モヒート・モスキート・モヒート

片喰 一歌

文字の大きさ
62 / 226
薄翅蜉蝣

第十二夜

しおりを挟む

 そうこうしているうちに出発の時間がやってきた。
 
「ウチから出れないの、不便でしょ」

 尋常ではなかった汗が大分引き、声の調子もほぼ通常通りになった彼女は、指にボールチェーンを引っ掛け、鍵を手渡してきた。

「ありがとうございます」
 
 海を舞台とした某テーマパークの、イタリアの氷菓に由来するキャラクターのぬいぐるみが、こちらに微笑みかけている。

「可愛いよね」

 熱心に見つめているのに気付いたらしい。

 ピアスをはじめとするアクセサリー類はもちろん、部屋着や生活雑貨にまで範囲を広げても、この家にあるキャラクター物は数えるほどだと思っていたので驚いていただけだが、可愛いという評価に異論はない。
 
「はい」

 見間違いでなければ、アクセサリートレイに置いてあったそれを両手で受け止める。
 
「お出掛けの間に夕飯の買い物しておきますね」

「ん。アタシの分もお願い」

「もちろん。お粥とかにします? 好きなアレンジあったら教えてください。……あ、お粥よりおじや派ですか? その二つ、どう違うんだっけ……?」
 
「多分、帰る頃には何ともないから。翠の好きな物、食べよ」

 メモ帳アプリを起動しつつ聞いてみると、意外な答えが返ってきた。

 ちらっと彼女を窺うと、浮かべていたのは大量の汗ではなく優しい笑顔。

 強がっている風には見えないし、信じても良いかもしれない。

 安心して、夕飯の献立の検討に入った。

「そうですか? じゃあ、冷やし中華か石焼ビビンバ……。あ、出汁茶漬けも捨てがたいかも。食べたばっかりだけど、またお刺身も食べたいな……」

 一通り挙げたメニューは、自分でも意外に感じる物ばかりだった。

 彼女はああ言っていたが、私の分とは別に、お粥やうどんなどの消化に優れた食事も用意しておこうと考えていたから、どれも私が今純粋に食べたい物だ。
 
 昨夜は食べさせられるままに暴飲暴食したせいで、胃がストライキしているのかもしれない。

 口には出さなかったが、今なら初めて一緒に外食した時に頼んだ野菜盛り沢山プレートをぺろりと平らげるのも難しくはない気がした。

 あの時も完食はしたが、最後の方は雑穀米が満腹中枢を刺激してきて、なかなかに苦戦を強いられたから。

「夏、って感じ。元気出そう」

「ですね。でも、お粥も良いな……。病気の時じゃなくてもたまに食べたくなっちゃうんですよね」
 
「何になるか、楽しみにしてる。……あ、そろそろ降りなきゃ」

 テレビの時刻表示を見た彼女が立ち上がった。
 
「いってらっしゃい。……あと! この鍵、使い終わったら、さっきのとこに戻しておけば良いですか?」

 玄関に急ぐ彼女の背中に向かって問い掛ける。

「ううん。翠にあげる!」

 振り返った彼女が手を振った。

 耳にも指にも、そして首にもアクセサリーのない彼女に手を振り返したが、その前に彼女は前を向いてしまっていた。

 しばらくの間は居候の身だ。
 
 事あるごとに断って借りるより、双方にとってその方が楽という事だろう。
 
 だが、私には彼女が『ここは翠の家でもある』と言ってくれているような気がした。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

小さくなって寝ている先輩にキスをしようとしたら、バレて逆にキスをされてしまった話

穂鈴 えい
恋愛
ある日の放課後、部室に入ったわたしは、普段しっかりとした先輩が無防備な姿で眠っているのに気がついた。ひっそりと片思いを抱いている先輩にキスがしたくて縮小薬を飲んで100分の1サイズで近づくのだが、途中で気づかれてしまったわたしは、逆に先輩に弄ばれてしまい……。

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

処理中です...