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七話 世間の言う天才
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「おおおおお、多紀殿かわいい、かわいいのじゃあああああ」
山崎に帰って自室に籠り、左京亮は床を転がりまわった。
ああ、美しい、あのような美しいおなごとお近づきになりたい。
「おい」
部屋にいきなり、兄の信盛が入ってきた。
「ななな、何でござる」
「また織田信秀様のご子息、信勝様からのお呼び出しじゃ、そち、行ってこい」
「お呼び出しは守り役である兄上にでございましょう」
「某は信長様と遊ぶ約束をしておる」
「また、世間にウツケと名高い信長様とですか、兄上もたいがいになされ」
「だまれ、信長様は織田家のお世継ぎぞ、いずれ家臣になる弟を守りしても意味がないわ」
「相変わらず、現金でございまするなあ」
左京亮は厭々ながら織田信勝のいる末森の城に向かった。
またこれだ。
左京亮は思った。
どうして、世間の人が百年に一度の英才と言う人というのは、このように
偉そうなのだろう。
「まことに信長はバカだ。だいたい何だ信長という名前は、信に長いだと。なんと
迫力のない名前か。それにくらべて我は信勝、カッコいいではないか。
世間の人も我を褒めたたえておる。父上の懐刀、世間に秀才の誉れ高き林秀貞殿も
兄の信長を暗愚といいこの信勝を天下の逸材と言っておられる。まさに、
才人は才人を知るとはこの事よ」
織田信長の弟、織田信勝の屋敷に行くと、いつも自慢話を聞かされる。
本来は左京亮の兄である佐久間信盛がこの信勝の守り役を命じられているのだが、
信盛はこの信勝の自慢を嫌って、兄の信長とばかり遊んでいる。
代わりをさせられるのが左京亮であった。
「そなたの兄も暗愚よのお、あの阿呆と遊んで楽しいか。世間からの笑いものの
信長と遊んで楽しいか」
「恐れ入りまする」
左京亮は深々と頭をさげた。
「恐れ入りますではない。この信勝、いずれ天下に名を轟かすことになる。
その時になって後悔せぬよう、よう兄に申し付けておくがよい」
「ははっ」
左京亮は平伏した。
左京亮はこの信勝が大成するとは思えなかった。
いつも自分の自慢話をして、人を小ばかにする。
「自分が頭がいいと思い込んでいるバカは……」
などとよく言っていた。
世間の人は、派手好きで、世の中を改革すると主張している
この信勝を評価していた。
気性が荒く、大人を批判する。
年寄りの事をよく「老害は無駄だから早く死ね」と言っていた。
「このだらけきった尾張の内情を自分が主君となった時には根本から覆す」と
言い張っており、若武者たちはその主張に心酔していた。
佐久間家の親戚である柴田勝家も、この信勝に心酔しているようであった。
それに比べて兄の信長は優しくて礼儀正しかったが、改革を嫌っていた。
信長の祖父の弟である織田秀敏や坂井衆の年寄衆である赤川景弘と仲良くしていた。
その他には津島南朝十五党の大橋氏の一族である川口宗吉。
若い者では織田造酒丞。
これも、この者の祖父である織田岸蔵坊と信長が親しく、岸蔵坊が死んだあとも信長に付き従っている
ものであった。
年寄の意見をよく聞き、古臭い神道の気風を踏襲していた。
世は戦国時代、古きものは悪、日ノ本の国は劣った国、
唐天竺から渡ってきた外来の言葉、婆娑羅や下剋上という
言葉がもてはやされた時代。
織田信長の弟、織田信勝は当時最先端とされた一向宗の思想に心酔し、
民衆から時代の最先端を行く人として尊敬を集めていた。
一向宗の思想とは当時、世間の若者が改革の代名詞としてもてはやした言葉、
「大阪並み」に代表されるものであった。
神社の座で守られた専売を打ち破り、商才のある者であれば、一向宗に入信さえすれば、
