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それだけ
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武流が店を出た後に向かった先は百目鬼家だった。中に入れてもらえるかどうかわからない。でも、声を聞くだけでもいい。無事なのがわかればいい。商店街を通り軽い山道を通る。その先にある古びた神社の裏に続く道は百目鬼家の庭園の裏道に続いている。小夜とともに通った道だ。
武流は裏戸に着くなり、加減も知らずに扉を叩いた。
「開けてください…!小夜!」
扉は間も無く開いた。その先にいたのは佐藤だった。しかし、以前の姿ではない。顔は至る所が腫れ、あざができている。かろうじて両目とも開けれているようだが、瞼も腫れ、切れてしまっている。服の上には、肋骨が折れたのだろうか、バストバンドが巻かれている。その痛々しい姿は朔也の話の続きがどうなったのか物語っていた。
(親父の服の返り血は佐藤さんのだったのか…)
「早く入れ。」
「ありがとうございます。」
佐藤は周りの様子を伺いながら武流を中に入れた。
「なんで婚約者が裏から来てるんだよ。」
「何が起きたのかは大体わかってます。でも小夜の状態によっては会わせてもらえないと思って。どうしても、声だけでも聞きたいんです。」
「…わかった。と言いたいとこだが俺は案内できない。こんな形だからな…。お嬢が余計自分を責めちまう。」
「…佐藤さん、」
「部屋の場所は分かるか?」
「はい。」
「お嬢の状態は俺もわからない。慎重にな。」
「任せてください。」
武流が佐藤に見送られた後、近くの縁側から上がった。もう日は沈んでいるのにやけに明るい。満月ということもあるが照明のようなものが付けられている。小夜の部屋に近づけば近づくほど人の声が複数聞こえる。まるで小夜を逃さないようにしているようだった。小夜の部屋は暗かった。一瞬いないかと思ったが中から小夜の泣き声がした。その声に武流は我慢ならなくなった。佐藤からの忠告を無視し、小夜の部屋の襖を開けた。
そこには部屋の角でうずくまっている小夜がいた。小夜は涙で赤くした眼を丸くして武流を見ていた。
ー ー ー ー ー
旭との話が終わった後、小夜は自分の部屋に戻った。小夜は感情の処理が間に合っていなかった。朔也と会えなくなって朔也のことばかり考えていたのに、今は武流のことでも胸がいっぱいになる。喉につっかえたものが嗚咽となって出てくる。と同時に涙が溢れて止まらなかった。泣いて、泣いて、気づけば外は暗くなっていた。小夜は電気をつける気力さえもなくし、うずくまって泣くことしかできなかった。その途端、誰かが部屋の近くに来ていることがわかった。立ちあがろうとする暇もなく、その人物は襖を開けた。外の月光が明るすぎて顔がわからない。だがなぜだかその人がどうしようもなく朔也に見えてしまった。朔也が迎えに来てくれたのだと思いたかった。だが、その後すぐに小夜と優しく呼ぶ声に武流だと気づき、体に張った緊張感が一気に緩んだ。
武流は小夜の側にすぐに駆けつけると脱力しきった小夜を見つめた。
「どうして武流がここにいるの?」
「いちゃ悪いかよ。」
「…今私酷い顔してる。」
「別にどうでもいい。」
武流は小夜の布団にあった軽い毛布を持ってくるとそっと小夜の肩にかけた。小夜は余計それに涙が出てしまい、何も言うことができなかった。
「何があったか大体わかってる。辛かったな。」
「違うの。」
「え?」
「さっき旭さんと話してたの。武流のこと話してたの。学校の張り紙のことも全部聞いた。」
「…ごめん。俺、守り切れなくて。」
「そうじゃなくて…そうじゃないの…。私、何も知らなくて。本当にごめんなさいっ、武流はこんなに優しいのに、ずっと前から…」
小夜は号泣した。どんなふうに見えているかなんて考える余裕もなく号泣した。
「小夜。もう俺のこと、」
『俺のこと好きになれよ。』。いかにも少女漫画で当て馬がいいそうなセリフじゃないか。しかし、小夜はそれすらも武流に言わせなかった。武流が言い切る前に武流の胸に手を押し当てた。
「わかってる。私が武流を好きになれば丸く収まるの。みんなも喜ぶし、傷つくのは私と朔也くんだけ。武流の優しさに惹かれてる自分がいるのも事実なの…。でも、それでも…」
小夜は武流がかけてくれた毛布を握りしめながら心の叫びを言った。
「朔也くんが、好きなの…宇津井 朔也が好きなの…。それだけなの…」
「…。」
「会いたいよ、朔也くん…。会いたいよ、」
再び号泣し始める小夜に武流がしてあげられることはなかった。抱きしめることも、指一本触れることもできなかった。それは、その行動は自分ではなく違う男に求められていることがわかっていたからだ。
