【完】クレオメの時間〜花屋と極道〜

ムラサキ

文字の大きさ
11 / 87

気付き

しおりを挟む
 小夜はしばらく朔也の腕の中で泣いていた。あの時のように声を出して涙を流した。朔也の腕の中は暖かく、朔也の鼓動が子守唄のように小夜の心を慰めた。
 目尻が赤くなるほど泣いた後、小夜は握っていた朔也の服を放し、体を離した。

「ありがとう…ぐすっ…落ち着いた。」

 朔也は小夜を抱きしめていた手を離し、子供を慰めるように小夜の頭を二回優しく叩いた。しかし、安堵に満ちた微笑みで小夜を見つめる瞳は妹を思っているだけの兄の瞳ではなかった。その瞳に小夜の胸はとくんと鳴った。

「顔洗ったら、支度して帰れ。」
「でも、花が…」
「俺が片付けとく。今日はもう店閉めて、明日までには元に戻しとくから。」
「だったら私も手伝う!」
「お前は一旦帰って休め。な?」

朔也の声はいつもより柔らかく落ち着いていた。小夜がまだ少し震えていることを把握しているかのように接していた。小夜は不満げに首を縦に振ると、朔也はまた頭を優しく叩いた。
 小夜が帰る支度をするために作業部屋に戻ろうとした時、小夜の体は急に宙に浮いた。朔也が小夜を抱き上げたのだ。

「ちょ!朔也くん!?」

朔也は何も言わず、小夜を軽々抱き上げたまま作業部屋に向かった。作業部屋に着いた後、小夜をそっと下ろし、靴の裏を気にする素振りを見せた。その靴の裏には小さな破片が付いていた。

「きゅ、急にどうしたの…?」
「花瓶の破片が飛び散ってただろ。」
「あ、ありがとう。」
「怪我されたら困るからな。」

そう言って、微笑んだ朔也はいつも通りの声色で早く着替えてこい、と言って片付けに取り掛かった。小夜は今さっきまで起きた出来事を頭の中で整理するのためか呆然としていた。男性客に触れられていた時にじわじわと広がっていった冷たくて気味の悪い感覚はすっかり無くなっており、朔也に抱きしめられていたところが熱くなっているのが分かった。至近距離で朔也の鼓動を聞いていたせいか、耳の中でずっと鼓動の音がしていた。いつの間にか小夜の顔は林檎のように赤くなり、鼓動は外に聞こえるのではないかというくらいに鳴っていた。小夜は朔也に触れていた自分の腕をぎゅっと握りしめた。

(昔は安心してただけなのに、なんかさっきのは…もっと…)

 帰りの支度を済ませ、朔也に声をかけた後、朔也は家まで送ると言ったが、流石にそれは困るので何度も送ると言い張った朔也を無理に断り、半ば逃げるように店を出た。

~翌日~

「抱きしめられた!?」

 昼休み。小夜と香と紬はいつものように使われなくなった教室で昼食をとっていた。
 小夜は昨夕あった出来事を掻い摘んで二人に話していた。小夜の話に香は目を見開いて驚き、紬は香の大きな声に驚いて口に含んでいたものを一気に飲み込んで苦しそうに咳き込んでいた。

「でもね!昔も私が泣きたい時に抱きしめてくれたし、子供を慰める感覚で抱きしめたと思うんだよ!」
「昔っていつ?」
「小学…四年?」
「ばか!小四を抱きしめるのと高一抱きしめるのは訳が違うでしょ!?」

小夜も薄々思っていたことを香に強く言われ、何も言えなくなった。紬も同感というように大きく頷いている。

「六歳差だっけ?確かに子供扱いされてもおかしくないけどさ。何があったか知らないけど、辛くて泣きそうな女子高生を普通、成人男性が抱きしめるかね?実の兄でもありえないわ。彼氏のすることだぞ!か・れ・し!」

香の連呼する『彼氏』という言葉に小夜は顔を薄赤らめた。小夜の思っていたことをズバズバと言い終えた香は、大きな口で残りの一口を食べ終えた。

「小夜ちゃんは抱きしめられてどう思ったの?」

話を静かに聞いていた紬は相変わらずの柔らかい声で小夜に優しく聞いた。小夜は目を瞑りあの時の感覚を思い出しながら答えた。

「なんかね、昔はただ安心できてただけなんだけど、この前のはもっと…」
「「もっと?」」
「もっと、触れてたいって思った…」

その一言に香と紬はお互いを見合って微笑んだ。その後に紬は小夜を優しく呼び、小夜は瞑っていた目を開いた。

「小夜ちゃんはきっと、その人のことが好きなんだよ。」
「好き…?」
「うん。私も好きな人がいるから、分かるよ。触れたくて、胸がドキドキして、顔が勝手に熱くなって、足とか手に力が入らなくなって…。ふわふわした気持ち。きっとこういうのを恋って言うんだと思う。」

小夜は紬が並べるように話した恋の症状をここ最近の自分に当てはめて考えていった。そしてどれもが当たっていた。しかし、それを受け止めるのが怖かった。例え朔也のことを好きになったとしてもきっと良い結果には恵まれないと分かっているからだ。小夜はその場では曖昧な返事をした。

