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二章
魔王
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風が急に止まり、灰色の雲が渦を巻く。耳鳴りのような低い唸りが広がり、砂がわずかに浮き上がる。何かが降りてくる。
目の前の空間が裂け、黒と金の光が交差する。そこから一人の男がゆっくりと現れた。黒いローブに身を包み、フードを深く被っているため顔をはっきりと見ることができない。背には巨大な影が揺れており、金色の瞳が、静かにこちらを見据えていた。
その男を前にしただけで、皮膚がひりつくほどの圧が走る。
ーーー魔族、しかもさっきのより遥かに強い。
戦闘になったら一人では到底太刀打ちできない。
オルフェンが戦えない状況では三人で力を合わせてなんとか敵うような相手だ。
圧倒的な力の差を目の前にして体は震え、胸が締めつけられるような圧に息が詰まる。
僕の近くにいたアレンが、その男に向かって一歩踏み出し、口を開こうとした。
——どさり。
「アレン!?」
アレンが何か言いかけた瞬間、ふっと崩れるように地面に倒れた。
地面に崩れたアレンはぴくりとも動かない。
驚く暇もなく、
「きゃあっ!」
叫びのような悲鳴が上がったと思ったら今度はレミーユも同じように倒れ、目を閉じてぴくりとも動かなくなった。
オルフェンの傍に寄せていた手も、力なく地に落ちた。
僕を残して二人が崩れ落ちた瞬間、背筋がぞわりと冷たくなった。
頭の奥がずきずきと痛んで、喉が勝手に締め付けられる。
「二人とも、まさか……死んじゃったとかじゃないよな……」
恐怖が喉の奥でつまって、息が乱れた。
胸の奥がきゅうっと縮まって、息がうまく吸えない。
戦場の空気が、急に氷みたいに冷たく感じる。
指一本も触れず、詠唱もせずに次々と倒してしまう圧倒的に強い存在、それはまさに魔王と呼ぶに相応しい。
男はしばらく僕をじっと見つめ、低い声で言い放った。
「安心しろ、眠らせただけだ」
肩から力が抜けかけたが、すぐに自分を叱りつけた。
(敵の言葉を信じるほど馬鹿じゃない……!本当に目覚めるまで、気を抜いちゃだめだ)
掌に魔力を維持したまま睨みつける。
男は警戒する僕を気にも止めず、無造作にオルフェンの前へ歩いていく。
「オルフェンに何する気だ!」
慌てて僕は攻撃魔法を構える。
敵う相手じゃないにはわかってる。
でも、戦えるのは僕しかいない。
そんな心配とは逆に、男は特に暴れるでもなく、攻撃する様子もない。
「死ぬにはまだ若すぎる」
そう言って静かに手を宙に滑らせ、黒い粒子がふわりと舞い、柔らかな光に変わった。
その光がオルフェンのぽっかり空いた胸の傷へと吸い込まれ、みるみる修復されていく。
ーーー闇属性の回復魔法か?
オルフェンの胸がわずかに上下し、蒼白だった頬に血の色が戻る。
「……どうして、敵なのに助けるんだ」
僕はさっきまで男に攻撃するために向けていた手を下ろした。
混乱で頭が追いつかない。
やがて回復を終えた男はこちらを向き、言った。
「君は他の三人と違ってあいつの呪いに侵されていないらしい。瞳に強制されている恐怖が映らない」
ーーさっきの魔族も呪いって言ってた。
一緒に過ごしてきた記憶を辿っても呪いをかけられている様子なんて微塵もなかった。
いや、もしかしたらアレンがおかしかったのって呪いのせいだったりするのだろうか。
そう考えると、レミーユやオルフェンは普通に行動していたから呪いをかけられているのはアレンだけに見える。
魔族の言っていることを信じるとしたら、アレンやレミーユたちは何を強制されているんだ?
男は僕をまっすぐ見据えた。
「伝えてほしい。私だけを殺せ、私だけを狙えと。私はあの子の仲間に殺されるなら本望だ。だから他の奴らには手出ししないでくれ」
「あの子って……」
僕が言いかけた瞬間、男の視線がアレンに向いた。
その瞳は、切なさと痛みを含んでいた。
「アレンの呪いが解けた時、自分の手で私を殺したと知ればきっと苦しむ」
静かな声なのに、胸に重く響いた。
「本当は私が呪いを解いてあげたかった。だが、魂を王に囚われている身では、手出しできない」
「魂を……王に……?」
「だから君に頼むしかない。私を殺し、この連鎖を断ち切ってくれ。」
言葉が喉につまる。
殺すことが正しいなんて、どうしても思えなかった。
この人は、悪には見えない。
僕は喉を揺らしながら言葉を絞り出す。
「あなたは、魔王様ですか?」
「そうだな。人間も魔物も、私をそう呼ぶよ」
影がゆっくり近づく。
光が鱗に反射して、瞬間、顔が見えた。年老いてもいないし、荒々しくもない。目だけが鋭く、悲しみを湛えている。
「あなたは王様を怒らせるようなことをしたの?なんで命を狙われてるの?どうして僕の仲間を助けたの?僕には、あなたが悪者には見えない。かくしていることがあるなら、全部教えてくれ」
魔王の瞳に、沈殿した痛みがわずかに揺れた。
僕の視界の端で、仲間たちの寝息がかすかに上下している。
アレンの手はまだ微かに震え、レミーユの額には汗がにじみ、
オルフェンの胸には戦いの傷が薄く残っている。
(この人は本当に、ただの悪だと言えるのか?)
