【完】クレオメの時間〜花屋と極道〜

ムラサキ

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小夜の友人

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 その日から小夜の生活は変わった。家事は相変わらずやるようになったが、流石に司波がいないのは厳しく、台所の男人禁制は取り消し、若手たちの飯炊きを当番制に構成し、小夜が中心となって回すようになっていた。そして空いている時間は全て武流との勉強に費やした。自己学習をしていた分もあり、小夜の飲み込みは武流の予想より早かった。だが、今までやっていなかった課題などをやるのには相当な時間を要した。しかし、それは小夜にとって好都合だった。司波の死も、旭に託された責務も、朔也に会うことのできない苦しさも忘れることができたからである。それでも小夜は時折、夜になると誰にも気づかれないような小さな声ですすり泣いていた。武流はそのことにすぐに気づいたが、あえて慰めに行くことはしなかった。それは意味がないと身をもって体験していたからであった。武流にとって、あの日感じた無力感は一種のトラウマとなっていた。
 あれから数日が経ち、小夜の遅れた分も半分は取り返せていた。

「小夜。」
「ん?」
「今から出かけないか?」
「どこに?」
「行けば分かる。」

 武流に連れられて向かった先は、いつかに訪れたカフェだった。絢香と最後に話をしたところだ。相変わらずのレトロで落ち着いた雰囲気は安心感をくれる。二人が中に入ると店員はすぐに小夜に気づいた。

「あー、いらっしゃい。絢香ちゃんと一緒に来てた子ね?」
「はい。」
「お前ここ知ってんのか?」
「まあね。」

店員に案内され、二人は席に着いた。メニューを渡され二人で眺める。

「私は…あ、カフェモカにしようかな…」
「じゃあ、俺はココアで。」
「え?」
「なんだよ。」
「意外。コーヒーじゃないんだ。」
「男が全員コーヒーが飲めると思うなよ。」
「シツレイシマシタ。」
「なんだそれ。」

 二人の間にあったわだかまりは既に消えかかっていた。武流が二人分の注文を終えると、小夜は武流に聞いた。

「どうしてここ知ってるの?」
「総裁がな。昔司波さんとよく来ていたらしい。」
「へ~。そんな前からあるのね、ここ。」

二人が話していると、店のドアのベルが鳴った。

「お、来たな。」
「ん?」

武流がドアの方に目を向けると小夜は振り返ってその客人を見た。

「小夜!」
「香ちゃん!!…紬も!」

香と紬は小夜の元に一直線で駆け寄り、勢いよく抱きしめた。紬も旭の件もあって大変だったのだろう。小夜に抱きついて安心したのか涙を流していた。小夜も香の力強さに負けないほど強く二人を抱きしめた。
 その後、四人は小夜の欠席の理由や旭の桐ヶ谷組についての計画、百目鬼組のこれからについて話した。そして、話は朔也のことに変わった。その途端に武流は席を立ち、店の外に出た。それは小夜への配慮だった。本音で友人と話す時間も必要だと判断したのだ。

「話は大体分かった。今朔也さんはどうしてるんだ?」

この時、小夜は本当のことを言おうと思ったが今度佐藤の行動がバレたら命すら危うい。香や紬を信用していない訳ではなかったが、知っている人間は少ない方がいいと思い、本当のことは閉ざした。

「…わからない。旭さんが迎えに来てから一切話してないの。」
「そっか…」
「紬はあの後大丈夫だった?」
「…うん。ただ誠くん、冷静に見せてるけどすごく動揺してて。旭さん、亡くなる前に誠くんの会社と桐ヶ谷組の契約その他諸々の間けを全て切ったらしくて。きっと組と関わらせないようにしたんじゃないかな。現に誠くんは組とは関わらない状態で経営を回してる。那月さんも今は誠くんのところにいるんだ。」
「そうなんだ…旭さん、すごく考えてたんだね。」
「でも実質、誠くんは旭さんと親子関係があるでしょ?旭さんが相手にした人も相手にした人だから…。その、百目鬼組のような大きなバックがないと…不安っていうか…」

