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六年ぶりの
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午後四時三十分。小夜は学校が終わり、朔也の花屋、『Florist』の目の前に来ていた。しかし、あれほど楽しみにしていたのに足が何故だか動かない。立ちすくんだ時のように足が浮いているような感覚に陥っていた。
(なんでだろう、いつもはすぐに入れたのに…。緊張してるのかな?)
「おい。」
「はい!」
「入るなら早く入れ。」
「うん!」
(びっくりした…。)
朔也はいつの間にか横に現れ、小夜を見下ろしていた。小夜は飛び上がった心臓を抑えるようにして胸に手を置いた。朔也はそんな小夜の様子を気にかけず、店の中に入って行ってしまった。小夜は慌てて朔也を追いかけるようにして中に入っていった。
花屋のアルバイトは植物の管理だけでも忙しいのだが、店中の掃除やお客様の対応までしなければならない。小夜は昔手伝っていたこともあり、覚えるのは早かったが慣れるのには時間がかかった。朔也に何度もダメ出しをされ、小夜が思っているよりも何倍も大変なのだと気づいたのは店が閉まる六時前だった。
(思ってたよりきついかも…)
「思ってたよりもきついか?」
「なんでわかったの!?」
「何考えてるかくらいは分かる。」
朔也は花の手入れをしながら微笑んでいた。小夜はその顔をじっと見ていた。見ているというよりは引き込まれていた。朔也は昔から顔の整った人だったが、昔とは違う何かが朔也を随分大人びて見せていた。
「朔也くんはこの仕事を一人でやってるんだね。大変なのにすごいよ。」
「俺はいいんだよ。好きでやってるからな。」
「好きなこと仕事にできるってかっこいいな~。私も花屋になろっかな。」
「お前ならできるよ。覚えも早いし、筋もいい。」
その時、小夜の心臓は先程と比にならないくらい大きな音を立てて飛び跳ねた。小夜の顔はほのかに赤らみ始めていた。
「え、そ、そうかな…」
(急に褒めるからびっくりしたじゃん!…)
小夜は水仕事で冷たくなった手を熱くなった顔に置き、その冷たさでなんとか心を落ち着かせた。
「そ、そういえばこの花言葉とかって全部朔也くんが書いたの?」
「…それは俺じゃない。」
「……そーなんだ。」
(なんか聞いちゃまずかったのかな…。)
「そろそろ店閉めるから帰る支度してこい。お疲れ様な。」
「うん、お疲れ様…。」
そんな日々は続き、小夜は学校での白い目があるものの、香や紬、何より朔也のおかげで本来の明るさを取り戻していった。そしてあっという間に一週間が過ぎた。
ーーーーーーーー
小夜がいつも通り花たちの手入れをしていた時、大学生くらいと見られる男性客二人が入ってきた。
「いらっしゃいませ~」
小夜は男性たちに頭を下げると、手入れの続きをし始めた。そこまではいつも通りだったのだが、男性客たちは様子がおかしかった。花を買うつもりでもなく、小夜を見てはボソボソと話し合い、花に興味を示していなかった。
(初めてのお客さんだけど、様子がおかしい…。朔也くん呼んだ方がいいかな。)
小夜は男性客たちに違和感を覚え、朔也を呼びに奥に入ろうとした。
「ねえ、店員さん!」
「はい!」
「この花気になるんだけど、相談乗ってもらえない?」
(なんだ…。普通に買いに来ただけか。)
小夜は一人の男性客の横に行き、花の説明や手入れの仕方などを話した。
「うーん、でもあの奥の花も気になるし、その奥のも気になるんだよね~。」
「誰かにあげられるんですか?」
「ん?いや…自分用だよ。」
「そうなんですね、でしたらこちらの花は手入れがしやすくて……」
小夜は男性客が気になると言った花を全部説明していった。そしていつの間にか男性客の一人と小夜は突き当たりのところまで来ていた。
(あれ、なんか私奥に追いやられてない…?)
「ねぇ、お姉さん…」
「はい?」
異変に気づいたものの時既に遅く、小夜は男性客に背後から抱きつかれてしまった。声を出そうとしたが、その前に男は小夜の口を右手で塞いだ。
(ここで今無理に抵抗すると花たちが傷ついちゃう。どうしよ…動けない…!)