言葉を飲み込みかけた僕に、魔王は静かに告げる。
「私の口からは語れない。だが、昔、書いた本がある。そこにすべてを記した。」
「真実を知れば、この世界の仕組みはひっくり返る。選ぶのは君だ。今ここで私を殺せば君は英雄になれる」
胸の奥で何かがぎゅっとひりついた。
フルゥの言葉が刺すように蘇る。信じるのは君の心にしてね。
逃げないために、僕は息を吸う。
「……わかった。」
小さな声だったけど、足元の大地が応えたみたいに重みがあった。
「僕には、あなたを殺すなんてできない。あなた、本当は悪くないんでしょ。オルフェンも助けてくれたし、僕たちと戦おうともしていない。あなたを殺すことが正解だなんて思えない!間違わないために真実を知るよ」
魔王の瞳が、少しだけ寂しげに細められた。
低く掠れた声でそう漏らし、ゆっくりと立ち上がる。
「そうか。それは……残念だ。」
「僕の仲間にもちゃんと伝える。あなたを絶対、殺させない。」
「いや。誰が何と言おうと私を殺しにくるだろう。あれはそういう呪いだ。」
男は遠いものを見るように呟いた。
「まもなく皆が目覚める。私は行く。だが急げ。時間は……もう長く残されていない。」
「待って!魔王様が呪いを解けないなら、他の魔族なら、できるの?」
その問いに、男の片眉がわずかに上がった。
「解ける者もいる。だが、そういう力ある者ほど、王に囚われている。」
それだけ伝えると、男は微笑んだような気がした。
そして影が割れるように、その姿は消えた。
残された静寂の中で、僕は仲間たちを見下ろし、胸の奥でゆっくりと決意を刻む。
(守らなきゃ。真実を知らなきゃ。このままじゃ、誰も救えない)
僕は拳を強く握りしめ、震える息を吐いた。
目の前の空間が裂け、黒と金の光が交差する。そこから一人の男がゆっくりと現れた。黒いローブに身を包み、フードを深く被っているため顔をはっきりと見ることができない。背には巨大な影が揺れており、金色の瞳が、静かにこちらを見据えていた。
その男を前にしただけで、皮膚がひりつくほどの圧が走る。
ーーー魔族、しかもさっきのより遥かに強い。
戦闘になったら一人では到底太刀打ちできない。
オルフェンが戦えない状況では三人で力を合わせてなんとか敵うような相手だ。
圧倒的な力の差を目の前にして体は震え、胸が締めつけられるような圧に息が詰まる。
僕の近くにいたアレンが、その男に向かって一歩踏み出し、口を開こうとした。
——どさり。
「アレン!?」
アレンが何か言いかけた瞬間、ふっと崩れるように地面に倒れた。
地面に崩れたアレンはぴくりとも動かない。
驚く暇もなく、
「きゃあっ!」
叫びのような悲鳴が上がったと思ったら今度はレミーユも同じように倒れ、目を閉じてぴくりとも動かなくなった。
オルフェンの傍に寄せていた手も、力なく地に落ちた。
僕を残して二人が崩れ落ちた瞬間、背筋がぞわりと冷たくなった。
頭の奥がずきずきと痛んで、喉が勝手に締め付けられる。
「二人とも、まさか……死んじゃったとかじゃないよな……」
恐怖が喉の奥でつまって、息が乱れた。
胸の奥がきゅうっと縮まって、息がうまく吸えない。
戦場の空気が、急に氷みたいに冷たく感じる。
指一本も触れず、詠唱もせずに次々と倒してしまう圧倒的に強い存在、それはまさに魔王と呼ぶに相応しい。
男はしばらく僕をじっと見つめ、低い声で言い放った。
「安心しろ、眠らせただけだ」
肩から力が抜けかけたが、すぐに自分を叱りつけた。
(敵の言葉を信じるほど馬鹿じゃない……!本当に目覚めるまで、気を抜いちゃだめだ)
掌に魔力を維持したまま睨みつける。
男は警戒する僕を気にも止めず、無造作にオルフェンの前へ歩いていく。
「オルフェンに何する気だ!」
慌てて僕は攻撃魔法を構える。
敵う相手じゃないにはわかってる。
でも、戦えるのは僕しかいない。
そんな心配とは逆に、男は特に暴れるでもなく、攻撃する様子もない。
「死ぬにはまだ若すぎる」
そう言って静かに手を宙に滑らせ、黒い粒子がふわりと舞い、柔らかな光に変わった。
その光がオルフェンのぽっかり空いた胸の傷へと吸い込まれ、みるみる修復されていく。
ーーー闇属性の回復魔法か?