小夜の喉が潰れそうなほどの号泣は満月の夜が容赦なく飲み込み、武流以外の誰かに届くことはなかった。
武流は裏戸に着くなり、加減も知らずに扉を叩いた。
「開けてください…!小夜!」
扉は間も無く開いた。その先にいたのは佐藤だった。しかし、以前の姿ではない。顔は至る所が腫れ、あざができている。かろうじて両目とも開けれているようだが、瞼も腫れ、切れてしまっている。服の上には、肋骨が折れたのだろうか、バストバンドが巻かれている。その痛々しい姿は朔也の話の続きがどうなったのか物語っていた。
(親父の服の返り血は佐藤さんのだったのか…)
「早く入れ。」
「ありがとうございます。」
佐藤は周りの様子を伺いながら武流を中に入れた。
「なんで婚約者が裏から来てるんだよ。」
「何が起きたのかは大体わかってます。でも小夜の状態によっては会わせてもらえないと思って。どうしても、声だけでも聞きたいんです。」
「…わかった。と言いたいとこだが俺は案内できない。こんな形だからな…。お嬢が余計自分を責めちまう。」
「…佐藤さん、」
「部屋の場所は分かるか?」
「はい。」
「お嬢の状態は俺もわからない。慎重にな。」
「任せてください。」
武流が佐藤に見送られた後、近くの縁側から上がった。もう日は沈んでいるのにやけに明るい。満月ということもあるが照明のようなものが付けられている。小夜の部屋に近づけば近づくほど人の声が複数聞こえる。まるで小夜を逃さないようにしているようだった。小夜の部屋は暗かった。一瞬いないかと思ったが中から小夜の泣き声がした。その声に武流は我慢ならなくなった。佐藤からの忠告を無視し、小夜の部屋の襖を開けた。
そこには部屋の角でうずくまっている小夜がいた。小夜は涙で赤くした眼を丸くして武流を見ていた。
ー ー ー ー ー
旭との話が終わった後、小夜は自分の部屋に戻った。小夜は感情の処理が間に合っていなかった。朔也と会えなくなって朔也のことばかり考えていたのに、今は武流のことでも胸がいっぱいになる。喉につっかえたものが嗚咽となって出てくる。と同時に涙が溢れて止まらなかった。泣いて、泣いて、気づけば外は暗くなっていた。小夜は電気をつける気力さえもなくし、うずくまって泣くことしかできなかった。その途端、誰かが部屋の近くに来ていることがわかった。立ちあがろうとする暇もなく、その人物は襖を開けた。外の月光が明るすぎて顔がわからない。だがなぜだかその人がどうしようもなく朔也に見えてしまった。朔也が迎えに来てくれたのだと思いたかった。だが、その後すぐに小夜と優しく呼ぶ声に武流だと気づき、体に張った緊張感が一気に緩んだ。
武流は小夜の側にすぐに駆けつけると脱力しきった小夜を見つめた。
「どうして武流がここにいるの?」
「いちゃ悪いかよ。」
「…今私酷い顔してる。」
「別にどうでもいい。」
武流は小夜の布団にあった軽い毛布を持ってくるとそっと小夜の肩にかけた。小夜は余計それに涙が出てしまい、何も言うことができなかった。
「何があったか大体わかってる。辛かったな。」
「違うの。」
「え?」
「さっき旭さんと話してたの。武流のこと話してたの。学校の張り紙のことも全部聞いた。」
「…ごめん。俺、守り切れなくて。」
「そうじゃなくて…そうじゃないの…。私、何も知らなくて。本当にごめんなさいっ、武流はこんなに優しいのに、ずっと前から…」
小夜は号泣した。どんなふうに見えているかなんて考える余裕もなく号泣した。
「小夜。もう俺のこと、」
『俺のこと好きになれよ。』。いかにも少女漫画で当て馬がいいそうなセリフじゃないか。しかし、小夜はそれすらも武流に言わせなかった。武流が言い切る前に武流の胸に手を押し当てた。
「わかってる。私が武流を好きになれば丸く収まるの。みんなも喜ぶし、傷つくのは私と朔也くんだけ。武流の優しさに惹かれてる自分がいるのも事実なの…。でも、それでも…」
小夜は武流がかけてくれた毛布を握りしめながら心の叫びを言った。
「朔也くんが、好きなの…宇津井 朔也が好きなの…。それだけなの…」
「…。」
「会いたいよ、朔也くん…。会いたいよ、」
再び号泣し始める小夜に武流がしてあげられることはなかった。抱きしめることも、指一本触れることもできなかった。それは、その行動は自分ではなく違う男に求められていることがわかっていたからだ。
小夜の喉が潰れそうなほどの号泣は満月の夜が容赦なく飲み込み、武流以外の誰かに届くことはなかった。
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