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逃水
第八夜
しおりを挟む「おはようございます……」
少し痛む頭と重い瞼を押して、むくりと起き上がる。
差し込む陽光。鳥の囀り。
――――朝が来たようだ。別れの朝が。
「おはよう。翠、爆睡してた。すごい鼾で……。録音したの、聞く?」
くすくすとおかしそうに笑う彼女から液晶の大きすぎるスマホを奪おうとしたが、ほんの少し体を傾けただけで躱されてしまう。
惚れ惚れするほど軽い身のこなしだ。
「聞きません! ていうかすぐ消してください、そんなもの!」
昨夜の失態に加え、醜態まで晒してしまうとは。
「絶対?」
「絶対です!!」
「わかった。そんなに言うなら」
彼女は私に画面を見せながらそのファイルを削除し、最近削除した項目からも消し去った。
データ整理し慣れている人の踏む手順だ。
「……これで良い?」
「ありがとうございます。……あの、紅さん。私、昨日のこと何にも覚えてないんですけど……。私達って寝ちゃった感じですか?」
鼾より何より、それが最大の関心事だ。
彼女は私にそういった事も期待している風だったが、無理強いはしないとも言っていた。
憧れの存在だった彼女に性的な目を向けられていた事に動揺し、つんけんした態度を取ってしまったものの、だんだん私も彼女に触れたくなって――――。
「翠はどっちだと思う?」
彼女は艶のある髪と重そうなピアスを揺らした。
「ここで質問返すのはずるくないですか? 紅さん」
香水のようなシャンプーの香りがぶわっと広がる中、彼女をじとっと見つめる。
「アタシは元々ずるい性格だけど」
「開き直らないでもらえます?」
飄々とした態度を頑なに崩さない彼女は、私の首元に視線を落とした。
「……とりあえず顔でも洗ってきたら? 何かわかるかも」
勧めに従って洗面所に急行した私は鏡の前に立ち、下着にしか見えないキャミソール姿の自分と対峙した。
涼しい部屋で寝る事が出来たからか、直近で一番晴れやかな顔をしている。
――――ではなかった。
確認すべきは、見飽きた顔面では決してない。
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