同期とルームシェアしているつもりなのは、私だけだったようです。

橘ハルシ

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19、プロポーズの結果

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 ルキウスとの関係が変わって、一ヶ月が過ぎた。その間に、初めてのデートをして新しいリボンを買ってもらったり、少々喧嘩をしたり、休日の過ごし方も変わって恋人同士らしくなってきた。

 そんなある休日の夜。

 いつもよりちょっと豪華な夕飯を食べて、食後のお茶を飲んでいた時、ルキウスが天気の話をするようにさらりと言った。

「なあ、ラシェル。そろそろ結婚しないか?」

 私は、口に入っていたお茶をふきだしそうになり、無理やり飲み込んで涙目になった。

「な、何を突然言いだすの?!」

 まだ付き合い始めて一ヶ月しか経っていないし、結婚なんて何年も先の話だと思っていた。彼は向かいで動揺する私に、咎める様な目を向けてきた。

「ラシェル、お前もしかして、俺と結婚したくないとか言わないよな?」
「言わない、ルキウスしか考えたことない!でも、もっと、何年か先だと思ってたから、驚いただけ。何かあった?」

 私の返答で彼の表情が和らいだが、後半でまた不機嫌になる。

「何もないが、だってお前、俺達こうやって一緒に住んでるわけだし、結婚しても何も変わらないじゃないか。恋人関係も楽しいけど、もっと法律上も堂々とラシェルを守れるようになりたいと思っただけなんだが。」

 こんな反応をされるとは思わなかった。とぼやく彼に私は内心、本当に大切に思ってくれてるなあと感動していた。
 
 が、これとそれとは別だ。法律で彼を私なんかに縛り付けてもいいものか。結婚するは容易く、離婚は難しと聞くし。私は未だに彼に何もしてあげられないままなのに。恋人といういつでも解消できる位置にいて、その間にもう少し彼の役に立つ人になりたい。

「ルキウス、貴方としか結婚したくはないけれど、今直ぐには難しい。ちょっと待ってもらっていい?」
「おー、いいぞ。俺も別に今どうしてもというわけじゃないし、お前が俺としか結婚する気がないとわかって安心したし。一つの案として言ってみただけだから、気にしないでくれ。」

 そう言いながらも彼の顔が淋しそうで、心が痛んだ。

 その後も、ルキウスはいつも通りに接してくれたのだが、私の方がそうはいかなかった。時間が出来ると、やはり素直に受けたほうがよかったのかとか、いやいや、このまま結婚なんてしたら、いつまでも何もできない自分に劣等感を抱いたままになってしまうから、何か一つでも出来るようになってからと思い直したりと思考が大きく振れて、夜も眠れなかった。

 そんな睡眠不足の私を見た彼が、申し訳なさそうな顔をするのが、さらに申し訳なくて、今朝はごはんを食べると急ぐからと言い訳をして、髪も結って貰わず逃げるように転移出勤したのだった。

 ぼさぼさ髪を下ろしたままの私が、早い時間に職場に着いたことで、何かあったと察した所員達が声を掛けてきたけども、説明するのも難しくて私は早々に研究室に閉じこもった。
 態度が酷すぎる自覚はあるが、思考がこんがらがってどうしていいかわからず、現実逃避を兼ねてひたすら解読をしていたら、珍しく研究室にルネとテレーズがやってきて、昼ごはんだと無理やり食堂に連れ出された。
 
 で、ごはんもそこそこに尋問を受けている最中だ。

「で、それで結局、ぎくしゃくしてると。朝から様子がおかしいと思ってたら、そういうことだったのね。」
「やだ、ラシェルさん、断っちゃったんですか?!所長、かわいそう。」
「断ってないから!」
「でも受けてもないんですよね。すでに一緒に住んでるのに何がだめだって言うんですか?」
「私は彼のように色々出来ないし、世話をかけてばっかりじゃない。こんなお荷物の状態のまま結婚するのは、申し訳なくて私の気持ちが受け入れられないのよ。」
「ええ?ルキウスはラシェルの世話をすることを生きがいにしているような気がするんだけど。お荷物だなんて思うのは間違ってるわ。負担だったらあんなに嬉しそうに世話焼かないわよ?」
「そうですよ、ラシェルさんはそのままでいるのが所長のためだと思いますけどね。」
「少しは役に立つ人間になりたいの!」
「十分役に立ってると思いますけど。少なくともラシェルさんがいるおかげで、研究所は優秀な所長を戴けて平和ですよ。」
「そうじゃなくて、ルキウスの役に立ちたいの!こないだ私が風邪をひいた時だって看病してもらったけど、あれが逆だったら?私なにもできないじゃない。」
「病院に転移させてあげればいいんじゃないですか?それくらいできますよね?」
「できる、けど。そうじゃなくて、うさぎさんのりんごとか、スープとか、作れない・・・。」
「あの男もマメねえ。あの時そんなことやってたの。ふーん。私、旦那が寝込んでもうさぎりんごは作らないわよ?まあ、風邪一つひかない頑丈な人だけど。」
「やだ、ルネさん惚気ですか?ごちそうさまです~。ラシェルさんが言いたいのは結局、所長が病気になったときに何か作ってあげられるようになってから結婚したいと、そういうことですかね。」
「ああ、なるほど、そういうこと。えー、それはまた難しいことを言うわね、ラシェル・・・。」
「え、ラシェルさんはそんなに料理できないんですか?!」
「テレーズ、ラシェルは料理ができないんじゃないのよ、させてはいけないレベルなのよ。」