オルフェンの胸がわずかに上下し、蒼白だった頬に血の色が戻る。
「……どうして、敵なのに助けるんだ」
僕はさっきまで男に攻撃するために向けていた手を下ろした。
混乱で頭が追いつかない。
やがて回復を終えた男はこちらを向き、言った。
「君は他の三人と違ってあいつの呪いに侵されていないらしい。瞳に強制されている恐怖が映らない」
ーーさっきの魔族も呪いって言ってた。
一緒に過ごしてきた記憶を辿っても呪いをかけられている様子なんて微塵もなかった。
いや、もしかしたらアレンがおかしかったのって呪いのせいだったりするのだろうか。
そう考えると、レミーユやオルフェンは普通に行動していたから呪いをかけられているのはアレンだけに見える。
魔族の言っていることを信じるとしたら、アレンやレミーユたちは何を強制されているんだ?
男は僕をまっすぐ見据えた。
「伝えてほしい。私だけを殺せ、私だけを狙えと。私はあの子の仲間に殺されるなら本望だ。だから他の奴らには手出ししないでくれ」
「あの子って……」
僕が言いかけた瞬間、男の視線がアレンに向いた。
その瞳は、切なさと痛みを含んでいた。
「アレンの呪いが解けた時、自分の手で私を殺したと知ればきっと苦しむ」
静かな声なのに、胸に重く響いた。
「本当は私が呪いを解いてあげたかった。だが、魂を王に囚われている身では、手出しできない」
「魂を……王に……?」
「だから君に頼むしかない。私を殺し、この連鎖を断ち切ってくれ。」
言葉が喉につまる。
殺すことが正しいなんて、どうしても思えなかった。
この人は、悪には見えない。
僕は喉を揺らしながら言葉を絞り出す。
「あなたは、魔王様ですか?」
「そうだな。人間も魔物も、私をそう呼ぶよ」
影がゆっくり近づく。
光が鱗に反射して、瞬間、顔が見えた。年老いてもいないし、荒々しくもない。目だけが鋭く、悲しみを湛えている。
「あなたは王様を怒らせるようなことをしたの?なんで命を狙われてるの?どうして僕の仲間を助けたの?僕には、あなたが悪者には見えない。かくしていることがあるなら、全部教えてくれ」
魔王の瞳に、沈殿した痛みがわずかに揺れた。
僕の視界の端で、仲間たちの寝息がかすかに上下している。
アレンの手はまだ微かに震え、レミーユの額には汗がにじみ、
オルフェンの胸には戦いの傷が薄く残っている。
(この人は本当に、ただの悪だと言えるのか?)
言葉を飲み込みかけた僕に、魔王は静かに告げる。
「私の口からは語れない。だが、昔、書いた本がある。そこにすべてを記した。」
「真実を知れば、この世界の仕組みはひっくり返る。選ぶのは君だ。今ここで私を殺せば君は英雄になれる」
胸の奥で何かがぎゅっとひりついた。
フルゥの言葉が刺すように蘇る。信じるのは君の心にしてね。
逃げないために、僕は息を吸う。
「……わかった。」
小さな声だったけど、足元の大地が応えたみたいに重みがあった。
「僕には、あなたを殺すなんてできない。あなた、本当は悪くないんでしょ。オルフェンも助けてくれたし、僕たちと戦おうともしていない。あなたを殺すことが正解だなんて思えない!間違わないために真実を知るよ」
魔王の瞳が、少しだけ寂しげに細められた。
低く掠れた声でそう漏らし、ゆっくりと立ち上がる。
「そうか。それは……残念だ。」
「僕の仲間にもちゃんと伝える。あなたを絶対、殺させない。」
「いや。誰が何と言おうと私を殺しにくるだろう。あれはそういう呪いだ。」
男は遠いものを見るように呟いた。
「まもなく皆が目覚める。私は行く。だが急げ。時間は……もう長く残されていない。」
「待って!魔王様が呪いを解けないなら、他の魔族なら、できるの?」
その問いに、男の片眉がわずかに上がった。
「解ける者もいる。だが、そういう力ある者ほど、王に囚われている。」
それだけ伝えると、男は微笑んだような気がした。
そして影が割れるように、その姿は消えた。
残された静寂の中で、僕は仲間たちを見下ろし、胸の奥でゆっくりと決意を刻む。
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