【完】クレオメの時間〜花屋と極道〜

ムラサキ

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 数日後。清兵衛の容態については重松の口からも直接聞いてた。しかし、見舞いの誘いには返事をしていなかった。今の小夜にとってはもはや清兵衛のことなど心底どうでも良かった。恨みも恐怖もない。家族的な感情もない。その代わり、ICUには毎日通い続けた。目覚めない佐藤にたくさん声をかけていた。
 小夜の退院も目前になり、家に帰らなければいけないことに息を詰まらせていた。今日も小夜は佐藤の元を訪れる。

「佐藤~。来たよ。今日はもうカウンセラーの先生が帰ったから早めに来ちゃった。」
「………。」
「私、明後日には退院しちゃうから、来るの遅くなるけど不安にならないでね。」
「………。」
「…お祖父様のところに行かないとなんだよね…。見舞い、行った方がいいんだよね。わかってるんだけど、」
「………。」
「……佐藤も司波さんもいない。あんなところに戻ったって辛いだけじゃん。」
「………。」
「ねぇ、佐藤。早く起きてよ…。」

小夜はついに我慢していた涙が溢れ出た。佐藤の手を握り、目を瞑った。その途端、佐藤の手が小夜を握り返した。小夜は目を見開いて驚き、佐藤の顔をのぞいた。佐藤の瞼がゆっくりと開く。そして小夜の頬に流れる涙を佐藤の瞳が捉えた。佐藤は酸素マスク越しに笑みを溢した。

「やっぱ、お嬢はまだ子供ですね…。」
「佐藤!!…看護師さん!!佐藤が起きました!!先生…!」

小夜は佐藤が目を覚ますとすぐに医師と看護師を呼び、佐藤が検査をしている間にあの組員に本部にすぐ連絡をするように伝えた。すぐにある程度の検査を終えると、佐藤は酸素マスクを外し、上体を起こしていいほどになっていた。

「まだ骨折は治ってませんし、意識も不安定です。あまり無理しないようにしてください。百目鬼さんもあまりストレスをかけないようにしてあげてくださいね。」
「はい。本当にありがとうございます。」
「仕事ですから。それではごゆっくり。」

医師がベッドのカーテンを引いて、久しぶりに小夜は佐藤と二人きりになった。

「佐藤……。良かった~~……。」

佐藤は小夜の大きな安堵感に微笑むとすぐに表情を暗くした。

「…お嬢がここにいるってことは、宇津井は……」
「生きてはいるよ。でも…」

小夜は佐藤と別れてからのことを全て話し、組のことや清兵衛、成亮のことも話した。

「そうですか…。もう全部めちゃくちゃなんですね。…で、お嬢は何を悩んでいたんですか?」
「え?」
「寝たきりでも、うっすら音は聞こえてました。何か悩んでるんじゃないんですか?」
「……お祖父様のことで。重松さんに見舞いに行くように言われたんだけど、もう正直行かなくてもいいかなって。」
「…そうですか。」
「佐藤だったら行く?」
「…俺は、親すらも顔をほとんど覚えてない。そういうのに何かアドバイスみたいなのを求められても、なんとも…。」
「そっか……。ごめんなさい。」
「…でも、こんな俺でも、もし今から親の見舞いに行くかって聞かれたらちょっと悩みます。会っておいた方がいいかなぁ、みたいなのは思いますよ。その点、お嬢の場合は関係は悪かったけど、毎日顔は合わせてて、ちょっと前には一緒に談笑もしていたわけで。こんなことになって顔を合わせるのが億劫になるのもわかりますが、やっぱり生きてる間に会っておいた方がいいと思います。会える時に会ってあげてください。」

佐藤の言葉に小夜の煮え切らない気持ちが決まった。

ーーー百目鬼家ーーー

「出てけ!この野郎ーーー!!!」

 翌々日。小夜は百目鬼家へ帰ると意を決して重松の同行の元で清兵衛の寝間に訪れていた。が、清兵衛は小夜の顔を見るなり、ガラスのコップを床に叩きつけ、怒声を上げた。組員の一人は暴れる清兵衛を押さえつけ、他二人は飛び散った破片を拾い上げている。小夜はその光景をなんの感情もなく、見ていた。怒りも悲しみもない、まるで道端に転がる空き缶を見るような目で清兵衛を見つめていた。

「このっ……離せ!!…クソガキが…。小夜、なんだその目は…?あぁ!!?」
「………。」
「清兵衛さん、せっかくお嬢さんが勇気を出して会いに来たんだ。もっと寛容に…」
「シゲは黙ってろ!!」

小夜はくだらないとため息を吐くと、部屋を出てってしまった。

「待て!!…おい!!」
「清兵衛さん。あんなんじゃ話もできねぇや。お嬢さんに会いたいって言ったのは清兵衛さん自身だろ?組のこれからのこと話すんじゃねぇのか…?」
「シゲなんかに説教なんかされたくねぇ…。」
「はぁ…。なんでこぞってここの親たちは不器用なのかね…。」

 その日から小夜は学校に行った。出席数がギリギリだったが、なんとか卒業はできそうだった。クラスメイトは小夜のことに少しざわついていたが、受験モードということもあり、比較的事件以前となんら変わらなかった。変わったのは校内よりも校外だった。小夜が出歩けばマスコミが波のように押し寄せた。そのために車通学になったが、それでも隙を見ては小夜の前に立ちはだかった。小夜を守ったのは数名の組員と、武流だった。しかし、武流はマスコミを追い払うだけで、小夜と会話することはなかった。校内はもちろん、通学中の車内でも口を開かなかった。むしろ、避けているような素振りを見せることもあった。武流を置いて離れることを選んだこと、警察署で何も言わなかったことに腹を立てているのだろうと小夜は思った。極めつきは小夜の首にかかるネックレス。小夜は退院してからすぐに朔也からもらった指輪をネックレスにして身につけた。それは抵抗心からくるささやかな意思表示だった。家の中で武流とすれ違った時、小夜の首にあるネックレスを掃き溜めを見るような目で見ていたのを小夜は気づいていた。それで良かった。今更、武流の元に行く気もない。武流にしてもらったことも感謝も何もかも精算されてしまっていた。あの日、朔也に銃口を向けたことを小夜は静かに怒っていた。
 ある日、学校帰りに小夜は刑務所に来ていた。待ちに待った面会時間だった。

ーーーーーー

 朔也は刑務所の共同室の隅で静かに座っていた。小さな窓から昼の日が照り込み、柵の影を畳に落としている。

「なぁ……なぁってば。兄ちゃんよ。あんた何したんだよ。誘拐ってまじか?」
「百目鬼組のお嬢さんと駆け落ちなんて度胸あるよなぁ…。やっぱ美人なんか…。」
「お兄さん、顔いいから女に困ってなかったろ。誘惑されたんだべ?違うか?」
「………。」
「ちっ、無視かよ。つまんねーなー。」

一人の受刑者が朔也の膝に唾を吐き捨てる。しかし、朔也は一貫して何も反応しなかった。

「こら!そこ!私語厳禁だぞ!!」

女性刑務官が一喝すると朔也を取り巻いていた男たちは自らのスペースに戻って行った。女性刑務官は朔也を見て言葉を続けた。

「三百四十番。面会人だ。」

朔也はその言葉を聞き、立ち上がる。女性刑務官に連れられ、面会室に向かった。
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