【完】クレオメの時間〜花屋と極道〜

ムラサキ

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夢の中

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 仮面舞踏会後。深夜。百目鬼組本部では重松を含む最高幹部と武流が会議室で集まっていた。最高幹部の数名は机を囲って難しい顔をしている。その少し離れたところで武流は床に腰をついて項垂れていた。

「失礼します。総裁の居場所がわかりました。」

一人の組員が部屋に入ってくる。

「同行していた者によると、西部の会社に顔出しに行っていたそうですがその道中で胸痛を訴え、今は宮月の方で野上先生が診ているそうです。」
「野上か……。性病患者ばっか見てるような奴にわかる病気なのかね。」
「おい。やめろ。唯一残った医者のパイプだぞ。…その同行人に緊急の連絡は早めにするように注意しとけよ。わかったら下がれ。」
「はい。」

組員が立ち去ると、一人の男がタバコの灰を灰皿に落とした。

「重松さん。いよいよ組の存続危機ですよ。若頭はサツにいるわ、総裁は体が持たないわ、お嬢ちゃんは野郎と駆け落ちするわ。……それに加えて警察に人探しを依頼だ?ふざけてんのか…」

その男はそういうと白い目で武流を見て、嫌味のように大袈裟に煙を吐いた。

「元々、組員の減少や質の低下が問題だった。今だって連絡一つ満足にできてない。それで、だ。夏夜ちゃんの事件で組全体のイメージ低下。地域と細くできてた糸も切れた。請持ちの会社も株が暴落ですよ。……跡取り問題もありますしね。」
「跡取りは武流だ。旭と清兵衛さんとの男の約束がある。」
「重松さん、あんた本気で言ってます?シャバの集まりにチャカ見せびらかす人間が組の頭…?笑わせんじゃねぇよ。悪いが俺はこんな小僧の下につく気はねぇ。まだ婿入りして百目鬼の血筋に入ってるなら百歩譲って納得できるが、お嬢ちゃんがいなけりゃただの部外者だ。旭には申し訳ないが、元々あいつの尻拭いだろ。俺らには関係ねぇ。」

重松はその男が話を終わらせる前に、机を拳で叩いた。一気に緊張感が走る。先ほどまで饒舌に話していた男は冷や汗をかきながら眉間に皺を寄せた。重松は低い声で話をし始めた。

「舞踏会場の発砲音に関してだが、屋敷の所有者から連絡があってな。清兵衛さんと古い仲だったからと言って、ことを荒立てずに済ませてくれるらしい。元々、目撃者も少ないらしいからな。流石に顔が立たねぇから口止め料はこちらで持つことになった。」

先ほどの男とは違う男が口を開ける。

「よかったな。武流。今回はラッキーだ。…ったく、この前ダルマでチャカ使わせたら調子に乗りやがって…。」  ※ダルマ…遺体
「ダルマ?どこのダルマだ?」
「おう。この前の横流し野郎のだ。武流連れて、チャカの練習させた後にドラム缶詰にして沈めるところまでやらせたんだ。まぁ、社会科見学だな。」
「もうそこまでやらせたのかよ。」
「なんだ?元々、結婚したらすぐに跡継ぐ予定だったろ。若頭も夏夜ちゃんのことばっかで現場に出てないしな。総裁もそのつもりだろ。もう女の市場にも出たし、それからシマ荒らす野郎の事務所にも乗り込ませたな。あの時は少し危なかったが、さすが旭の息子だよ。腕っぷしは上物だ。」

笑いながら話をする男に対してピクリともせず項垂れる武流を重松は横目で見つめていた。眉間に皺を寄せた男は唐突に立ち上がる。

「それも、もう無駄かもしれないな。…俺は次の総裁が重松さんにならないなら脱会させてもらう。」

吐き捨てるように言った男が部屋から立ち去ると、重松は口を開いた。

「とりあえず俺は清兵衛さんのところに行ってくる。具合を見ながら現状の報告と組のこれからについて聞いてこよう。…まずそうなら俺が代理で指揮をする。清兵衛さんはかなりの癇癪持ちだからな。今、ポックリ行かれても困る。」

