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21章 美しき魔術師
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「お邪魔します」
この日ティーナが訪れた部屋は、紺色の布に金糸で刺繍がされた上掛けが乗った寝台、同じく金糸の模様で彩られた白いクロスがかかったテーブル、精巧な彫り物がされた箱が並べられた棚が据えられた、まさしく貴族の部屋、とでも言うべきところだった。
「ふふ。そんなに緊張しないでください。すべてわたしの趣味で揃えただけのものですから」
どうぞ、とティーナをいざなってくれたのは、魔術師のルイゼルだ。
ここのところ、ティーナは彼と行動を共にすることが多い。彼は魔術師として、神鳥を目覚めさせる手掛かりを探す主要人物になっている。
魔術師は、かなり特殊な立場だ。魔術師になれるのは才能がある者のみだが、それを持って生まれる人間はかなり希少な存在だという。百年以上もの間、まったく生まれなかったこともあるようだ。今、魔術師はルイゼルの他にもう一人、彼の師である者がいるが、かなりの高齢で今は引退し穏やかな生活を送っている。
魔術師は幼い頃から城にあがって修行を積み、あらゆる物事に通ずる者として王に仕え、島の平和を維持する役割を持つ。
「さあ、おかけください」
ルイゼルが椅子を引いて、ティーナを座らせてくれた。ずっと調査ばかりでは気が滅入るからと、休憩に誘ってくれたのだ。
「お茶を淹れますね」
ルイゼルがポットとカップが乗った銀のお盆をとってきてテーブルの上に置き、水差しからポットに水を注いだ。
ぱちん、と彼が軽く指を鳴らすと、ポットの注ぎ口から湯気が上った。魔法で、一瞬にして湯を沸かしたのだ。
「すごい……」
「あまり楽をするために魔法を利用してはいけないのですけれどね。どうかこのことは秘密でお願いします」
ルイゼルはそう言って、人差し指を唇に当てて片目をつぶった。あまりに洗練された動きに、ティーナは思わず圧倒された。
ルイゼルはいつも堂々としていて隙がないが、決して嫌味がなく穏やかでとても親切だ。
彼が注いでくれた茶を飲むと、体が芯から温まった。
「美味しいです」
「良かった。ティーナ、疲れていませんか?」
向かいに座ったルイゼルの問いに、ティーナは首を振った。
「いいえ、わたしは大丈夫です。ルイゼルさんの方が大変でしょう?」
「お気になさらず。わたしは自分のするべきことをしているだけですから」
「するべきこと……」
自分のするべきことは何なのだろう。ティーナは考え込んだ。神鳥の魂の欠片として、何をどうすればいいのかまったく分からない。体の模様が教えてくれるわけでもない。もう一度神鳥の声を聞くことができないかと試してみたが、あれから自分を呼ぶ声は聞こえなかった。
体の模様を隠さなくても良くなったが、次は、神鳥を目覚めさせることができないまま、失望されてしまうのではないか、という不安がよぎってしまう。
「わたし、どうすればいいんでしょう……」
「最初から、自分のするべきことが分かっている人間は、ほんの一握りです。その一握りですら、ずっと同じ信念を持ち続けることはできません。必ず迷う時はあるし、逃げたくなる時だってあるものですよ」
わたしにもそういう時期がありましたから、とルイゼルは言った。
「ルイゼルさんも? ……とても堂々として見えるのに」
「いえいえ。だって好きで魔法の素質を持って生まれてきたわけではないですからね。修行も決して楽ではありませんでしたし、他の誰かと入れ替わることができたら良いのにと何度も思いましたよ」
昔を懐かしむように、ルイゼルは目を細めた。
「どうやって、辛いのを乗り越えたんですか?」
「わたし一人では無理でしたね。励ましてくれたのはキルシェです。お前はすごい魔術師になれる、ってね。彼、人をその気にさせるのが上手いですから」
「フローレも、ワートさんも、キルシェに出会って、戦士になったって言ってました」
「ええ。飄々として見えますが、人を見る目はあるんですよ」
ティーナも、キルシェの勧めでセシェルの世話係となってから、毎日がとても楽しく思えるようになった。
「きっと、キルシェはいい王様になりますね」
「わたしも、そう思います」
ルイゼルは頷いて、カップに口をつけた。彼は首飾りや腕輪など、日ごとにつける装身具を変えているが、必ず同じ指輪が一つ指にはめられている。濃い紫色の石が使われた指輪だ。
「気になりますか?」
ティーナの視線に気づき、ルイゼルが指輪を外した。
「ルイゼルさん、いつもそれをつけているような気がして……。お気に入りなんですか?」
