【完】クレオメの時間〜花屋と極道〜

ムラサキ

文字の大きさ
1 / 87

極道の娘

しおりを挟む

ー「誰しもが誰しもに愛し、愛される可能性を持っている。どんな家に生まれようと、どんな生い立ちがあろうと、一度出会ってしまい、通じ合ってしまえば、そこから二人の時間が始まるのだ。」ー

ーーーーーー

 高校一年、十六の百目鬼ももめき小夜さよの一日は朝の四時から始まる。冬の寒さに耐えながら顔を洗い、制服に着替え、厨房に入る。和風な厨房にはすでに着物の上に割烹着かっぽうぎを着た老婆が朝食作りに勤しんでいる。

「お嬢様、おはようございます。」
「司波さん。おはよう。」

司波とはこの家の唯一の板前である。歳は七六。真っ白な白髪を紅色のかんざしでまとめている姿は貫禄を感じさせる。
 小夜は味噌汁を作る司波の横にいき、切りかけであった法蓮草に手を付ける。次にボウルを用意し、片手で卵を人数分割っていく。次に砂糖、醤油、だし汁を入れかき混ぜる。

「お嬢様の腕前はもう私以上ですな~。」
「そんなことないよ。司波さんの卵焼きには敵わないもん。もっと練習しなくちゃね!」
「お褒めの言葉、痛み入ります。」

笑い合いながら料理をする二人はさながら祖母と孫のようである。
 朝食の準備ができた。男三十四人分、女二人分の御膳に盛り付けていく。

「お嬢、司波さん。おはようございます。」「「「「「おはようございます!」」」」」

いそいそとしていた二人に話しかけたのは起きたばかりの男達だった。新入りの一人は一段と威勢が良い。

「おはよう。みんな。出来てる分の御膳はとっても良いから。」
「「「「「ありがとうございます!」」」」」

次々に出来ていく御膳を一人一人が取って大広間に持っていく。そんな中、先程の威勢の良かった新入りは順番を待ちきれず、姿勢を低くして厨房の中に入っていった。そして、手をそっと卵焼きの方に伸ばした。

(あと、もうちょい…)

その瞬間、新入りの伸ばした中指と人差し指の間に鋭い音と共に料理用の包丁が机に刺さった。

「男が厨房に入ってんじゃないよ。」

先程とは打って変わった司波のドスの効いた声に一同は静まり返り、新入りは恐ろしさで腰が抜けていた。司波の目は決して老婆の目では無い。本気の殺意を感じさせる圧迫感がある。
 緊張が張り詰めていた空気に割って入ったのは鋭い目に癖っ毛を雑にかきあげたような髪型の高身長男だった。

「司波さん。許してやってください。あとできつく叱っておきますんで。」
「佐藤さんね、若い衆をまとめるのも大変かもしらんが、躾をちゃんとしてもらわんと。」
「すいません。」

佐藤と呼ばれた男が司波の説教を受けている間、小夜は黙々と御膳を作っている。その見事な手捌きで司波の説教が終わる頃にはほとんどの御膳が出来ていた。

「よし!終わり!」
「お嬢、いつもありがとうございます。」
「いいの。これが楽しみなんだから。これ、佐藤の分ね。」
「ありがとうございます。」

 厨房の片付けが終わると小夜と司波は大広間に向かった。十二畳の大広間には御膳が綺麗に並べられ、男たちはその御膳の前で静かに礼儀正しく座っている。奥の一段上がった場所には小夜の父と祖父が相変わらずの険しい顔をして腰を下ろしていた。小夜は急足で父に一番近いお膳の前に座る。小夜が座ったのを横目で確認した祖父・百目鬼ももめき清兵衛せいべえは立ち上がり、話を始めた。

「我々、百目鬼組の繁栄と安泰に感謝して…」
「「「「「いただきます。」」」」」

その掛け声と共に全員は一斉に食べ始めた。百目鬼組の掟では食事中の一切の私語が禁止なため、静かな食事風景は当たり前である。
 全員が食べ終わると、小夜は御膳の片付けを司波に任せて学校へ行く準備に取り掛かる。癖っ毛の髪を一つにまとめ制服の塵を一つも残さず取る。念入りな準備をした後に父と祖父への挨拶に向かう。しかし、小夜の足取りはいつもここで重くなる。二人に会うのが億劫なのだ。
 清兵衛は家族よりも組を大切にする人間であった。小さき頃の小夜にとっては鬼そのものの冷徹さに見えていたであろう。小夜が大きくなってからは組を継ぐために婿養子をとれだとか、そのために花嫁修行に勤しめだとか散々に怒鳴りつけていたため、小夜が進学したいといった時には組全体が荒れるほどの激怒をするくらいだった。
 父・百目鬼成亮しげあきは清兵衛の娘である小夜の母、夏夜に婿入りした婿である。六年前、夏夜が亡くなるまでは優しくおおらかな人間だったが、ショックからか人が変わったようにきつい人間になってしまった。