その途端、廊下を走る足音が近づいてきた。組員は青ざめた顔して部屋に入る。

「おい。何事だ。」
「佐藤がっ!!!」

その場にいた全員が目を見開いた。

ーーーーーー

 水野が去った後、朔也が中に戻ると小夜がこちらを見ていた。一晩中泣いていたからか目の下が赤くなっている。

「朔也くん…。」
「安心しろ。ひとまず安全だ。」
「…でも早く国外に出ないと。」
「小夜。話がある。」
「…何?」

朔也の真剣な顔に一気に不安を浮かばせる小夜を見て、勢いよく抱き寄せた。

「朔也くん…?どうしたの…?」
「いや。何でもない………。話の前に風呂に入ろ。もう風呂も沸いただろ。」
「…朔也くん先入っていいよ。運転で疲れてるだろうし。」
「いや…小夜が先に入れ。…俺は後でもいい…。」

二人に気まずい沈黙が走る。お互い言いたいことは同じなのだろうが、今更になって言葉が詰まる。二人はゆっくりと目を合わせた。お互いにほんのり顔が赤い。口を開いたのは朔也だった。

「一緒に入るか…?」
「…うん。入りたい…かも。」

先ほどまで殺伐とした空気の中にいたとは思えないほど、二人の間に甘い時間が流れる。朔也は小夜の手を取ると黙って風呂へ向かった。恥ずかしさの中、二人は服を脱ぐ。今まで何度も見た姿なのに初めてというだけでいつもと違う。二人はお互いを洗い合った。まずは小夜が朔也をの髪を洗う。最初は緊張してたものの、お互いに笑みが溢れ始めると緊張も解けていった。

「わしゃわしゃ…」
「なんか言ったか?」
「ん?朔也くんの癖っ毛、濡れるとわしゃわしゃになるなって。」
「小夜は違うのか?」
「私のはストレートかけたみたいになるの。」
「そういえば髪長くなったな。」
「うん。伸ばしてるの…。大人っぽいでしょ?」
「何だそれ。子供か。」
「もう、うるさい。はい、目瞑って口閉じて。シャンプー入るよ。」

二人は久しぶりに和やかな雰囲気を感じていた。朔也が洗い終わり、次は小夜の髪を洗い始めた。

「頭ちっせいなぁ~。」 
「そういう朔也くんも小顔だけどね。」
「俺は誰かと違って背が高いから。」
「私、女の子の方では高い方なんだよ!?百六十は余裕であるんだから。」
「はいはい。前も聞いた。それでも俺よりはチビだろ。」
「も~。……ちょっと!人の頭で遊ばないで!!」
「髪、なが~。ソフトクリームできたぞ。」
「ちょっと!真面目に洗ってよ~。」

小夜は朔也のおふざけに笑ったあと、いつの日かを思い出していた。

「…小さい頃ね、お母さんによく頭洗ってもらってたの。ある時ね、お母さんとお父さんがインフルにかかってどっちも寝込んじゃって。その時に頭を洗ってくれたのは佐藤だったの。今思うとすごく戸惑いながらやってたんだと思う。痛いとか、違うとか、お母さんがいいとか泣きじゃくってる子供相手だよ?佐藤も昔から男のことしかやってこなかったって感じだったから、すごく大変だったんだよね。そしたら急に、今の朔也くんみたいに私の髪の毛で遊び始めて。佐藤なりにあやそうとしたんだと思う。」