「ええ。とても気に入っています。わたしが一番好きな色です」
窓から差し込む光を受けて、指輪が輝く。ルイゼルはそれを満足そうに眺め、もう一度指輪をはめた。
「そうだ、せっかくですから他のものもお見せしましょう」
ルイゼルは立ち上がり、部屋の棚から箱を一つ持ってきた。テーブルの上に置き、ティーナに見えるようにそれのふたを開けてくれた。
箱の中には、色とりどりの石や、様々な意匠がこらされた装身具がきれいに収まっていた。指輪は、両手すべての指にはめても余るほどの数がある。
「綺麗……。これ全部、ライラさんが作ったものですか?」
「ええ。美しいでしょう。この輝きたちも、わたしを支えてくれる大きな力です」
ルイゼルはとにかく綺麗なものを好み、生活費もほとんど、気に入った装身具にあてているとティーナは風の噂で聞いたことがあった。身だしなみにも気を使っており、特に朝は支度にかなり時間がかかるようだ。薄紫色の長髪の美しさは、その努力の賜物だろう。
「この島は、綺麗なものでいっぱいだと思います。海も、空も、緑も」
ティーナが切り出すと、ルイゼルは柔らかく微笑んだ。
「そうですね。わたしはこの島を出たことがありませんが、ここは世界で一番美しい場所だと胸を張って言えます」
「人の心も、優しくて綺麗です」
かつて虐げられ、ぼろぼろになっていたティーナの心は、ラッシュ、キルシェ、エレアス、セシェル――その他大勢の人々の温かさに触れて救われた。
「ふふ。わたしはティーナのことも、美しいと思っていますよ」
「えっ?」
自分のどこが美しいと言えるのだろう。見た目だってごくありふれた姿だし、自分のするべきことを見つけられず、迷ったままでいる。
「あなたは先ほど、わたしのことを心配してくださいました。あなたは他の人を素直に褒めることができて、美しいものを美しいと感じる心を持っています。それはとても大事なことですよ。それができる人は、とても美しいと思います」
体がむずむずするのをティーナは感じた。そんな風に褒めてもらったことなど今までない。
「ティーナ、自信をもってください。あなたは独りではありません。わたしたちがあなたを支えます」
多くの人々が、島のため、自分にできることを探して動いている。まだ、諦めるには早すぎる。
「ルイゼルさん、ありがとうございます」
その後、他愛もない話をして、ゆっくりと時間が過ぎていった。
***
ルイゼルは、10歳で翼が生えたと同時に、魔術の才能を開花させた。
城へ迎えられ、将来、魔術師として王と島に仕えるための修行が始まった。
炎を起こし、風を動かし、水を操る。聞こえはいいが、それらの術を使いこなせるようになるまでの道のりは長い。怪我をすることもあり、師である魔術師からは何度も叱責された。歴代の魔術師が記してきた、山ほどの本も読まなければいけない。
どうして自分なのか、魔術師になりたくて生まれてきたわけではないのに。ルイゼルの心は折れかけていた。恵まれた才能であるはずなのに、それが疎ましくて仕方がなかった。
ある日、城の裏で、ルイゼルは魔術の練習をしていた。課せられた内容を早く習得しなければ、どんどん溜まっていく。
炎を起こし、一定の時間それを燃やし続ける、それがなかなかできなかった。どうしても、数秒で消えてしまう。
意識を集中させると、両手の間に炎が生まれる。しかしまた、定められた時間に届かず消えてしまった。
「すげぇ!」
突然聞こえた声に驚き、ルイゼルはその方を見た。自分と同じくらいの年の少年が、いつの間にかすぐ近くに立っていた。金色の目を輝かせて、炎があった場所を見つめている。
「お前、魔術師なのか。俺もやりたい、それ教えてくれよ! どうやるんだ?」
少年にぐいぐいと迫られて、ルイゼルは困惑した。
「えっと……できない、と思う」
「え? なんでだよ」
「才能がないと、これはできないんだ」
自分で言って、辛くなった。才能がもし自分でなく、目の前の少年のものだったなら、と考えてしまう。そうすれば自分は修行の日々から解放され、少年は望む力を手に入れられる。
「なんだ……できないのか……」
つまらないな、と少年は零した。
ルイゼルは少年から目をそらし、再び集中しようとした。できれば、諦めてどこかへ行って欲しかった。誰かと話している余裕などない。
しかし少年は懲りずに、ルイゼルの腕を掴んだ。
「じゃあさ、ちょっと手伝ってくれよ!」
「何を? 僕には遊んでいる暇なんてないんだ」
どこの子供か知らないが、能天気な様子はルイゼルを苛立たせた。
「お願いだ。手伝ってくれたらお前にも食べさせてやるから!」
食べさせるとはどういうことだろう?
