【完】クレオメの時間〜花屋と極道〜

ムラサキ

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漏洩

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 小夜さよが通う学校は徒歩二十分で着くところにある。道ゆく人たちが小夜に挨拶してくれる。実は小夜が極道の娘ということはこの町の人間誰一人にも知られていない。それもこれも小夜の念入りな印象作りと努力のおかげである。学校でも家族の話題が出てきても良いように架空の家族を作り出し、設定をしっかりとメモしているくらいの念入りさである。
 しかし、そんな完璧な小夜にも悩みがあった。それは親友と呼べる人間がいなことだった。話せる仲の人間は沢山いるものの、恋バナをしたり、学校終わりに遊びに行ったりする者が一人もいないのだ。それには原因があった。本人は気づいていないが、小夜の容姿は見る者を虜にするほどの端麗さなのである。大きな黒の瞳とさらに目力を強くする睫毛に筋の通った鼻。真っ赤な唇に耳から鎖骨にかける美しいライン。それら全てが小夜に人を引きつけない原因なのだ。いわゆる高嶺の花なのである。
 
ーーー学校ーーー

「ねえ、あの話本当??」
「本当!本当!だって掲示板に大きく張り出されてたんだもん。」
「え~!怖い!私あの子と昨日話しちゃった…」

「おい!あの掲示板見たか!?」
「なんだよ、それ。」

『5組の百目鬼ももめき小夜さよって“ヤクザ”らしいぜ。』


 小夜が学校に着いた時、小夜に向けられる皆の視線はこれまでとは違うものだった。それは高嶺の花を見る目ではない。害あるものを見るような目だった。小夜は訳も分からず、自分の席につく。

「ねえ、百目鬼さん。広場に貼ってある掲示板って本当のこと?」
「え…」

小夜が広場に行くと大きな掲示板に多くの張り紙が無造作に貼られていた。その張り紙には小夜の顔写真を拡大したものに、悪意ある書き方で『百目鬼組の長女は極悪人』という文字があった。

「小夜ちゃん…」

怯えた目が小夜に向けられている。小夜に浴びせられる数々の言葉はもはや小夜の耳に入っていなかった。小夜の今までの努力は水の泡になったのだ。普通の女の子として生きたいと願い、毎日友達と遊びに行ったり、恋をしたりというのに憧れながら頑張ってきたものが全て無駄になった瞬間だった。小夜はその場に立ち尽くしていた。いつの間にか意識は遠のき、その場で倒れてしまっていた。

ーーー保健室ーーー

「うっ……」

 小夜はカーテンが閉じられた保健室のベットで横になっていた。意識はまだ朦朧としている。耳の中に皆の声が響いていた。どこの記憶を遡っても、バレた原因が見つからない。いつ、どこで、誰が知り、あんなことをやったのか皆目検討がつかない。身体をゆっくりと起こし、額に手を置いた。意識がさっきよりかははっきりとしてきている。

(この後教室に戻るの嫌だな~…)

「あら?もう起きたの?」
「あ、すみません。私記憶がはっきりしてなくて…」

カーテンを開けて小夜の様子を見にきたのは保健室の先生だった。

「いいのよ。倒れた後に元気なはずないもの。」
「私、どうやってここにきたんですか?」
「男の子が貴方を担いできたのよ……あ!私ったら名前聞くの忘れちゃったわ…。」

 念を押して言うが、小夜に親友と呼べる人間も恋人もいない。小夜の頭の中で運んでくれそうな男子を検索しても該当する者は一人もいない。小夜は一段と難しい顔をしている。

「あなた、今日は帰りなさい。聞いたわよ、あの事。先生たちはもう知ってるけど、あんな広められ方されたらパニックになってもしょうがないわよ。今、親御さんに連絡したから、もう少し横になってなさい。」
「…はい。」

先生の言う親御さんと言うのは佐藤仁のことである。小夜が学校でヤクザとバレたくないと言うことで佐藤や学校に頼んでそうしてもらったが、今になってはもう意味がない。
 佐藤が学校に着く頃には小夜も体調が落ち着いていた。

「お嬢、大丈夫ですか!?」
「学校でその呼び方はやめて。」
「し、失礼しました。」

端麗な顔の人間が怒るとそれは鬼にも引けを取らぬ怖さである。佐藤はその鋭い眼光に恐れ慄いた。

「先生、お嬢…じゃなかった。小夜をありがとうございました。」
「とんでもないです。」

佐藤は小夜の荷物を持とうとしたが、小夜はその前に全ての荷物を自ら持ち、保健室の先生と後で駆けつけた担任に一礼して颯爽と歩いていった。

「本当はいい子なのにね…。」

保健室の先生が呟いた言葉を佐藤は微かに聴きながら、一礼して小夜の後を追った。
 車の中では小夜は呆然としていた。頭が回らなかったのだ。明日からどうすればいい。そのことだけが頭の中に居座っていた。

「お嬢。学校を変えてみてはいかがでしょう?」
「無理よ。この近場で学校を変えたとしても、もう知れ渡ってるはずだもの。遠くに行くって言ったって、あの二人が許すはずがないわ。」
「そうですか…」
「……佐藤」
「なんでしょう?」
「貴方は荷物ごと先に帰ってもらえないかしら?」
「そんなっ!今のお嬢を一人にするわけにはいきません!」
「お願い。一人になりたいの。」
「ですがっ…!」
「お願い。」

小夜はバックミラー越しに佐藤を見つめていた。その表情は微笑んでいたが、とても悲しそうな顔だった。佐藤は渋った表情をしながら大通り近くで車を止めた。

「あまり遠くに行かないでくださいよ。それと遅くならないように…。何かあったら連絡すること…。気をつけてくださいね。」
「ありがとう、佐藤。」

小夜が車を降りた後、佐藤は気に食わぬ顔をしてその場を離れた。離れていく車を見送った後、小夜は張っていた糸が切れたように大粒の涙を流した。
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