その先の言葉に紬は小夜に対してためらいを見せた。代わりに口を開いたのは香りだった。

「その先は私が言う。小夜。こんなこと言うのは応援しといて無責任だって分かってる。だけど私たちにも百目鬼を頼りにしてる家族がいる。だからそのために言わせてほしい。朔也さんのことは忘れてくれ。武流と結婚してほしい。」
「香ちゃん…」
「…ごめんなさい。小夜ちゃん。私も、同じ意見です…」
「紬まで…」

その後、急に何かを折れる音がした。音が出たのは香の手元からだった。小夜は不審に思い、すぐにその手元を見ようとしたがその間に香が素早く何かを隠した。

「今の何?」
「なんでもない。」
「いや、でも」
「そんなことより!」

香は小夜の肩を掴んだ。

「小夜は、あんたはどうしたいの?」
「え…」

香は今までの顔つきとどこか違って見えた。紬も小夜を真っ直ぐ見ている。

「私は…私は、」
「うん…」
「わからないの…」

香と紬は弱々しい小夜の声に黙った。

「朔也くんのことが好きで好きで堪らなくて…。代わりになる人なんていなくて…。ずっとそばにいたいのに、いたかったのに。旭さんに見つかってからいろんな人と話して、私一人の恋愛感情で多くの人を巻き込むって分かった。そしたら、なんだか悪いことしてるような気になって…。旭さんも、司波さんも亡くなった。佐藤だって痛い目にあって。お祖父様とお父様にも悲しい思いさせて。優しかった武流のことも変えてしまった。もう、何が何だかわからないよ…」

下を向いた小夜を紬は優しく包んだ。

「小夜ちゃん、武流くんのことはどう思ってるの?」
「…それもわからないの。でも今までの友達以上の感情があるのも本当で…。だけどそれは朔也くんに勝るものでもなくて…」
「当たり前だよ。」

小夜は香の声に顔を上げた。香は優しく小夜に微笑んでいた。

「武流が小夜にやってきたことは本当に小夜のことを思ってると思う。それに惹かれるのは当たり前だよ。でもそれを越えて朔也さんを好きなんだろ?それだけは本当なんだろ?」
「うん。絶対に譲れないの。」
「だったら小夜ちゃんはその気持ちを信じ続ければいいよ。」
「紬…」
「何もわからないんだったらそれだけを信じて。そしたら自ずと正しい選択が見えてくるはずだよ。」
「でも、そしたらみんなが…」
「それもその人生だよ。な?紬!」
「うん!香ちゃん!」

香は小夜の向かいにある席を立ち、小夜と紬を覆うように抱きしめた。

「何があっても私たちは友達だ。楽しいことも嫌なことも唯一共有できる仲間なんだから。どんなことになっても、どこに行っても絶対味方だ!」
「そうだそうだ~!」
「二人とも…。大好きだよ~!」
「も~、泣くなよ~。」

二人の温かさに小夜は涙を流してしまった。つられるように紬も涙を流し、香もそのうち笑いながら涙を流していた。

「香ちゃんも泣いてるじゃーん!」
「笑い泣きだ!この!」
「「痛い痛い!」」

三人はキツく固く抱擁しあった。それはどこに探しても見つからない、友人の温もりだった。

ーーー店の外ーー

 香と紬は午後に予定があると言い、武流を呼ぶついでに店を出た。香は店を出るついでに外にいる武流に近づく。そして武流に拳を突き出した。その中に入っていたのは盗聴器だった。

「ごめん。踏んだら壊れた。」
「どうだか。」

武流はイヤホンを耳から取りながら壊れた盗聴器を受け取った。

「言うことは言ったぞ。武流も男ならこんなことしないで勝負しろよ。」
「俺だって真っ当に勝負したんですよ?でも一個も振り向いてもらえないんですよね。」

武流はまるで旭のように飄々とした態度だった。

「だとしても今のお前より、前のお前の方が可能性あると思うぞ。」
「だから無駄だったんだって…」
「そうでもないと思うけどな…」

香は武流にあしらうように手を振ると紬を連れてその場を去った。

「じゃあ、どうしろって言うんだよ…」

武流は手にある盗聴器を眺め、握りしめた。
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