少年が一歩も引く素振りを見せなかったため、ルイゼルは観念し、彼のあとについて行くことにした。
***
城の近くの森の中、開けた場所に、どさりと木の枝が積み上げられている。
「よし、頼む!」
少年に言われるがまま、ルイゼルは木の枝の山に手をかざした。枝に火がつき、ぱちぱちと音を立てて燃え始めた。
「おおー! あっという間だ」
小さな焚火ができたところで、少年が赤く丸い果物を二つと、大きな葉を取り出した。先ほど、二人で城の台所に忍び込み、とってきたものだ。葉は、ペルルという木からとれるもので、火にくべてもなかなか燃えないという性質のため、蒸し料理を作るために使われる。
少年が果物を葉で包み、火の中に放り込んだ。そして燃える焚火の傍らに胡坐をかいて座り、わくわくとした様子でそれを眺める。
どうやら少年は火を手早く起こしたかっただけのようだ。それなら自分の仕事はこれで終わりだろう、とルイゼルはその場を去ろうとしたが、また少年が話しかけてきた。
「お前、やっぱりすごいな」
「……別に、このぐらい大したことないよ」
普段の修行では、もっと高度なことを求められる。小さな火をただ起こすのは、ルイゼルにとっては基本中の基本だ。
「みんな、お前みたいにすぐ火をつけることはできないんだぞ。もっと自慢しろよ。俺はすごいんだぞって」
「僕は、すごい……?」
ルイゼルは今まで、そんな風に思ったことがなかった。有無を言わさず魔術師としての道を歩まされ、飛んでくるのは厳しい言葉ばかりで、自分に自信が持てなかった。師の足元にも及ばない。
「お前、すごい魔術師になるんだろうな。そんな気がするよ」
「……僕には、きっと無理だ」
修行に戻る気が失せてきて、ルイゼルも少年の隣に座り込んだ。
「魔術師になるとか、王様にお仕えするとか、そんなこと言われても、僕には分からない」
少年はうつむくルイゼルの顔を黙ってしばらく見つめていたが、やがて口を開いた。
「別に、難しいことを考えなくてもいいだろ。俺が今みたいに火を起こしてくれって頼んだときにやってくれよ。俺はそれで充分だ」
「君は……?」
「そういえば言ってなかったな。俺はキルシェ。大人になったら王様になるんだ」
キルシェと名乗った少年が笑った。ルイゼルが今まで話していたのは、いずれ仕えることになる未来の王だ。
今の王には、魔術師見習いとして迎えられた時に一度会っていたが、その息子に会うのは初めてだった。
「ごめん、僕、知らなくて……」
「いいよ。お前の名前は?」
「僕はルイゼル」
「ルイゼル、そろそろできそうだぜ」
キルシェが枝を一本持って、葉に包まれた果物を自分の方へ引き寄せた。あちち、と呟きながら、それを一つ、ルイゼルへ渡した。
「そのままでも美味いけど、火を通すともっと甘くなるんだ」
キルシェが自分の分をとり、葉を開けた。湯気が上る果物にかじりつく。
「うん、よく焼けてる。お前も食べてみろよ」
キルシェに言われ、ルイゼルも果物を包んでいた葉を開いた。茶色く、柔らかくなった果実が、甘い香りを放っていた。
熱を通した果物は、今まで食べたどんなものよりも甘く、腹の底から温かくなった。
「……おいしい」
自分の起こした火を使って、こんなにも美味しくなった――
その瞬間、ルイゼルの体はふっと軽くなり、もう少し、頑張ってみてもいいと思えてきた。
その後、彼は若くして、歴代の魔術師の中でも稀代の才能を持つ者と言われるようになる。
この日ティーナが訪れた部屋は、紺色の布に金糸で刺繍がされた上掛けが乗った寝台、同じく金糸の模様で彩られた白いクロスがかかったテーブル、精巧な彫り物がされた箱が並べられた棚が据えられた、まさしく貴族の部屋、とでも言うべきところだった。
「ふふ。そんなに緊張しないでください。すべてわたしの趣味で揃えただけのものですから」
どうぞ、とティーナをいざなってくれたのは、魔術師のルイゼルだ。
ここのところ、ティーナは彼と行動を共にすることが多い。彼は魔術師として、神鳥を目覚めさせる手掛かりを探す主要人物になっている。