 黙り込む三人。端から私に料理は無理と思っているルネと何かないかと考えてくれているテレーズ。審判を待つ私。

 直ぐに、テレーズがぱっと顔を輝かせた。

「病気の時はお粥です!スープはラシェルさんには難しいかもしれないけれど、お粥なら究極お米を水でひたすら煮るだけですから、まさか、失敗はしないでしょう?」
「どうかな・・・。やってみたいけどルキウスが許してくれるかな・・・。」
「ですってよ、ルキウス。どうする?」

 ルネが私の後ろを見ながら放った台詞に、私は飛び上がった。ばっと振り返ると、バツが悪そうな顔をしたルキウスがいた。もしやとルネ達の方を見ると二人でにやにや笑っている。

「三人で私を騙したのね?!」

 話したことを全部、彼本人に聞かれていたことにいたたまれなくなって、テーブルに顔を伏せた私の頭を彼の大きな手がぽんぽんと撫でる。

「ラシェル、ごめん。俺が何気なく言ったことでものすごく悩ませてたから、なんとかしたくて。」
「私達から持ちかけたのよ、ルキウスが使えない状態になって迷惑だったから。私情を職場に持ち込まないでほしいわ。」
「すみません。」
「申し訳ない。」

 二人同時に謝った。

「というわけで、ラシェルさんが何に悩んでいたかわかりましたね。所長、良かったですね。直ぐに結婚できそうじゃないですか!」

 無邪気なテレーズの言葉に残りの三人はまた沈黙した。

「まあ、それがラシェルの望みだと言うならば、俺は何年でも付き合うぞ。」

 暗い声でそう言ったルキウスを、ルネが本気?!と片眉を上げて呆れたように見遣る。テレーズは、お粥が年単位?!と自分の提案がいかに恐ろしい事態を引き起こしたのか悟って慄いていた。

「お米を水で煮るだけでしょう、私、頑張るわ。」

 暗い雰囲気を吹き飛ばそうと、明るい声で言ってみたが、うん、まあ頑張れ、と沈んだ声でルネとルキウスに返されただけだった。

 その日の終業後、ルキウスと一緒に街へ出てお米と安い土鍋を一つ買った。自分専用の鍋を買うのは初めてなので、わくわくしていたら彼に気づかれて苦笑された。

「まあ、この鍋何回使えるかわからないけどな。知ってるか、割れるんだぞ、土鍋。」
「え、そうなの?鉄のほうがいいかな?」
「まあ、お粥炊くなら土鍋がいいだろ。どの鍋でもお前の手にかかれば一遍でおしゃかだ。」

 昔、お気に入りの高い鍋をだめにしたことをまだ根に持っているらしい。割としつこいな。


 家に帰ってルキウスにつきっきりで教えてもらいながら早速作ってみる。

 まず、米を洗う。手に食器洗いスポンジを持って洗剤をどばっとつけた私を彼が羽交い締めにして止めた。

「ちょっと待て、お前何する気だ!」
「米を洗うんでしょ?」
「違う、水洗いだけだ!洗剤もスポンジも使うな!手で洗え!」
「それ、きれいになるの?」
「そういうきれいさは求めてないんだ・・・。次は無洗米を買おう・・・。」

 早くもぐったりしてきた彼に罪悪感が募る。

「やっぱり無謀すぎたかしら・・・。」

 しょげた私をよしよしと抱きしめ直しながら、
「その気持ちは嬉しいんだが、いったいどうしてそういう考えに至ったのか聞いていいか?」
と聞かれたので、うまく伝わるか考えつつ、答える。

「去年ルネの結婚式に出席した時、誓いの言葉で『健やかなるときも、病めるときも』っていう部分があったじゃない?貴方に結婚しようって言われたときにそれを思い出したのよね。元気なときはなんとかなってるとしても、貴方が病気になったときに、私助けになるのかしらって思ったことが多分、理由かな。」

 無言のまま私を抱きしめる腕の力が強くなった。

「そんなことを言われたら、やめようとはいえないよな。よし、頑張ろう。」

 気合を入れ直して、米を洗い、水を量って火にかける。そのまま沸くまで待機、と言われて台所横の椅子に座らせられる。その間に手際よくおかずを作ってくれるのを眺める。鍋が沸いたら、へらでひと混ぜして弱火にして40分待つ。
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