突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。

橘ハルシ

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5.そうして私達は。

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いつの間にか、レイと過ごすことを楽しんでしまっていました。

これはいけませんよね。

ラインハルト様にも、レイにも、申し訳なくて、気分が沈んでいきます。



「すみません、ご迷惑おかけして。」

「迷惑とかそういうことじゃなくてさ、顔も何も思い出せないってことは、君がラインハルトのことを、嫌いだったということじゃないのかな、と思えてきて。」



何故か苦しそうに吐き出されたその言葉を、私は必死で否定しました。

覚えていないからラインハルト様という方を嫌いだなどということは、そんなことは全くないのです。



「いえ、逆に嫌いな人ほど覚えているということもあると兄達が言っていました。それに、そうじゃなくて、私が悪いのです。その、子供の時に言われたのです、お前みたいな見ための悪い女が、じろじろ人の顔を見てるんじゃねえ、と。それから私、人の顔をじっと見つめられなくなって、思い出すことも怖くなってしまって。」



そうなのです。

私のような者が人様のお顔を見てはいけないのです。

そうです、こんな綺麗なお顔を私がこんな間近で見てはいけないのです。

その時のショックを思い出して、私はレイを見ないように自分の顔を両手で隠してしまいました。

それを聞いたレイが、弾けるようにこちらへ向いた気配を感じました。



「誰がそんな酷いことを。リーディア嬢、そんなやつが言ったことは気にしなくていい。君の見た目が悪いなんて、ありえない。君はかわいい。僕が言うのだから間違いない。だから、いつまでも過去の言葉に縛られていないで、僕の顔を見て?思い出して?」



レイの声から苦しさが消えて、柔らかい響きを取り戻しています。私はほっとすると同時に先程の言葉を反芻しました。

思い出す?何を?

レイが優しく私の両手を外して顔を覗き込んできました。

顔が、近すぎて、レイの綺麗な藍色の瞳に私の顔が映っているのがはっきりわかります。

おや、この光景、昔どこかで見たような気がします。



「リナリア、ベゴニア、サンビタリア、忘れな草、スイセンノウ、ミニバラ、そして最初はナズナ。」



最初、レイの口から呪文の様に出てくる花の名前に驚いていましたが、段々、その名前たちに既視感を覚えます。

まさか、そんな。



「あなたが、毎年私に花の苗をくださっていた方なのですか?」



そうなのです。

私の園芸好きに合わせて、毎年誕生日の度に、匿名で花の苗や種をくださる方がいました。

どのプレゼントより嬉しくて、毎年、何が届くか楽しみにしていたものです。

そして、最初がナズナ?ナズナとは小さな白い花をつける野の花です。

子供の遊びにもよく使われる草です。



あれをもらったことが、あり、ます。



その瞬間、私の頭の中に忘れていた光景が広がりました。



小さな白い花を差し出す男の子の目に、映り込んでいる小さな自分。

その男の子の目は藍色で髪の色は濃い茶色。顔立ちは、どう見ても幼いレイ。

そして、男の子の名前は、ラインハルト・ヴィリデ。

母親同士が仲良くしていて、初めて緑の辺境伯の領地へ遊びに行った時のことです。



 思い、出した。



 ラインハルト様の顔を、声を。



 そして、もっと早くに気がつくべきでした。レイはラインハルトの愛称ではないですか。



 どうして気が付かなかった、私。



 思い出したのはいいのですが、我に返った私は現状に思い至り、真っ青になりました。

 私は、ラインハルト様御本人に、ラインハルト様の所在を尋ねるというとんでもない無礼を働き、さらに探すのを手伝わせて、いたのです。

 彼が本人であるならば、あの、出会った方々の反応も納得がいきます。

 そして、探してる本人がずっと横にいたなんて!

 どこに行っても出会えるはず、ないじゃない!



 うん?ちょっと待って?何故、出会った時に本人が自己申告してくれなかったの!?

 衝撃のあまり、口からだそうとする言葉が震えてしまい、うまく話せそうにありません。



「レイ、貴方が、ラインハルト様、ご本人でしたのね。今までの無礼を、お詫び致します。ですが、ですが、何故、言ってくれなかったのですか!」



 レイことラインハルト様が、驚きに目を見張る。



「本当に、思い出してくれたんだ。」

「ええ、遅くなって申し訳ありません。初めてお会いしたのは、小さな頃にご領地に泊まりで遊びに行った時ですよね?その時に、野原に皆でピクニックに行って、ラインハルト様が摘んだナズナの花をくださいました。」

「そうだよ。黙っててごめんね。忘れられててショックだったものだから、最初はからかってやろうとちょっとした出来心だったんだけど。君、全然思い出してくれない上に、なんだか、レイに恋しそうになってるんだもの。焦ったよ…。」



 レイを好きになりかけていたのを本人に気づかれてました!

 でも、レイはラインハルト様であって、私の婚約者になる予定の方であって、そうなると、どうなるのですかね?

 好きになっても問題ないのでは?あらら?



