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二十六話 岩室長門守
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天文十年六月、正室定様が女のお子様をご出産なされた。
その事を実家の武田信虎殿に伝えると、
ぜひとも孫の顔が見たいとおおせになり、
今川館においでになることとなった。
天文十年六月十六日、
武田信虎殿が少数の家臣を連れて駿河に入国されるや、
武田家臣の板垣信方・甘利虎泰ら重臣が軍勢を発し、
国境を閉ざして君主武田信虎様を放逐してしまった。
今川館に到着してからその事をお知りになった信虎殿は激怒し、
付き従って来た岩室長門守を睨み付けた。
「おのれこの役立たずめ、このような事を事前に察知するのが乱破の役目であろう」
信虎殿が罵倒すると岩室長門守は口答えした。
「此度のお見舞いはお取りやめになるよう、申し上げました」
「されど、板垣、甘利らが謀反するとは聞いておらなんだぞ」
「御屋形様の御気性なれば、お伝えすれば即座にご両人を切られるでしょう。
まだ何も起こさぬうちに重臣を切れば国内麻の如く乱れ、
御屋形様のお命も危のうなりまする。それよりも、
他国より安い米を買い入れ、国内の米価をさげて人心を安んずるべきと」
「ほざけ、身分卑しき下郎が政に口だしするか」
信虎殿が足蹴にすると岩室長門守は平伏して身を震わせた。
この有様をご覧になり義元公もいたく御不興のようであられた。
「主君の身も守れぬような輩は当家には不要である。つまみ出せ」
義元公がのたまったので、同席した元実が郎党らとともに
岩室長門守をその場から引きずり出し、館の外へ放り投げた。
その後岩室長門守はすごすごと何処なりとも姿を消した。
謀反を起こした武田の家臣に担ぎ上げられた武田信晴は
すぐさま北条と同盟を結び、今川家と敵対する姿勢を見せた。
駿河国内では武田信晴の所行に憤り、
群臣須く甲斐に出兵すべきとの義元公に注進したが、
武田晴信殿はすぐさま大量の米を駿河より買い入れ、
此度の信虎殿追放の恩賞として国人衆にくまなく分け与えた。
これ以降、駿河でも甲斐出兵の声は沙汰止みになった。
元実の一宮家でも尾張より安い米を大量に買い入れ、
多少利を付けて甲斐に売った。
同じような事は興津殿も朝比奈殿も横並びで
やっておられたのでたれそ文句を言う者はなかった。
これも義元公が国を開き、他国より安い米の買い入れをお許しくださったためである。
真に名君の誉れ高きお方と、家中誰もが義元公を賞賛せずにはいられなかった。
不思議な事に、時を同じくして尾張では織田信秀の勢力が益々拡大し、
朝廷に対して莫大な賄を送り、
しきりに三河国の占有権を認めるよう画策しているとの噂がたっていた。
何故信秀がそれほど儲けているのか、
不可解な事であったが、
いずれ悪辣な所行によって民を苦しめているのであろうと、
今川家の群臣は囁き合ったのである。
その事を実家の武田信虎殿に伝えると、
ぜひとも孫の顔が見たいとおおせになり、
今川館においでになることとなった。
天文十年六月十六日、
武田信虎殿が少数の家臣を連れて駿河に入国されるや、
武田家臣の板垣信方・甘利虎泰ら重臣が軍勢を発し、
国境を閉ざして君主武田信虎様を放逐してしまった。
今川館に到着してからその事をお知りになった信虎殿は激怒し、
付き従って来た岩室長門守を睨み付けた。
「おのれこの役立たずめ、このような事を事前に察知するのが乱破の役目であろう」
信虎殿が罵倒すると岩室長門守は口答えした。
「此度のお見舞いはお取りやめになるよう、申し上げました」
「されど、板垣、甘利らが謀反するとは聞いておらなんだぞ」
「御屋形様の御気性なれば、お伝えすれば即座にご両人を切られるでしょう。
まだ何も起こさぬうちに重臣を切れば国内麻の如く乱れ、
御屋形様のお命も危のうなりまする。それよりも、
他国より安い米を買い入れ、国内の米価をさげて人心を安んずるべきと」
「ほざけ、身分卑しき下郎が政に口だしするか」
信虎殿が足蹴にすると岩室長門守は平伏して身を震わせた。
この有様をご覧になり義元公もいたく御不興のようであられた。
「主君の身も守れぬような輩は当家には不要である。つまみ出せ」
義元公がのたまったので、同席した元実が郎党らとともに
岩室長門守をその場から引きずり出し、館の外へ放り投げた。
その後岩室長門守はすごすごと何処なりとも姿を消した。
謀反を起こした武田の家臣に担ぎ上げられた武田信晴は
すぐさま北条と同盟を結び、今川家と敵対する姿勢を見せた。
駿河国内では武田信晴の所行に憤り、
群臣須く甲斐に出兵すべきとの義元公に注進したが、
武田晴信殿はすぐさま大量の米を駿河より買い入れ、
此度の信虎殿追放の恩賞として国人衆にくまなく分け与えた。
これ以降、駿河でも甲斐出兵の声は沙汰止みになった。
元実の一宮家でも尾張より安い米を大量に買い入れ、
多少利を付けて甲斐に売った。
同じような事は興津殿も朝比奈殿も横並びで
やっておられたのでたれそ文句を言う者はなかった。
これも義元公が国を開き、他国より安い米の買い入れをお許しくださったためである。
真に名君の誉れ高きお方と、家中誰もが義元公を賞賛せずにはいられなかった。
不思議な事に、時を同じくして尾張では織田信秀の勢力が益々拡大し、
朝廷に対して莫大な賄を送り、
しきりに三河国の占有権を認めるよう画策しているとの噂がたっていた。
何故信秀がそれほど儲けているのか、
不可解な事であったが、
いずれ悪辣な所行によって民を苦しめているのであろうと、
今川家の群臣は囁き合ったのである。
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