「ねえ、お姉さんって宮月のキャバ嬢なの?」
(は?何言ってるの、この人…)
「宮月のママさんと話してたところ見たことあってさ、その時から可愛いなって思ってたんだよね。いつの間にかここで働いてるの見かけてびっくりしたよ。
お金ならいくらでも出せるからさ、今度俺と一緒に…遊んでくれない?お客さんになったわけじゃないから大丈夫だよね?」
「んーーー!」
(いや…!朔也くん!)
小夜は抵抗を試みたが、花のことを考えると思うように動けず、男の思い通りになるしかなかった。
「どうかされましたか?」
その時、朔也が奥から戻ってきた。しかし、花やもう一人の男が死角となって朔也からは小夜の姿が見えていなかった。
「いえ、花のことをお姉さんに教えてもらってるんです。」
もう一人の男は嘘をついた後に話をはぐらかし、朔也を小夜たちに近づかせないようにしていた。
(いや…、朔也くん!助けて!朔也くん!)
小夜が涙目になり、男の荒い息が耳にかかった瞬間、背後からガラスが割れるような大きな音がした。小夜と男がその音に驚き振り返ると、花瓶の破片と花が飛び散り、その横で腰が抜けて尻をついている男と男を見下ろしている朔也の姿があった。朔也は憤怒の眼を小夜に抱きつく男に向け、近づいてきたと思った瞬間に小夜の体にまわされた男の腕を引き剥がし、胸ぐらを掴んだ。その勢いで小夜が気にかけていた花たちは次々に倒れていった。
「お客さん。ここは花屋です。それ以外の目的でのご来店なら、お帰り願えますか。」
「はっ、花屋って…この女の子は本当は…」
「帰れって言ってんだよ。わかんねえのか、あ?」
「くっ……」
朔也が胸ぐらを掴んでいた手を離すと男たちは足の力が抜けたかのようにふらふらとしながら店を出て行った。
男たちが出て行った後の店内の様子はみるも無惨な状態だった。倒れた花は男たちに踏まれ泥だらけになり、花瓶の破片は大きなものから小さいものまで店内に広く飛び散り、床も水浸しになっていた。そこには花の紹介カードも数枚散らばっていた。
「大丈夫か?」
「ごめんなさい。」
「は?」
「朔也くんがあんなに大切に育ててた花がこんなになっちゃった…。ごめんなさい!ごめんなさい!」
「いや、そんなことより…」
「すぐに片付ける!ちょっと待ってて!」
「だから!!」
朔也は動こうとした小夜の腕を引き、目を合わせようとしない小夜を無理やりこちらに向かせた。
「花のことは後でいい。お前は大丈夫かって聞いてるんだよ!」
「…ぶ」
「は?」
「大丈夫!そんなことより花が心配だよ。明日も店があるんだから早く片付けなきゃ!」
小夜は一度俯き、無理矢理笑って見せた。その笑顔はこの六年間、人前で泣かないようにしていた小夜の最も得意なものだった。
小夜がもう一度箒を取りに動こうとした瞬間、朔也は掴んでいた小夜の腕を引っ張り、小夜を引き寄せ抱きしめた。
「…朔也…くん…?」
「お前、昔と変わんねーのな。」
「へ?」
「全然泣けてねえじゃん。」
「だから本当に…」
「その無理矢理笑った顔、六年前に散々見た。お前が今泣きたいくらい怖がってんのもわかってる。」
朔也の言葉は小夜の目に熱いものを溜めさせ、視界をぼやけさせた。この六年間人前で泣かないように我慢していた小夜に気付いたものは誰一人としていなかった。その代わりに小夜はいつも一人ですすり泣いていた。本当はずっと誰かの胸に飛びついて泣きたい日もあった。しかし、朔也と清子がいなくなってから、そうさせてくれる人はいなかった。
小夜はゆっくりと朔也の背中に両腕を回し、強く朔也の服を握った。
「朔也くん。」
「ん?」
「怖かった…。ありがとう。」
朔也はその言葉で小夜を抱きしめていた力を強めた。
「こんなに震えてるくせに強がってんじゃねぇよ。」
朔也の言葉で小夜の溢れていたものは大きな粒となって溢れ出始めた。小夜が六年ぶりに人前で見せた涙だった。
(なんでだろう、いつもはすぐに入れたのに…。緊張してるのかな?)