誰でも商売ができる自由市場。
元々は本願寺が細川勝元との合戦に勝って石山本願寺だけで認められた
権利であったが、一向宗はそれを拡大解釈し、一向宗の寺がある全国の寺内町で
地元の座を無視して物品の販売を行っていた。
この座を恐れぬ行動が既得権益の破壊者と写り、当時の若者たちの憧れの的となっていた。
この思想を信奉した大名が尾張の隣国、三河の松平清康であり、
清康は三河に大勢の一向宗の僧侶を受け入れ、
当地の座を仕切っていた猿投神社を焼き討ちし、三河の地に大阪並みを広げた。
その松平清康の後ろ盾になっていたのが駿河の今川義元であり、
義元もまた、地元の神社から座の既得権益を取り上げ、
己の御用商人に座の既得権益を渡していた。
しかも、この御用商人が地元の人間ではなく、甲斐の友野宗善
であった。
たとえ他国の者であれ、出自がどうであれ、実力があれば登用する、
今川義元はこれまでの古き時代の仕来りを破壊した革新的主君として
自国だけではなく、近隣諸国の若者たちからも憧れの的であった。
特に大きな影響を受けていたのが甲斐の武田信晴であり、今川義元の作った仮名目録追加二十一条
を元にして甲斐でも甲州法度之次第を作らせた。
これらの若く英明な君主は近隣諸国の若者たちを魅了し、尾張衆もこの甲州法度之次第を
入手し、信長に学ぶよう勧めたところ、
信長はこれを嘲笑し、「このような型にはめると画一的な人間だけができる。我が求めるものは
柔軟で多様な人材だ」と言って投げ捨てた。
このため、尾張の若者たちは益々織田信長を侮るようになり、「ヒゲの生えた三歳児」と言って
嘲笑するようになっていた。
左京亮から見て、
織田信長は凡庸で愚鈍かもしれないが、礼儀正しく、年寄の言葉をよく聞き、
よく勉強する子であった。
それに対して、世間の人がやれ神童よともてはやす人士はかぎって傲慢で、人を見下す人たちばかりであった。
「このような人たちが、本当に後の世に名を遺す天才であるならば、こんな悲しいことはない」
左京亮はそのように思った。
山崎に帰って自室に籠り、左京亮は床を転がりまわった。
ああ、美しい、あのような美しいおなごとお近づきになりたい。
「おい」
部屋にいきなり、兄の信盛が入ってきた。
「ななな、何でござる」
「また織田信秀様のご子息、信勝様からのお呼び出しじゃ、そち、行ってこい」
「お呼び出しは守り役である兄上にでございましょう」
「某は信長様と遊ぶ約束をしておる」
「また、世間にウツケと名高い信長様とですか、兄上もたいがいになされ」
「だまれ、信長様は織田家のお世継ぎぞ、いずれ家臣になる弟を守りしても意味がないわ」
「相変わらず、現金でございまするなあ」
左京亮は厭々ながら織田信勝のいる末森の城に向かった。
またこれだ。
左京亮は思った。
どうして、世間の人が百年に一度の英才と言う人というのは、このように
偉そうなのだろう。
「まことに信長はバカだ。だいたい何だ信長という名前は、信に長いだと。なんと
迫力のない名前か。それにくらべて我は信勝、カッコいいではないか。
世間の人も我を褒めたたえておる。父上の懐刀、世間に秀才の誉れ高き林秀貞殿も
兄の信長を暗愚といいこの信勝を天下の逸材と言っておられる。まさに、
才人は才人を知るとはこの事よ」
織田信長の弟、織田信勝の屋敷に行くと、いつも自慢話を聞かされる。
本来は左京亮の兄である佐久間信盛がこの信勝の守り役を命じられているのだが、
信盛はこの信勝の自慢を嫌って、兄の信長とばかり遊んでいる。
代わりをさせられるのが左京亮であった。
「そなたの兄も暗愚よのお、あの阿呆と遊んで楽しいか。世間からの笑いものの
信長と遊んで楽しいか」
「恐れ入りまする」
左京亮は深々と頭をさげた。