小夜は思い出し笑いをしながら話していた。朔也は優しい手つきで小夜の髪の毛に触れながら話を聞いていた。

「その後すぐに当時、おじいちゃんがいた家で板前さん?お手伝いさん?をやってた司波さんって人が来てくれて。風呂場見て、びっくりして佐藤と交代して…。頭洗ってくれてたなぁ。でも、結局イヤイヤって言ってた。」
「わがままだな。」
「ほんとだよね。お母さん大好きっ子だったし、単純にイヤイヤ期だったんだと思う…。その後にね、三人で司波さんの作った鍋を食べたの。あの暖かさは一生忘れない。」
「…愛されてたんだな…。そろそろ流すぞ。」
「うん。」

朔也は泡立った小夜の頭をシャワーで流した。流し終えると、朔也はトリートメントを手に取り、再び小夜の髪の毛に触れる。しかし小夜は顔についたお湯を拭う仕草をしたまま、黙ってしまった。

「どうした?目に入ったか?」
「……もう、二人ともいないの。」
「…小夜。」
「私のせいで…。」
「小夜。」

朔也はその手で小夜を後ろからそっと抱きしめた。小夜が泣きながら震えてくるのが直接伝わってくる。

「俺がいるから。俺がそばにいるから。」

朔也は顔を覆った小夜の手を取り、優しい口付けをした。

「寂しくなるなら、辛くなるなら、今は忘れろ。俺だけ見てればいいから。」

朔也はもう一度口付けをしながら、小夜の素肌を撫でる。トリートメントでいつも以上に滑らかにすべる。そのくすぐったさと朔也の口付けの甘さに小夜の体は熱くなった。小夜の頬に伝った涙が朔也に移る。まるで悲しみを半分預けるように。小夜は寂しさを消すように朔也を求めた。二人はのぼせ上がる寸前までに互いを熱くした。
 その後は小夜が水野に用意してもらった食材で料理を作り、二人で食べた。同じ時間を過ごしていることに二人は嬉しくて噛み締めていた。お互い以外のことは忘れていた。いや、思い浮かんでも消した。今、この瞬間、目の前に夢見た時間が流れていたから。その夜、二人は同じ一つのベットで体を寄り添わせていた。

「朔也くんと夜一緒に入れるの、初めてだね。」
「意外にな。今思うと、小夜のお爺さんが許してくれなかったんだもんな。」
「…ねぇ。朔也くんは、私と今こうしてて後悔してない?」

朔也は小夜の不安そうな顔に、穏やかな笑顔浮かばせながら溜息をつくと、長く強い口付けをした。

「んっ…………っ…ん~~~~!」
「バカなこと聞くなよ。こうしてるだけで幸せすぎだよ。人生で一番幸せ。」
「…私も。」
「一週間前のこの時間帯はお前を待ちながら駅で一人で空見てたのに…。不思議だ。」
「え?……もしかして毎日行ってたの?ずっと待ってたの?」
「まあな…。お前に会えなくなった日の夜から、ずっと。でもそこで何とか気持ち落ち着かせてた。あの時間なかったら色々と限界きてたからな。」

少し辛そうな顔をして天井を見上げる朔也の頬に、小夜は手を伸ばした。そして体を擦り寄せ、抱きしめる。

「ごめんなさい。バカなこと聞いた。……朔也くん、武流の言ってたことだけど、」
「聞きたくない。俺は今ここにいる小夜を信じてる。俺以外の奴との時間なんてどうでもいい。」

朔也は擦り寄ってきた小夜を抱きしめ返すと、口付けをし、それからお互いに熱い体を二人だけの夜に溶かしていった。
 そんな日々が続いていた。二人にとっては夢の中そのものだった。熱い夜を繰り返し、それでも小夜が涙に濡れる夜は朔也の温かさに包まれ、優しい夜も繰り返した。時間の流れも、百目鬼のことも、警察のことも、何もかもを忘れた。二人の奥底にある、この日々は長くは続かない泡沫の時間だと気づいているのも、忘れた。朔也は小夜が、小夜は朔也がいればそれで良かった。それだけあれば生きていける気がした。
 そして時間は無常に過ぎ、二週間が経とうとしていた。
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