魔術師は、かなり特殊な立場だ。魔術師になれるのは才能がある者のみだが、それを持って生まれる人間はかなり希少な存在だという。百年以上もの間、まったく生まれなかったこともあるようだ。今、魔術師はルイゼルの他にもう一人、彼の師である者がいるが、かなりの高齢で今は引退し穏やかな生活を送っている。
魔術師は幼い頃から城にあがって修行を積み、あらゆる物事に通ずる者として王に仕え、島の平和を維持する役割を持つ。
「さあ、おかけください」
ルイゼルが椅子を引いて、ティーナを座らせてくれた。ずっと調査ばかりでは気が滅入るからと、休憩に誘ってくれたのだ。
「お茶を淹れますね」
ルイゼルがポットとカップが乗った銀のお盆をとってきてテーブルの上に置き、水差しからポットに水を注いだ。
ぱちん、と彼が軽く指を鳴らすと、ポットの注ぎ口から湯気が上った。魔法で、一瞬にして湯を沸かしたのだ。
「すごい……」
「あまり楽をするために魔法を利用してはいけないのですけれどね。どうかこのことは秘密でお願いします」
ルイゼルはそう言って、人差し指を唇に当てて片目をつぶった。あまりに洗練された動きに、ティーナは思わず圧倒された。
ルイゼルはいつも堂々としていて隙がないが、決して嫌味がなく穏やかでとても親切だ。
彼が注いでくれた茶を飲むと、体が芯から温まった。
「美味しいです」
「良かった。ティーナ、疲れていませんか?」
向かいに座ったルイゼルの問いに、ティーナは首を振った。
「いいえ、わたしは大丈夫です。ルイゼルさんの方が大変でしょう?」
「お気になさらず。わたしは自分のするべきことをしているだけですから」
「するべきこと……」
自分のするべきことは何なのだろう。ティーナは考え込んだ。神鳥の魂の欠片として、何をどうすればいいのかまったく分からない。体の模様が教えてくれるわけでもない。もう一度神鳥の声を聞くことができないかと試してみたが、あれから自分を呼ぶ声は聞こえなかった。
体の模様を隠さなくても良くなったが、次は、神鳥を目覚めさせることができないまま、失望されてしまうのではないか、という不安がよぎってしまう。
「わたし、どうすればいいんでしょう……」
「最初から、自分のするべきことが分かっている人間は、ほんの一握りです。その一握りですら、ずっと同じ信念を持ち続けることはできません。必ず迷う時はあるし、逃げたくなる時だってあるものですよ」
わたしにもそういう時期がありましたから、とルイゼルは言った。
「ルイゼルさんも? ……とても堂々として見えるのに」
「いえいえ。だって好きで魔法の素質を持って生まれてきたわけではないですからね。修行も決して楽ではありませんでしたし、他の誰かと入れ替わることができたら良いのにと何度も思いましたよ」
昔を懐かしむように、ルイゼルは目を細めた。
「どうやって、辛いのを乗り越えたんですか?」
「わたし一人では無理でしたね。励ましてくれたのはキルシェです。お前はすごい魔術師になれる、ってね。彼、人をその気にさせるのが上手いですから」
「フローレも、ワートさんも、キルシェに出会って、戦士になったって言ってました」
「ええ。飄々として見えますが、人を見る目はあるんですよ」
ティーナも、キルシェの勧めでセシェルの世話係となってから、毎日がとても楽しく思えるようになった。
「きっと、キルシェはいい王様になりますね」
「わたしも、そう思います」
ルイゼルは頷いて、カップに口をつけた。彼は首飾りや腕輪など、日ごとにつける装身具を変えているが、必ず同じ指輪が一つ指にはめられている。濃い紫色の石が使われた指輪だ。
「気になりますか?」
ティーナの視線に気づき、ルイゼルが指輪を外した。
「ルイゼルさん、いつもそれをつけているような気がして……。お気に入りなんですか?」
「ええ。とても気に入っています。わたしが一番好きな色です」
窓から差し込む光を受けて、指輪が輝く。ルイゼルはそれを満足そうに眺め、もう一度指輪をはめた。
「そうだ、せっかくですから他のものもお見せしましょう」
ルイゼルは立ち上がり、部屋の棚から箱を一つ持ってきた。テーブルの上に置き、ティーナに見えるようにそれのふたを開けてくれた。
箱の中には、色とりどりの石や、様々な意匠がこらされた装身具がきれいに収まっていた。指輪は、両手すべての指にはめても余るほどの数がある。