「恐れ入りますではない。この信勝、いずれ天下に名を轟かすことになる。
その時になって後悔せぬよう、よう兄に申し付けておくがよい」
「ははっ」
左京亮は平伏した。
左京亮はこの信勝が大成するとは思えなかった。
いつも自分の自慢話をして、人を小ばかにする。
「自分が頭がいいと思い込んでいるバカは……」
などとよく言っていた。
世間の人は、派手好きで、世の中を改革すると主張している
この信勝を評価していた。
気性が荒く、大人を批判する。
年寄りの事をよく「老害は無駄だから早く死ね」と言っていた。
「このだらけきった尾張の内情を自分が主君となった時には根本から覆す」と
言い張っており、若武者たちはその主張に心酔していた。
佐久間家の親戚である柴田勝家も、この信勝に心酔しているようであった。
それに比べて兄の信長は優しくて礼儀正しかったが、改革を嫌っていた。
信長の祖父の弟である織田秀敏や坂井衆の年寄衆である赤川景弘と仲良くしていた。
その他には津島南朝十五党の大橋氏の一族である川口宗吉。
若い者では織田造酒丞。
これも、この者の祖父である織田岸蔵坊と信長が親しく、岸蔵坊が死んだあとも信長に付き従っている
ものであった。
年寄の意見をよく聞き、古臭い神道の気風を踏襲していた。
世は戦国時代、古きものは悪、日ノ本の国は劣った国、
唐天竺から渡ってきた外来の言葉、婆娑羅や下剋上という
言葉がもてはやされた時代。
織田信長の弟、織田信勝は当時最先端とされた一向宗の思想に心酔し、
民衆から時代の最先端を行く人として尊敬を集めていた。
一向宗の思想とは当時、世間の若者が改革の代名詞としてもてはやした言葉、
「大阪並み」に代表されるものであった。
神社の座で守られた専売を打ち破り、商才のある者であれば、一向宗に入信さえすれば、
誰でも商売ができる自由市場。
元々は本願寺が細川勝元との合戦に勝って石山本願寺だけで認められた
権利であったが、一向宗はそれを拡大解釈し、一向宗の寺がある全国の寺内町で
地元の座を無視して物品の販売を行っていた。
この座を恐れぬ行動が既得権益の破壊者と写り、当時の若者たちの憧れの的となっていた。
この思想を信奉した大名が尾張の隣国、三河の松平清康であり、
清康は三河に大勢の一向宗の僧侶を受け入れ、
当地の座を仕切っていた猿投神社を焼き討ちし、三河の地に大阪並みを広げた。
その松平清康の後ろ盾になっていたのが駿河の今川義元であり、
義元もまた、地元の神社から座の既得権益を取り上げ、
己の御用商人に座の既得権益を渡していた。
しかも、この御用商人が地元の人間ではなく、甲斐の友野宗善
であった。
たとえ他国の者であれ、出自がどうであれ、実力があれば登用する、
今川義元はこれまでの古き時代の仕来りを破壊した革新的主君として
自国だけではなく、近隣諸国の若者たちからも憧れの的であった。
特に大きな影響を受けていたのが甲斐の武田信晴であり、今川義元の作った仮名目録追加二十一条
を元にして甲斐でも甲州法度之次第を作らせた。
これらの若く英明な君主は近隣諸国の若者たちを魅了し、尾張衆もこの甲州法度之次第を
入手し、信長に学ぶよう勧めたところ、
信長はこれを嘲笑し、「このような型にはめると画一的な人間だけができる。我が求めるものは
柔軟で多様な人材だ」と言って投げ捨てた。
このため、尾張の若者たちは益々織田信長を侮るようになり、「ヒゲの生えた三歳児」と言って
嘲笑するようになっていた。
左京亮から見て、
織田信長は凡庸で愚鈍かもしれないが、礼儀正しく、年寄の言葉をよく聞き、
よく勉強する子であった。
それに対して、世間の人がやれ神童よともてはやす人士はかぎって傲慢で、人を見下す人たちばかりであった。
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