「失礼します。」

 小夜は先程の大広間に礼儀正しく障子を開け、入っていく。朝の会議中であるこの時間、二人だけでなく大勢の男達にも見られるのも億劫になる理由である。
 小夜は障子を静かに閉めると、正座になり綺麗に頭を下げる。

「お祖父様、お父様、行って参ります。」
「…ああ」

父は挨拶というか溜息のような声を小夜にかけた。祖父はこちらを見ようとはしない。

「…失礼します。」

気まずさを残し、立ち上がり部屋を去ろうとしたその時、男たちは一斉に立ち上がった。

「「「「「いってらっしゃいませ!お嬢!」」」」」
「う、うん。行ってきます。」

(やっぱ慣れないなあ、この迫力…)

 小夜はいつも正門では無く、庭園の裏道を抜けた先にある小さな神社から出る。これを知っているのは司波と佐藤仁だけだ。

「お嬢様、お弁当お忘れですよ。」
「あ!すっかり忘れてた!ごめんなさい。ありがとう。」
「いえいえ。」
「じゃあ、行ってきます!」
「いってらっしゃいませ。」

司波にもらった可愛らしいお弁当を手提げに詰め、いつものように小夜は学校に向かった。いつもと変わらない日のはずだった。
 この時はまだ小夜は知らなかった。一番避けたかった出来事がこの日起きてしまうことを。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

虚弱なヤクザの駆け込み寺

菅井群青
恋愛
突然ドアが開いたとおもったらヤクザが抱えられてやってきた。 「今すぐ立てるようにしろ、さもなければ──」 「脅してる場合ですか?」 ギックリ腰ばかりを繰り返すヤクザの組長と、治療の相性が良かったために気に入られ、ヤクザ御用達の鍼灸院と化してしまった院に軟禁されてしまった女の話。 ※なろう、カクヨムでも投稿

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

椿かもめ
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。

泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。 でも今、確かに思ってる。 ―――この愛は、重い。 ------------------------------------------ 羽柴健人(30) 羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問 座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』 好き:柊みゆ 嫌い:褒められること × 柊 みゆ(28) 弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部 座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』 好き:走ること 苦手:羽柴健人 ------------------------------------------

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈

玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳 大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。 でも、これはただのお見合いではないらしい。 初出はエブリスタ様にて。 また番外編を追加する予定です。 シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。 表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。

【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~

葉影
恋愛
高校の頃、誰よりも大切だった人。 「さ、最近はあんまり好きじゃないから…!」――あの言葉が、最後になった。 小島久遠は、新たな職場で、元カレとまさかの再会を果たす。 若くしてプロジェクトチームを任される彼は、 かつて自分だけに愛を囁いてくれていたことが信じられないほど、 遠く、眩しい存在になっていた。 優しかったあの声は、もう久遠の名前を呼んでくれない。 もう一度“はじめまして”からやり直せたら――そんなこと、願ってはいけないのに。 それでも—— 8年越しのすれ違いは、再会から静かに動き出す。 これは、終わった恋を「もう一度はじめる」までの物語。

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

夜の帝王の一途な愛

ラヴ KAZU
恋愛
彼氏ナシ・子供ナシ・仕事ナシ……、ないない尽くしで人生に焦りを感じているアラフォー女性の前に、ある日突然、白馬の王子様が現れた! ピュアな主人公が待ちに待った〝白馬の王子様"の正体は、若くしてホストクラブを経営するカリスマNO.1ホスト。「俺と一緒に暮らさないか」突然のプロポーズと思いきや、契約結婚の申し出だった。 ところが、イケメンホスト麻生凌はたっぷりの愛情を濯ぐ。 翻弄される結城あゆみ。 そんな凌には誰にも言えない秘密があった。 あゆみの運命は……

処理中です...