「おい。」
「はい!」
「入るなら早く入れ。」
「うん!」
(びっくりした…。)
朔也はいつの間にか横に現れ、小夜を見下ろしていた。小夜は飛び上がった心臓を抑えるようにして胸に手を置いた。朔也はそんな小夜の様子を気にかけず、店の中に入って行ってしまった。小夜は慌てて朔也を追いかけるようにして中に入っていった。
花屋のアルバイトは植物の管理だけでも忙しいのだが、店中の掃除やお客様の対応までしなければならない。小夜は昔手伝っていたこともあり、覚えるのは早かったが慣れるのには時間がかかった。朔也に何度もダメ出しをされ、小夜が思っているよりも何倍も大変なのだと気づいたのは店が閉まる六時前だった。
(思ってたよりきついかも…)
「思ってたよりもきついか?」
「なんでわかったの!?」
「何考えてるかくらいは分かる。」
朔也は花の手入れをしながら微笑んでいた。小夜はその顔をじっと見ていた。見ているというよりは引き込まれていた。朔也は昔から顔の整った人だったが、昔とは違う何かが朔也を随分大人びて見せていた。
「朔也くんはこの仕事を一人でやってるんだね。大変なのにすごいよ。」
「俺はいいんだよ。好きでやってるからな。」
「好きなこと仕事にできるってかっこいいな~。私も花屋になろっかな。」
「お前ならできるよ。覚えも早いし、筋もいい。」
その時、小夜の心臓は先程と比にならないくらい大きな音を立てて飛び跳ねた。小夜の顔はほのかに赤らみ始めていた。
「え、そ、そうかな…」
(急に褒めるからびっくりしたじゃん!…)
小夜は水仕事で冷たくなった手を熱くなった顔に置き、その冷たさでなんとか心を落ち着かせた。
「そ、そういえばこの花言葉とかって全部朔也くんが書いたの?」
「…それは俺じゃない。」
「……そーなんだ。」
(なんか聞いちゃまずかったのかな…。)
「そろそろ店閉めるから帰る支度してこい。お疲れ様な。」
「うん、お疲れ様…。」
そんな日々は続き、小夜は学校での白い目があるものの、香や紬、何より朔也のおかげで本来の明るさを取り戻していった。そしてあっという間に一週間が過ぎた。
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小夜がいつも通り花たちの手入れをしていた時、大学生くらいと見られる男性客二人が入ってきた。
「いらっしゃいませ~」
小夜は男性たちに頭を下げると、手入れの続きをし始めた。そこまではいつも通りだったのだが、男性客たちは様子がおかしかった。花を買うつもりでもなく、小夜を見てはボソボソと話し合い、花に興味を示していなかった。
(初めてのお客さんだけど、様子がおかしい…。朔也くん呼んだ方がいいかな。)
小夜は男性客たちに違和感を覚え、朔也を呼びに奥に入ろうとした。
「ねえ、店員さん!」
「はい!」
「この花気になるんだけど、相談乗ってもらえない?」
(なんだ…。普通に買いに来ただけか。)
小夜は一人の男性客の横に行き、花の説明や手入れの仕方などを話した。
「うーん、でもあの奥の花も気になるし、その奥のも気になるんだよね~。」
「誰かにあげられるんですか?」
「ん?いや…自分用だよ。」
「そうなんですね、でしたらこちらの花は手入れがしやすくて……」
小夜は男性客が気になると言った花を全部説明していった。そしていつの間にか男性客の一人と小夜は突き当たりのところまで来ていた。
(あれ、なんか私奥に追いやられてない…?)
「ねぇ、お姉さん…」
「はい?」
異変に気づいたものの時既に遅く、小夜は男性客に背後から抱きつかれてしまった。声を出そうとしたが、その前に男は小夜の口を右手で塞いだ。
(ここで今無理に抵抗すると花たちが傷ついちゃう。どうしよ…動けない…!)