「綺麗……。これ全部、ライラさんが作ったものですか?」
「ええ。美しいでしょう。この輝きたちも、わたしを支えてくれる大きな力です」
ルイゼルはとにかく綺麗なものを好み、生活費もほとんど、気に入った装身具にあてているとティーナは風の噂で聞いたことがあった。身だしなみにも気を使っており、特に朝は支度にかなり時間がかかるようだ。薄紫色の長髪の美しさは、その努力の賜物だろう。
「この島は、綺麗なものでいっぱいだと思います。海も、空も、緑も」
ティーナが切り出すと、ルイゼルは柔らかく微笑んだ。
「そうですね。わたしはこの島を出たことがありませんが、ここは世界で一番美しい場所だと胸を張って言えます」
「人の心も、優しくて綺麗です」
かつて虐げられ、ぼろぼろになっていたティーナの心は、ラッシュ、キルシェ、エレアス、セシェル――その他大勢の人々の温かさに触れて救われた。
「ふふ。わたしはティーナのことも、美しいと思っていますよ」
「えっ?」
自分のどこが美しいと言えるのだろう。見た目だってごくありふれた姿だし、自分のするべきことを見つけられず、迷ったままでいる。
「あなたは先ほど、わたしのことを心配してくださいました。あなたは他の人を素直に褒めることができて、美しいものを美しいと感じる心を持っています。それはとても大事なことですよ。それができる人は、とても美しいと思います」
体がむずむずするのをティーナは感じた。そんな風に褒めてもらったことなど今までない。
「ティーナ、自信をもってください。あなたは独りではありません。わたしたちがあなたを支えます」
多くの人々が、島のため、自分にできることを探して動いている。まだ、諦めるには早すぎる。
「ルイゼルさん、ありがとうございます」
その後、他愛もない話をして、ゆっくりと時間が過ぎていった。
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ルイゼルは、10歳で翼が生えたと同時に、魔術の才能を開花させた。
城へ迎えられ、将来、魔術師として王と島に仕えるための修行が始まった。
炎を起こし、風を動かし、水を操る。聞こえはいいが、それらの術を使いこなせるようになるまでの道のりは長い。怪我をすることもあり、師である魔術師からは何度も叱責された。歴代の魔術師が記してきた、山ほどの本も読まなければいけない。
どうして自分なのか、魔術師になりたくて生まれてきたわけではないのに。ルイゼルの心は折れかけていた。恵まれた才能であるはずなのに、それが疎ましくて仕方がなかった。
ある日、城の裏で、ルイゼルは魔術の練習をしていた。課せられた内容を早く習得しなければ、どんどん溜まっていく。
炎を起こし、一定の時間それを燃やし続ける、それがなかなかできなかった。どうしても、数秒で消えてしまう。
意識を集中させると、両手の間に炎が生まれる。しかしまた、定められた時間に届かず消えてしまった。
「すげぇ!」
突然聞こえた声に驚き、ルイゼルはその方を見た。自分と同じくらいの年の少年が、いつの間にかすぐ近くに立っていた。金色の目を輝かせて、炎があった場所を見つめている。
「お前、魔術師なのか。俺もやりたい、それ教えてくれよ! どうやるんだ?」
少年にぐいぐいと迫られて、ルイゼルは困惑した。
「えっと……できない、と思う」
「え? なんでだよ」
「才能がないと、これはできないんだ」
自分で言って、辛くなった。才能がもし自分でなく、目の前の少年のものだったなら、と考えてしまう。そうすれば自分は修行の日々から解放され、少年は望む力を手に入れられる。
「なんだ……できないのか……」
つまらないな、と少年は零した。
ルイゼルは少年から目をそらし、再び集中しようとした。できれば、諦めてどこかへ行って欲しかった。誰かと話している余裕などない。
しかし少年は懲りずに、ルイゼルの腕を掴んだ。
「じゃあさ、ちょっと手伝ってくれよ!」
「何を? 僕には遊んでいる暇なんてないんだ」
どこの子供か知らないが、能天気な様子はルイゼルを苛立たせた。
「お願いだ。手伝ってくれたらお前にも食べさせてやるから!」
食べさせるとはどういうことだろう?