「まあ?相手がどうかわかんないけどな。ただのロリコン野郎で、女子高生なら誰でも良いのかもしれないし。」
「朔也くんはそんな人じゃないよ!」
「へ~、朔也って言うんだ~」

しまったと思った時には既に遅く、香はニヤニヤとしながら小夜を見ていた。

 学校が終わり、朔也の店に着くと、店内は昨日のことが無かったかのように綺麗になっていて、朔也もいつも通り作業をしていた。

「おう、来てたのか。」
「朔也くん、全部一人でやったの?」
「まあな。」
「昨日は本当にありがとうございました!」
「なんだよ。改まって。」
「ちゃんとお礼言わなきゃと思って。」

朔也は小夜を見て、軽く笑うと作業部屋に何かを取りに行った。

「これ持っとけ。」
「鍵?」
「裏玄関、というか俺の家の合鍵。入って真っ直ぐに行けばそこの作業部屋に通じるから、これからはそっちから入れ。」
「分かった。」
「あと連絡先も交換しないとな。」
「え、あ!そっか!仕事の連絡とかあるもんね。」
「それもあるけど、お前に何かあった時に連絡取れるようにした方がいいだろ?」
「え…あ、ありがとう。」

小夜は朔也の優しさにこそばゆさを感じ、子供扱いなのか特別扱いなのかわからず、胸を騒つかせた。

「朔也くん!」
「ん?」
「私、朔也くんにちゃんとしたお礼したい。何か私にできることない?なんでもする!」
「何でもか?」
「うん!」
「ふーん、」

朔也は再会した時と同じような意地悪な笑みを浮かべて小夜を見つめた。小夜は流石になんでもは言いすぎたかと思ったが、朔也が欲しい物でないとお礼にならないと思い、訂正することなく、朔也の目をじっと見つめ答えを待った。

「お前、彼氏いんの?」
「い、いないよ?」
「じゃあ、クリスマスは暇だな。」
「まあ…それなりには…。」
「二十五日。一日、俺に付き合え。」
「え?それだけ?」
「ダメか?」
「ううん!分かった。二十五日ね。…ってことは、朔也くんも彼女いないんだ。」
「うっ、わりーかよ。」
「ううん!悪くない!」

朔也は気まずい顔をし、それを見た小夜は静かに笑った。小夜の胸には何かしらの安堵が広がっていた。

ーーーーおまけーーーー

「そういえば朔也くん、なんで私が襲われてるって分かったの?」
「店の四隅に鏡があるんだよ。こういう構造になると死角が多いからな。万引き防止用に付けといた。」
「あ~!なるほど!」

仕事に抜かりのない宇津井朔也なのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

虚弱なヤクザの駆け込み寺

菅井群青
恋愛
突然ドアが開いたとおもったらヤクザが抱えられてやってきた。 「今すぐ立てるようにしろ、さもなければ──」 「脅してる場合ですか?」 ギックリ腰ばかりを繰り返すヤクザの組長と、治療の相性が良かったために気に入られ、ヤクザ御用達の鍼灸院と化してしまった院に軟禁されてしまった女の話。 ※なろう、カクヨムでも投稿

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

椿かもめ
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。

泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。 でも今、確かに思ってる。 ―――この愛は、重い。 ------------------------------------------ 羽柴健人(30) 羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問 座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』 好き:柊みゆ 嫌い:褒められること × 柊 みゆ(28) 弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部 座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』 好き:走ること 苦手:羽柴健人 ------------------------------------------

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈

玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳 大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。 でも、これはただのお見合いではないらしい。 初出はエブリスタ様にて。 また番外編を追加する予定です。 シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。 表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。

【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~

葉影
恋愛
高校の頃、誰よりも大切だった人。 「さ、最近はあんまり好きじゃないから…!」――あの言葉が、最後になった。 小島久遠は、新たな職場で、元カレとまさかの再会を果たす。 若くしてプロジェクトチームを任される彼は、 かつて自分だけに愛を囁いてくれていたことが信じられないほど、 遠く、眩しい存在になっていた。 優しかったあの声は、もう久遠の名前を呼んでくれない。 もう一度“はじめまして”からやり直せたら――そんなこと、願ってはいけないのに。 それでも—— 8年越しのすれ違いは、再会から静かに動き出す。 これは、終わった恋を「もう一度はじめる」までの物語。

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

夜の帝王の一途な愛

ラヴ KAZU
恋愛
彼氏ナシ・子供ナシ・仕事ナシ……、ないない尽くしで人生に焦りを感じているアラフォー女性の前に、ある日突然、白馬の王子様が現れた! ピュアな主人公が待ちに待った〝白馬の王子様"の正体は、若くしてホストクラブを経営するカリスマNO.1ホスト。「俺と一緒に暮らさないか」突然のプロポーズと思いきや、契約結婚の申し出だった。 ところが、イケメンホスト麻生凌はたっぷりの愛情を濯ぐ。 翻弄される結城あゆみ。 そんな凌には誰にも言えない秘密があった。 あゆみの運命は……

処理中です...