【完】クレオメの時間〜花屋と極道〜

ムラサキ

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愚か者

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 次の日。皮肉にも休日で、バイトは九時から四時まであった。小夜は少し重たい足取りで、裏玄関に向かった。

(なに話せばいいんだろう。「どうしてあんなことしたの?」「私のことどう思ってるの?」…いっぱい聞きたいけど、聞いていいのかな…。)

小夜は震える手で鍵をまわし、扉を開けた。扉の先には、タイミング悪く朔也がちょうどいた。朔也は驚いた顔をしたが、すぐに平常に戻り、「おはよう。」と一言放った。小夜は目を合わせるだけで、胸の高鳴りを感じ、目を逸らした。

「おはよう。」
「俺、今日は注文されてる花のデザイン考えてるから、店番は頼んでいいか。」
「うん。任せて。」
「変な客来たらすぐに俺のとこに来いよ。」
「分かった。」
(優しいな、朔也くん。でも、昨日のことは何も言わないんだ…。)

 その後は、二人共昨日のことを触れずに働いていた。言葉は交わしたが、以前と比べて口数が少なかった。
 午後一時。お昼を食べ終わった小夜は朔也の様子を隠れて見ていた。朔也は昼食を食べたようには見えず、小さな作業机に向かい、物凄い集中力で作業をしていた。小夜はコーヒーとココアを作り、自分のココアを一口飲んだ後、朔也の元へ行って、コーヒーを渡した。

「はい。」
「…ありがとな。」

会話が続かない。小夜と朔也の間に生ぬるい沈黙ができた。

「すみませーん!!」

気まずい空気の中、男性客が来店した。

「はーい!…じゃあ、頑張ってね。」
「ああ。」

 小夜が表に出ると背が高く眼鏡をかけた男性がいた。

「いらっしゃいませ。どうかされましたか?」
「意中の人に渡したい花を探してまして。」

男性は照れながら、周りの花を見渡した。小夜は男性が纏う温かな空気に心が安らんだ。
 小夜はある程度の花の情報を頭に叩き込めていた。これまでも、いろいろなお客さんの望みに沿う花を選んでいった。最初の方は朔也の手も借りながらだったが、最近は一人でやることも増えてきていた。しかし、今回は意中の方に渡す花。小夜にとって経験が少ない類の注文だ。小夜はいつもより気を引き締めて花選びを開始した。

「どんな方ですか?お好みの色なども教えていただきたいです。」
「…明るい人です。好きな色はオレンジです。……少し自分の話をしていいですか?」
「…はい。聞かせてください。」

小夜は少し驚いたが、快く引き受けた。

「俺、相手からずっと好意持たれてて…。当時、中学だったんですけど、俺情けない奴で、人の気持ちとか考えられなくて。そんな俺を好きだって言ってくれたんですけど…俺、相手に最低なことしちゃって。」
「最低なこと?」
「…ダチと、からかったりとか。…その後もやることだけやったりとか…。」
(司波さんの言ってた『愚か者』ってやつだ…)

男性の声はだんだんと小さくなっていった。

「高校入ってからもそんな関係続いちゃって…。」
「そ、そうなんですか。」

小夜の顔は若干に引き攣っていた。

「でも、涼音のやつ、毎日笑って好きだって言ってくるんですよ。俺に気持ち無いって分かってるのに。…本当勝手なんですけど、だんだん腹立ってきて…。」
「本当に勝手ですね。」
「すみません…。そしたらつい最近、涼音が誰かに告白されたって聞いて。怒りっていうか、焦りっていうか…。」

男性は急に口を噤んだので、小夜がその続きを話し始めた。

「…涼音さんのことが好きだと、気づかれたんですか?」
「……はい。多分ずっと前から。…馬鹿ですよね。本当は涼音の気持ち受け止めてもちゃんと返せれるのかって不安で…。臆病になってただけなんですよ。」

男性はいつの間にか涙目になっており、無理に笑っていた。小夜は本当にこの人は愚か者なんだろうと思った。でも、まだ相手のことを思っている。そのことに心打たれた。

「じゃあ、謝罪と誠意を伝えなきゃですね。」
「はい。…でも今更伝わるのかな。」
「大丈夫ですよ。」
「え?」
「花束ってそう頻繁に貰う物じゃないです。だから特別感があるんです。きっと花束と一緒にお客様の気持ちを伝えれば伝わるはずです。」
「はい。よろしくお願いします。」

男性は深々と頭を下げた。小夜は再び気合いを入れて、花を選び始めた。
 小夜は大きな白花のアングレカム、小ぶりで四枚の花びらをつけた朱色のカランコエ、小さな花のナズナ、五枚の花びらをつけた黄色のプリムラをとった。

「どうでしょうか?」
「涼音が好きそうな色です。」
「お客様自身で選ばれたお花も入れましょう。」

男性は辺りを見回して、一つの花を指した。

「これがいいです。」
「…クリスマスローズですね。」
「クリスマスか…。時期外れですね。」
「いいえ。いいと思いますよ。この花の花言葉は『私の不安をやわらげて』。先ほどお客様がおっしゃっていたことと合っているような気がします。」
「…そう、ですね。」

男性はクリスマスローズを見ながらそっと微笑んだ。小夜はクリスマスローズも入れて配置を決めた後、作業部屋で綺麗に包み、リボンをつけた。注意点を説明し終わり、男性に花束を渡した。

「本当にありがとうございます。」
「……アングレカムは『いつまでもあなたと一緒』、カランコエは『あなたを守る』『おおらかな心』、ナズナは『あなたに私のすべてを捧げます』、プリムラは『青春の恋』…。誠実さが伝わるようにというのと涼音さんの好きな色合いを意識しました。」
「花ってそんなに意味があるんですね。」
「はい。素敵ですよね。…でも、あくまで花言葉です。涼音さんにはお客様のお言葉でお気持ちをしっかりと伝えてあげてください。」
「…はい。本当にありがとうございます。」
「またのご来店お待ちしております。」

男性はお辞儀をした後、花束を大切に抱えて想いを伝えに行った。小夜はその背中を見ながら、自分のことを考えていた。朔也がもし『愚か者』だった場合でも、小夜の気持ちが変わることは無いだろう。きっと涼音という女性と同じように無下に扱われても、そばに居ようとするのだろう。そのくらいに小夜は朔也への想いに溺れている。

(…朔也くんが私のこと何とも思ってなくても、あの人のようにいつか私に振り向いてくれる?)

小夜が扉の前で真昼の眩しさに目を細め、想いを馳せているのを朔也は作業部屋から見ていた。その目にはまだ迷いが残っているようだった。朔也の頭の中に絢香の言葉が響いている。手放す怖さと小夜を思う気持ちとが休みを知らず葛藤していた。

 それからも、二人には遠い距離を作ったまま確信突く話もなく、日々が過ぎ、二月の中旬になってしまった。
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