 レイは混乱している私の前に膝をつくと、真剣な顔になって私の両手を握りしめ、縋るような目で見つめてきました。



「君がずっと好きだったんだ。こんな僕と結婚してくれる?それとも、君を騙していた僕なんか、嫌いになった?」



 突然で、驚きましたが、私がレイを嫌いだなんて、ありえません。

 どちらかというと、その反対です。

 ここは素直に気持ちを伝えないと、レイに申し訳ないです。

 なので、私からも勇気を出して藍色の目を見つめたまま、告白します。



「今日一日で、貴方に恋をしてしまいました。貴方と結婚したい、です。」

「良かった!」



 レイが、心底、安心したように息を吐き出します。

 それから、ぎゅっ、と抱きしめられました。

 今までと違って、くすぐったいけど、温かい気持ちになります。



「本当はリディが社交界デビューしたら、父のように皆の前でプロポーズしようと思ってたのに。いきなり団長が姪の婚約者探してるって言うから、慌てたよ。一応、僕に先に話くれたけど、手にさ、十数人分のリスト持ってるんだよ。酷いよね。僕が七年間ずっと、リディに片思いしてるの知ってるくせに。」



 七年前といいますと、私の年齢一桁ですよ。

 そんな時から、レイは私を、その、好きでいてくださったと。

 初めて知る事実に頭がついていきません。



「団長~姪っ子さん、さっき変装解いて歩いてんの見たんすけど、かわいいっすね!オレも立候補してもいいですか!?」

「あ~じゃあ、ラインハルトの次にしといてやるけどよ、順番回ってこないと思うぜ?」

「何故っすか?」

「ラインハルトのヤツ、リーディアにベタ惚れだもん。お前七年前から準備してたアイツが、諦めると思うか?」

「マジっすか。そりゃ無理だ。団長~オレにもかわいい娘、紹介してくださいよ~。」

「面倒臭え、自分で探せ。一番人気のラインハルトが売れたんだ、チャンスだろ。」





 目的を果たしたので、庭園散策は次回にして、叔父の居る団長室へ戻ることになりました。

 途中、ふと思いついて、長年の疑問をぶつけてみました。



「そういえば、何故、誕生日プレゼントは匿名だったのですか?」



 突然の質問に、レイは目を瞬くと、すまなさそうに言いました。



「最初は、なんだか女の子に花の苗を贈るというのが、恥ずかしくて。そのままずるずると名前を書くタイミングが掴めないまま、現在に至ると。せめて、名乗って贈ってれば、こんなまわりくどいことにならなかった気がするよ。ごめんね。」

「いえ、レイの顔を忘れていた私が悪いのです。でも、レイと騎士団を探検するのは楽しかったです。ありがとうございました。」

「僕は君が、他の男に惚れないか怖くて仕方がなかったよ。」

「そんなまさか。顔を覚えられないのに…。」

「一目惚れっていうのがあるからね。僕が君に会った時のように。」



 なんだか、先程からやたらとこう、照れるようなことばかり言われている気がして、大変、落ち着かないのですが。

 こ、恋人同士とはこういうものなのでしょうか。

 私もいつかは慣れるのでしょうか。

 毎日、父から盛大に愛を叫ばれては、適当にいなしている母を見ていましたが、いざ、自分が言われると、どうしていいかわからなくなります。

 とりあえず、もう、ここらへんで勘弁してください。



 話題を変えようと、視線を彷徨わせた私は、レイのポケットにサングラスが入っているままなのを発見しました。



「あ、その叔父様のサングラス、返してください。」

「ああ、これ団長のか。そういえばしてるとこ見たことあるな。良いよ、僕が返しておくから。」

「ですが、私が借りたのですから。」

「いいって。それより、身内でも他の男の物、身に着けないで欲しいんだけど。」

「ええっ…。そういうものですか?」

「そういうものなんです。」



 サングラスを取り返そうと、手を伸ばしたら、レイがそれを私の手の届かない場所に持ちあげ、代わりにとびっきりの笑顔と共にレイの顔が近づいて来て、唇に何かが触れました。



 まさか、これって。



 口元を押さえてレイを見上げれば、そのままぎゅっと抱きしめてきて、耳元でささやきます。



「今度の休みに、街へ行って本を見よう。それからカフェでお茶して、最後に花屋に行こうか。」





「団長~!ラインハルトのやつが!かわいい女の子連れ込んで、ちゅーとかしてやがるんですけど!士気だだ下がりですよ!何とかしてください!」

「なんだと?!ま、まさか、その女の子って言うのは、俺と同じ髪色と目の?」

「あ、そういや、団長と一緒の色でした。」

「それは俺の大事な大事な姪だ!うまくいったのはめでたいが、まだ早い!」

「叔父様、ただいま戻りました。何がまだ早いのですか?」

「リディ、お前、」

「団長、リディに了承もらったので、婚約の話、超特急で進めてください。」

「ラーイーンーハールトォォー貴様ー!許せーん!」

「叔父様、どうしたの!?レイ、何かしたの⁉」

「うーん、多分…。リディ、こっちむいて?」

「はい?」



ちゅっ



「これが理由じゃないかな?」

「「あーーー!」」
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