「ねえ、お姉さんって宮月のキャバ嬢なの?」
(は?何言ってるの、この人…)
「宮月のママさんと話してたところ見たことあってさ、その時から可愛いなって思ってたんだよね。いつの間にかここで働いてるの見かけてびっくりしたよ。
お金ならいくらでも出せるからさ、今度俺と一緒に…遊んでくれない?お客さんになったわけじゃないから大丈夫だよね?」
「んーーー!」
(いや…!朔也くん!)
小夜は抵抗を試みたが、花のことを考えると思うように動けず、男の思い通りになるしかなかった。
「どうかされましたか?」
その時、朔也が奥から戻ってきた。しかし、花やもう一人の男が死角となって朔也からは小夜の姿が見えていなかった。
「いえ、花のことをお姉さんに教えてもらってるんです。」
もう一人の男は嘘をついた後に話をはぐらかし、朔也を小夜たちに近づかせないようにしていた。
(いや…、朔也くん!助けて!朔也くん!)
小夜が涙目になり、男の荒い息が耳にかかった瞬間、背後からガラスが割れるような大きな音がした。小夜と男がその音に驚き振り返ると、花瓶の破片と花が飛び散り、その横で腰が抜けて尻をついている男と男を見下ろしている朔也の姿があった。朔也は憤怒の眼を小夜に抱きつく男に向け、近づいてきたと思った瞬間に小夜の体にまわされた男の腕を引き剥がし、胸ぐらを掴んだ。その勢いで小夜が気にかけていた花たちは次々に倒れていった。
「お客さん。ここは花屋です。それ以外の目的でのご来店なら、お帰り願えますか。」
「はっ、花屋って…この女の子は本当は…」
「帰れって言ってんだよ。わかんねえのか、あ?」
「くっ……」
朔也が胸ぐらを掴んでいた手を離すと男たちは足の力が抜けたかのようにふらふらとしながら店を出て行った。
男たちが出て行った後の店内の様子はみるも無惨な状態だった。倒れた花は男たちに踏まれ泥だらけになり、花瓶の破片は大きなものから小さいものまで店内に広く飛び散り、床も水浸しになっていた。そこには花の紹介カードも数枚散らばっていた。
「大丈夫か?」
「ごめんなさい。」
「は?」
「朔也くんがあんなに大切に育ててた花がこんなになっちゃった…。ごめんなさい!ごめんなさい!」
「いや、そんなことより…」
「すぐに片付ける!ちょっと待ってて!」
「だから!!」
朔也は動こうとした小夜の腕を引き、目を合わせようとしない小夜を無理やりこちらに向かせた。
「花のことは後でいい。お前は大丈夫かって聞いてるんだよ!」
「…ぶ」
「は?」
「大丈夫!そんなことより花が心配だよ。明日も店があるんだから早く片付けなきゃ!」
小夜は一度俯き、無理矢理笑って見せた。その笑顔はこの六年間、人前で泣かないようにしていた小夜の最も得意なものだった。
小夜がもう一度箒を取りに動こうとした瞬間、朔也は掴んでいた小夜の腕を引っ張り、小夜を引き寄せ抱きしめた。
「…朔也…くん…?」
「お前、昔と変わんねーのな。」
「へ?」
「全然泣けてねえじゃん。」
「だから本当に…」
「その無理矢理笑った顔、六年前に散々見た。お前が今泣きたいくらい怖がってんのもわかってる。」
朔也の言葉は小夜の目に熱いものを溜めさせ、視界をぼやけさせた。この六年間人前で泣かないように我慢していた小夜に気付いたものは誰一人としていなかった。その代わりに小夜はいつも一人ですすり泣いていた。本当はずっと誰かの胸に飛びついて泣きたい日もあった。しかし、朔也と清子がいなくなってから、そうさせてくれる人はいなかった。
小夜はゆっくりと朔也の背中に両腕を回し、強く朔也の服を握った。
「朔也くん。」
「ん?」
「怖かった…。ありがとう。」
朔也はその言葉で小夜を抱きしめていた力を強めた。
「こんなに震えてるくせに強がってんじゃねぇよ。」
朔也の言葉で小夜の溢れていたものは大きな粒となって溢れ出始めた。小夜が六年ぶりに人前で見せた涙だった。
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