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極道の娘
しおりを挟むー「誰しもが誰しもに愛し、愛される可能性を持っている。どんな家に生まれようと、どんな生い立ちがあろうと、一度出会ってしまい、通じ合ってしまえば、そこから二人の時間が始まるのだ。」ー
ーーーーーー
高校一年、十六の百目鬼小夜の一日は朝の四時から始まる。冬の寒さに耐えながら顔を洗い、制服に着替え、厨房に入る。和風な厨房にはすでに着物の上に割烹着を着た老婆が朝食作りに勤しんでいる。
「お嬢様、おはようございます。」
「司波さん。おはよう。」
司波とはこの家の唯一の板前である。歳は七六。真っ白な白髪を紅色の簪でまとめている姿は貫禄を感じさせる。
小夜は味噌汁を作る司波の横にいき、切りかけであった法蓮草に手を付ける。次にボウルを用意し、片手で卵を人数分割っていく。次に砂糖、醤油、だし汁を入れかき混ぜる。
「お嬢様の腕前はもう私以上ですな~。」
「そんなことないよ。司波さんの卵焼きには敵わないもん。もっと練習しなくちゃね!」
「お褒めの言葉、痛み入ります。」
笑い合いながら料理をする二人はさながら祖母と孫のようである。
朝食の準備ができた。男三十四人分、女二人分の御膳に盛り付けていく。
「お嬢、司波さん。おはようございます。」「「「「「おはようございます!」」」」」
いそいそとしていた二人に話しかけたのは起きたばかりの男達だった。新入りの一人は一段と威勢が良い。
「おはよう。みんな。出来てる分の御膳はとっても良いから。」
「「「「「ありがとうございます!」」」」」
次々に出来ていく御膳を一人一人が取って大広間に持っていく。そんな中、先程の威勢の良かった新入りは順番を待ちきれず、姿勢を低くして厨房の中に入っていった。そして、手をそっと卵焼きの方に伸ばした。
(あと、もうちょい…)
その瞬間、新入りの伸ばした中指と人差し指の間に鋭い音と共に料理用の包丁が机に刺さった。
「男が厨房に入ってんじゃないよ。」
先程とは打って変わった司波のドスの効いた声に一同は静まり返り、新入りは恐ろしさで腰が抜けていた。司波の目は決して老婆の目では無い。本気の殺意を感じさせる圧迫感がある。
緊張が張り詰めていた空気に割って入ったのは鋭い目に癖っ毛を雑にかきあげたような髪型の高身長男だった。
「司波さん。許してやってください。あとできつく叱っておきますんで。」
「佐藤さんね、若い衆をまとめるのも大変かもしらんが、躾をちゃんとしてもらわんと。」
「すいません。」
佐藤と呼ばれた男が司波の説教を受けている間、小夜は黙々と御膳を作っている。その見事な手捌きで司波の説教が終わる頃にはほとんどの御膳が出来ていた。
「よし!終わり!」
「お嬢、いつもありがとうございます。」
「いいの。これが楽しみなんだから。これ、佐藤の分ね。」
「ありがとうございます。」
厨房の片付けが終わると小夜と司波は大広間に向かった。十二畳の大広間には御膳が綺麗に並べられ、男たちはその御膳の前で静かに礼儀正しく座っている。奥の一段上がった場所には小夜の父と祖父が相変わらずの険しい顔をして腰を下ろしていた。小夜は急足で父に一番近いお膳の前に座る。小夜が座ったのを横目で確認した祖父・百目鬼清兵衛は立ち上がり、話を始めた。
「我々、百目鬼組の繁栄と安泰に感謝して…」
「「「「「いただきます。」」」」」
その掛け声と共に全員は一斉に食べ始めた。百目鬼組の掟では食事中の一切の私語が禁止なため、静かな食事風景は当たり前である。
全員が食べ終わると、小夜は御膳の片付けを司波に任せて学校へ行く準備に取り掛かる。癖っ毛の髪を一つにまとめ制服の塵を一つも残さず取る。念入りな準備をした後に父と祖父への挨拶に向かう。しかし、小夜の足取りはいつもここで重くなる。二人に会うのが億劫なのだ。
清兵衛は家族よりも組を大切にする人間であった。小さき頃の小夜にとっては鬼そのものの冷徹さに見えていたであろう。小夜が大きくなってからは組を継ぐために婿養子をとれだとか、そのために花嫁修行に勤しめだとか散々に怒鳴りつけていたため、小夜が進学したいといった時には組全体が荒れるほどの激怒をするくらいだった。
父・百目鬼成亮は清兵衛の娘である小夜の母、夏夜に婿入りした婿である。六年前、夏夜が亡くなるまでは優しくおおらかな人間だったが、ショックからか人が変わったようにきつい人間になってしまった。
「失礼します。」
小夜は先程の大広間に礼儀正しく障子を開け、入っていく。朝の会議中であるこの時間、二人だけでなく大勢の男達にも見られるのも億劫になる理由である。
小夜は障子を静かに閉めると、正座になり綺麗に頭を下げる。
「お祖父様、お父様、行って参ります。」
「…ああ」
父は挨拶というか溜息のような声を小夜にかけた。祖父はこちらを見ようとはしない。
「…失礼します。」
気まずさを残し、立ち上がり部屋を去ろうとしたその時、男たちは一斉に立ち上がった。
「「「「「いってらっしゃいませ!お嬢!」」」」」
「う、うん。行ってきます。」
(やっぱ慣れないなあ、この迫力…)
小夜はいつも正門では無く、庭園の裏道を抜けた先にある小さな神社から出る。これを知っているのは司波と佐藤仁だけだ。
「お嬢様、お弁当お忘れですよ。」
「あ!すっかり忘れてた!ごめんなさい。ありがとう。」
「いえいえ。」
「じゃあ、行ってきます!」
「いってらっしゃいませ。」
司波にもらった可愛らしいお弁当を手提げに詰め、いつものように小夜は学校に向かった。いつもと変わらない日のはずだった。
この時はまだ小夜は知らなかった。一番避けたかった出来事がこの日起きてしまうことを。
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