた栄華は余の代で終わりか……)
国王や貴族家当主が最も嫌がるもの、それは自分の代で家が途絶えることだ。
王権を譲渡するということは、つまりはそういうこと。
王が無能だから権力を譲らざるを得なかった。後世にはそう伝わることだろう。
そんな汚名を受けながら生き続けることは恥だ。だが、それ以上の恥を晒し続けたのだから今更だ。
「サラマンドラ公爵……貴家に玉座を譲ることを……ここに誓おう」
この時、長年続いた現王家が終わり、新たな王家が誕生することとなった。
歴史が変わるこの瞬間は後の世に語り続けられることとなる。
恥を知らない王太子の数々の愚行と共に……。
ざっと、と言う割には王家が使用した費用を事細かく記した請求書が国王の眼前に置かれる。それだけでも目玉が飛びあがるほどの金額だ。慰謝料を合わせるともう国宝を売り払っても足りないと分かる。
「こ、こんなに……? 嘘だろう……ここまでの大金を使った覚えが……」
「何を仰いますやら。王宮の維持費に加えて生活費全般、おまけに使用人から騎士全ての給金を支払うとなるとこのくらいかかりますよ」
なにを寝ぼけたことを言っているんだ、とばかりにグリフォン公爵はハンッと小馬鹿にした態度をとる。
「当家も婚約時代にこの位は支払っておりましたよ……。それに加えてあの男爵令嬢への贈り物代までね……」
「おや!? エドワード殿下は浮気相手への貢ぎ物を婚約者の家の金で買っていたのですか! それは何とも厚顔無恥な……ああ、いや、失敬。これは不敬でしたな」
不敬だとちっとも思っていないくせに白々しい、と国王は内心舌打ちをした。
それでも表には決して出せない。息子の恥知らずな所業を改めて聞かされ、顔から火が出そうなほどに恥ずかしい。
「そういえば当家でも一度だけそれと疑わしい代物の請求書が来ましたな。やけにゴテゴテと宝石をあしらった派手な懐中時計を二つも。男物と女物で揃いのデザインでしたから……てっきり婚約者である我が娘への贈り物かと思ったのですが、どうやら違ったようでしてね。なんで愛人にやる物の代金を当家が支払わなくちゃいけないのだと心底腹が立ちましたな。なので、それ以降は宝飾品の購入は禁じましたけど」
グリフォン家にまで恥知らずな行いをしていたとは初耳だった。
もちろんサラマンドラ家を相手でも駄目だが、こんな恐ろしい家に対してそんな真似をするほど非常識だったとは……。
(いや、そんなの今更か。エドワードはおかしい。それを早く気づくべきだった……)
婚約者の家の金で浮気相手に贈り物をする。
婚約者を蔑ろにして浮気相手を公然と侍らす。
王命の婚約なのに、権限を越えて勝手に婚約破棄を言い渡す。
どれをとっても正気の沙汰とは思えない。そしてそれを平然と行う息子はもはや化け物だ。それに早く気づくべきだった……。
「はは……とんだ恥知らずな息子だ。そしてそんな風にしか育てられなかった余も……とんでもない恥知らずだな」
いつかの少女の声が頭にこだまする。
『王とは全ての民の父である』と。
(この先何年経とうがこの言葉は忘れられないだろう……)
一人の息子の父であった時点で王としては失格だ。
あの時、少女の言葉で己を顧みていれば……とこの先何年も後悔するだろう。
「……両公爵には誠にすまないことをした。もちろんご息女にも。余が頭を下げて済む問題ではないことは理解している」
「頭を上げてください、陛下。お察しの通り、最早謝罪だけでは済まないことなのです」
温厚なサラマンドラ公爵にしては珍しく厳しい物言いに、それだけ彼は怒っているのだと悟る。それに対して全てを諦めたように国王は項垂れた。
「ああ、分かっている……」
元からこの会合が“話し合い”という名の脅迫だとは理解していた。
だってこちらには何の切り札もないのだ。
二公爵を納得させるほどの切り札など何もない。あるのは“恥”だけだ。
彼等の要求を跳ね除ける材料はない。大人しく従った方が身のためだ。
もしここで恥知らずにも王の権力を振りかざせば彼等……いや、グリフォン公爵が苛烈な報復に出ることは明らかだ。彼の中に“容赦”なんてものは存在しない。
(長く続いた栄華は余の代で終わりか……)
国王や貴族家当主が最も嫌がるもの、それは自分の代で家が途絶えることだ。
王権を譲渡するということは、つまりはそういうこと。
王が無能だから権力を譲らざるを得なかった。後世にはそう伝わることだろう。
そんな汚名を受けながら生き続けることは恥だ。だが、それ以上の恥を晒し続けたのだから今更だ。
「サラマンドラ公爵……貴家に玉座を譲ることを……ここに誓おう」
この時、長年続いた現王家が終わり、新たな王家が誕生することとなった。
歴史が変わるこの瞬間は後の世に語り続けられることとなる。
恥を知らない王太子の数々の愚行と共に……。
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