少年が一歩も引く素振りを見せなかったため、ルイゼルは観念し、彼のあとについて行くことにした。
***
城の近くの森の中、開けた場所に、どさりと木の枝が積み上げられている。
「よし、頼む!」
少年に言われるがまま、ルイゼルは木の枝の山に手をかざした。枝に火がつき、ぱちぱちと音を立てて燃え始めた。
「おおー! あっという間だ」
小さな焚火ができたところで、少年が赤く丸い果物を二つと、大きな葉を取り出した。先ほど、二人で城の台所に忍び込み、とってきたものだ。葉は、ペルルという木からとれるもので、火にくべてもなかなか燃えないという性質のため、蒸し料理を作るために使われる。
少年が果物を葉で包み、火の中に放り込んだ。そして燃える焚火の傍らに胡坐をかいて座り、わくわくとした様子でそれを眺める。
どうやら少年は火を手早く起こしたかっただけのようだ。それなら自分の仕事はこれで終わりだろう、とルイゼルはその場を去ろうとしたが、また少年が話しかけてきた。
「お前、やっぱりすごいな」
「……別に、このぐらい大したことないよ」
普段の修行では、もっと高度なことを求められる。小さな火をただ起こすのは、ルイゼルにとっては基本中の基本だ。
「みんな、お前みたいにすぐ火をつけることはできないんだぞ。もっと自慢しろよ。俺はすごいんだぞって」
「僕は、すごい……?」
ルイゼルは今まで、そんな風に思ったことがなかった。有無を言わさず魔術師としての道を歩まされ、飛んでくるのは厳しい言葉ばかりで、自分に自信が持てなかった。師の足元にも及ばない。
「お前、すごい魔術師になるんだろうな。そんな気がするよ」
「……僕には、きっと無理だ」
修行に戻る気が失せてきて、ルイゼルも少年の隣に座り込んだ。
「魔術師になるとか、王様にお仕えするとか、そんなこと言われても、僕には分からない」
少年はうつむくルイゼルの顔を黙ってしばらく見つめていたが、やがて口を開いた。
「別に、難しいことを考えなくてもいいだろ。俺が今みたいに火を起こしてくれって頼んだときにやってくれよ。俺はそれで充分だ」
「君は……?」
「そういえば言ってなかったな。俺はキルシェ。大人になったら王様になるんだ」
キルシェと名乗った少年が笑った。ルイゼルが今まで話していたのは、いずれ仕えることになる未来の王だ。
今の王には、魔術師見習いとして迎えられた時に一度会っていたが、その息子に会うのは初めてだった。
「ごめん、僕、知らなくて……」
「いいよ。お前の名前は?」
「僕はルイゼル」
「ルイゼル、そろそろできそうだぜ」
キルシェが枝を一本持って、葉に包まれた果物を自分の方へ引き寄せた。あちち、と呟きながら、それを一つ、ルイゼルへ渡した。
「そのままでも美味いけど、火を通すともっと甘くなるんだ」
キルシェが自分の分をとり、葉を開けた。湯気が上る果物にかじりつく。
「うん、よく焼けてる。お前も食べてみろよ」
キルシェに言われ、ルイゼルも果物を包んでいた葉を開いた。茶色く、柔らかくなった果実が、甘い香りを放っていた。
熱を通した果物は、今まで食べたどんなものよりも甘く、腹の底から温かくなった。
「……おいしい」
自分の起こした火を使って、こんなにも美味しくなった――
その瞬間、ルイゼルの体はふっと軽くなり、もう少し、頑張ってみてもいいと思えてきた。
その後、彼は若くして、歴代の魔術師の中でも稀代の才能を持つ者と言われるようになる。
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