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鶯音を入る
第七十三夜
しおりを挟む「…………確かに、気にしなくても良い事かもしれませんね。他人からの見え方なんて。コントロールしようと思って出来る事じゃないですし、見えてるものと実情って、真逆に近い位違うものですし。本当の事は、私達だけ知ってれば良いか。…………私達が友達以上の関係にしか見えなくても、紅さんは私の……たった一人の特別な人って事実は、変わりませんし」
私の身体の中の和太鼓奏者が演奏に飽きた気配を見せ始めた辺りで、少しずつ考えを声に乗せて行ったら、案外気負わずに凡そ感じているままの事を伝え切る事が出来た。
「……『アタシも』って、普通の恋人同士なら言えるのに。アタシには言えない。恋人失格……かも」
だが、彼女の声は浮力を持たない物体がごとく、重く沈んでいく一方だ。
肩を抱いていた手も、わずかなぬくもりを残して去ってしまった後で、重苦しい雰囲気に疑問だけが浮かんでいる。
(どういう事? …………あ、そうか! 紅さんにとっての特別は、私一人だけじゃないんだ……!! 今まで生まれた子も、これから生まれて来る子も、紅さんにとっては皆が大事で…………。その中では、むしろ私の方が異質。一人だけ外部の人間。むしろ、そこに私も入れてもらえてるのが奇跡だ)
遅れて己の迂闊さに思い至り、一つ前の選択肢に戻って違う回答を選ぶ事のかなわない現実の厳しさを、久々に味わった。
「ごめんなさい、紅さん…………! ……すみません、本当に。今のは、私の言葉選びが悪かったんです。百パー私が悪いです。紅さんは、少しも! 全然! 全く!!! ――悪くありません。悪い事なんて何にもしてないじゃないですか、紅さんは…………」
最強の日除けアイテムが宙を舞い、守られていた全身が太陽に炙られる――――のもお構いなしに、どう足掻いても回り切らない腕を回した。
「翠…………?」
私の行動か、もしくは世界が突然ダークモードからライトモードに強制チェンジした事に驚いているのか、彼女は抱き着いた私を受け止めるだけ受け止めて、固まっている。
(………………皆、ヒョロかったんだな……。鍛えてる男すら、ヌルすぎ。あんなのに抱き締められてときめいてたとか、昔の私、終わってる。……終わってた。やり直せてるから、良いけどね)
この身体の大きさは、柔らかさは、彼女が培ってきた思いやりそのものだ。
(それより今、心配なのは日傘だな。壊れてないと良いけど…………)
身体の向きは変えずに、首と視線で投げ捨ててしまった日傘を捜索した。
(見ただけじゃわからないけど、とりあえず目立った破損は……ないかな)
足元の日傘は、勿論勝手に飛んで行った訳もなく、誰かに奪われた訳でもなく、私が投げ捨ててしまっただけだ。
自分の持ち物ですらない、高性能な傘を。
何故、日傘を投げ捨てたのか?
当然、両手を空けるためだ。
片手は元からフリーのようなものだったが、私には腕が二本あり、そのどちらもを自由に動かす事が出来る。
――――であれば、愛しい相手を片手で抱き締めるような事は出来ないと思ってしまった。
行きは結構な距離、傘を持つのを任せてしまったから――――と、帰りは私が日傘の持ち手に立候補した記憶などは、頭から追いやってしまっていた。
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