悲恋脱却ストーリー 源義高の恋路

和紗かをる

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序の段

其の一

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元暦元年四月二十五日深夜、武蔵国入間庄近く。
 しとしととした雨をその身の水干に滴らせつつ、清水冠者義高は走っていた。
 人が、二人並んで走る事も出来ないが、それでもこの武蔵国では唯一の鎌倉に通じる道だ。
緩い雨が地面にぬかるみを作る中、足だけを前に出し続ける。
 鎌倉退去のみぎり、政子様と大姫御所に仕える女房衆の進めに従い顔に塗っていた白粉が雨に塗れ、精悍さを醸し出す瞳に痛みを与えてくるが、そんな些細なことにかまっている余裕は無かった。
 何処に行くのか?
 父と別れて、鎌倉に婿という名の人質として連れてこられた際、鎌倉脱出の時は武蔵国の旗頭である畠山家にて合流、との手はずになっていた。その頃には京を平家から奪い返した父が凱旋将軍として、源氏の棟梁を源頼朝と争うとの予測の元にだった。
 だがしかし、既にその約定を交わした父は亡い。
 詳しいことは人質である義高には知りようもなかったが、義母である政子様より最後に聞いた話では、近畿周辺にて鎌倉殿の軍勢に討たれたらしい。
形の上では同じ平家討伐に起ち上がった源氏の一族同士。
不仲説は多々あれど、息子と娘を夫婦にすると約を交わす程度には、不仲ではなかったはずだ。
政略と言う向きもあろうが、あの父にそのような器用なことが出来たであろうか疑問でもある。
義高がどんなに悩んで自問を行ってもすでに、父は亡くなり、父に従った木曽の仲間たちは散り散りになっている。
 ために、人質の価値が無くなった自分は、今晩殺害されるとも政子様に併せて知らされた。
 政子様は本来であれば、鎌倉殿の良人。
 自分を殺す側の人間であるはずなのに、父の死だけでなく、自分に迫る死も教えてくれた。それだけでなく、鎌倉を出るのに女御衆を動員したり、馬の手配までしてくれたのは何故であろうか。
 この恩をいつか返せれば良いが、それまで命を繋ぐ事が出来るかどうか、今の義高には断言できない。
 既に鎌倉殿の討手は、自分を血眼になって探していることだろう。
 西国に上った武士達と違い、鎌倉殿護衛の為と称してこちらに残された武士達には、手柄を立てる機会がほとんど無い。
 ほんの数日だけ、一緒の時を過ごした事がある大江殿は文治の才があるゆえ、安泰だろうが、大半の武のみに生きる草深き士にとって法皇や源氏の棟梁に逆らった大罪人の息子、しかも脱走した人質というのは、良い手柄に見えることだろう。
 下手をしたら父亡き後の畠山家も、助けるどころか偽って捕縛してくるかもしれぬ。
「どうしたものだろうか?」
 人には鬼と恐れられた旭将軍の子息とはいえ、義高はまだ十二歳。並の十二歳よりは大柄で筋肉も程よくつき、馬術も弓術も大人以上ではあるが、人殺しを生業としている生粋の武士相手に、正々堂々一対一ならいざ知らず、多数に取り囲まれればひとたまりもない。 
しかも相手は一族郎党を総動員しての集団で捜索隊を編成しているに決まっている。
 見つかれば、それすなわち死だ。腹切って首を奪われると言った武士らしい最後ではなく、手柄を取り合って四肢を千切られた楚の項大王と同じようにされるかもしれない。
「死ぬわけには、いかない」
 武士でありながら情けないと、政子様の前の母代わり殿には怒鳴られてしまうだろうが、義高には死ねないわけがあった。
 政子様への恩を返していないこともそうだが、自身のか弱い、病弱と言っても差し支えない妻、源氏の棟梁頼朝殿の一人娘、大姫と約束したのだ。
 必ずまた会って、その時には一緒に旅立とうと。
 身代わりになってくれた、海野や望月にも悪い。
木曽から一緒に鎌倉に同道した、誠の友たちなのだ。
 だから、義高は激しい動悸を抑え、心の臓を拳で叱咤しながら足を前に出す。 
 政子様に用意してもらった馬は、既に泡を吹いて倒れ数里後方に置いて来た。
 奥州産の立派な馬だったので惜しい気持ちも無くは無かったが、今は仕方が無い。
 とにかく討手から逃れなければ。
 しかし、何処に?
 このまま、畠山の所領に入るのが正解なのか?
 それともまた別の道を探すべきなのか?
 迷いながらも義高は歩く。
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